第三話 信じる意志

 信事と椋矢、沙羅は、この時、制御室にいた。そして、談笑していた。

「とーこーろーで!」

楽し気に沙羅が呼び掛けた。

「楽しそうだな、沙羅。そんなにおかしかったか?」

「楽しいよ、悪いことしてるみたいじゃん。そんなことよりもさ!」

沙羅が飛び跳ねて、二人に指をさした。

「どっちがリーダーなの?」

「「え?」」

信事と椋矢が顔を見合わせた。この反逆を導くのはどっちだ、ということだろう。

「そりゃあ沙羅、部長が引き続き。」

「いやいやいや、そもそもお前の立案だろう?ならお前が。」

「いーやーお前の統率力が大事だろ。」

「俺はこれからどうすればいいのかわかんないなぁ、立案者が導いてくれないとな。」

我こそは、と言わずにお互いに擦り付け合う二人を見て、沙羅が呆れて言った。

「信事。やって。私たちを導いて。」

そう言って、沙羅は右手を前に伸ばした。

「適役じゃないぞ。」

「大丈夫だ。俺もある程度サポートしてやる。」

そう言って、椋矢も沙羅に手を重ねた。

「それに、あ~んなオモチャを壊したのだって、信事だしね。」

「はぁ。しょうがない。俺の趣味に付き合ってもらうぞ。」

沙羅の言葉にため息をついて、信事も手を重ね、一斉に手を上に引き上げた。

「名前は何て言うんだ?この反逆の名前。」

「そうだな……。改進軍、だ。」

椋矢の問いに、そう答えた。そうして、音声ファイルの再生が終了したのだ。この学校内部で、どれだけの人物が謀反を起こしてくれるかもわからない。だが、この革命軍が発足してしまった以上、これからやらなければならないことがあるのだ。

「まずは移動だ。都外に移動するぞ。」

「都外?」

信事の発言に、沙羅が聞き返した。

「仲間がいる。この国最高の権威も抑えている。」

「どういうことだ、それ。」

「俺たちが日本を匿っているってことだ。ただのニッポンじゃない、ヤマトをな。」

椋矢の問いに、信事が答えた。制御室のパソコンをシャットダウンし、ドアのバリケードを解いていく。そして、そのドアを開けた。その瞬間、怒鳴り声とともに教師が来る。

 信事が、それを無視して、横に抜けようとしたとき、教師の一人が腕をつかんで、肩をよせて、おいと呼び止めた。信事は、表情を変えない。椋矢は、それを見守った。だが、この後に何が起こるのかは予想がついていた。その手を、ほどく手があった。

 信事が集め、作戦決行に至ったメンバーは、既に組織として機能している。改進軍として、今後さらにその勢いを増していくだろう。ネットはすでに検閲の対象になる。だから。アナログコミュニケーションとして、録画・録音機能を封じた空間で、実際に話し合うことで少しずつ、確実に同志を探していく。ただの学生運動としてではない。

 そんな彼が北関東に仲間を集い、日本の最高権威を匿っているというのは実はとんでもない情報である。今必死になって解放軍が探している大和政権を手にしている組織が、信事の配下にあるという現実は、今の革命にとってかなりの好機であった。

「いつのまにそんなことをしていたんだ、信事。」

一階の廊下を玄関に向かう道中で、椋矢が信事に問いただしていた。

「紅葉って言う、自衛官の息子の協力者だ。」

「元自衛官?ってことは、お父さんって。」

沙羅がつぶやく。信事はその通りだ、と首肯した。

「解放軍に連れていかれてる。いろいろ訳ありだが、こちらの意向に賛成してくれている。」

そう言って、信事は門を出た。もう、学業という枷はない。

 初夏の新緑に染まった並木を左手に、校門をくぐってアスファルトの十字路を左に行く。信事は、二人に現状を説明しながらスマホを取り出して、仲間の一人に連絡した。

「輸送用の車両を頼む。校庭の真ん中でいい。」

ちょっとした集会行為でも反逆罪になる時代だ。グローバル化、あるいは大企業主義とは、断絶主義だと気付いて久しい。信事は、短い支持で電話を済ませた。

「仲間の車両が来る。この後十一時にこの場所だ。物資を積み込んで移動を開始する。」

そう言って、信事は二人に向き変える。この場所を離れる、という二度目の覚悟を確かめた。

 沙羅と信事もゆっくりとうなずいた。タイルとアスファルト作りの校庭の真ん中で、三人の目を交し合った。沙羅がカバンからカツサンドを取り出して食べる。椋矢は、ペットボトルのコーヒーを取り出して飲む。信事は、しきりに短い電話を繰り返した。教師陣が校庭にやってくるのを確認し、信事は数度頷き、二人はここにいろ、と言い残して本棟に向かった。

 校内で協力者が現れてくれたということと同時に、反対勢力も発生しており、出口を確保しておくのは最優先課題であるといえる。内部でも、味方になってくれよう生徒たちが敵対する生徒たちに行動を制止させられることは避けたい。だから。

「仲間が来たら校内で道を作る。ついてきてくれる生徒たちに仲間のありかを聞く。全部屋を探して取り残しを防ぐが、最悪置いていく。十一時半にはここを出る。それまでに仲間を全員回収するぞ。スパイにも気をつけろ。こちらの行動が向こうに知られるのはまずい。」

数名の仲間にそう伝え、教師たちに立ちふさがった。

「無断の集会は禁止です。そういうことはこちらの手続きに従っていただいて…。」

真面目そうな女性の教師がそう言った。信事は、次の言葉を待たずに言い返す。

「自由な集会が保証されない理由は何でしょう?」

「それは、あなた方が危険な思想の活動に巻き込まれないように。」

「私たちが危険だといいたいんですか?」

「そういうことじゃない!わかってよ!そうするしかないんです!」

「鈴木先生。」

急に声を荒げた女性の教師。後ろの男性教師のスーツを着た高身長の一人が、それを諫める。信事は、納得いっていないその人を一瞥した。

「ほかの二人の先生は、何を言いに来たんです?」

「お前らの勝手な行為は許さないってことだ。こっちへ来い。」

二人の男のうちジャージを着た大柄のもう一人が答えた。

「こっちへ来い!」

腕を取ろうとしたその教師の手と怒号を、後ろに身を引いて交わす。

「大丈夫、あなたがたは何も知らない。私たちはただ不登校になった。」

そう言って、後ろから近付いていた仲間に後頭部を強打され、二人の男性教師は気絶した。

「ありがとう。どれくらい集まった?」

「ここ全校生徒何人だよ。ざっと三百人くらい。」

「多いな。四割くらいか。まぁいい。トレーラーには乗るだろ?」

「乗るには乗るが人を乗せるもんじゃないぞ。」

「かまわないさ。時間に変更はない。素早く頼む。」

大柄の仲間の一人が了解と一言いい、去っていった。

 後ろから、信事、と沙羅に話しかけられ、ふと振り向いた。椋矢と沙羅の二人だった。

「あの仲間、何者なの。どこで出会ったの?」

沙羅が慎重にそう問いてきた。信事は、曇り空を仰ぎながら、おもむろに口を開く。

「ネットで一万の支持を持つあるインフルエンサーが、こうなる直前に暗号文を流していた。実は、ネット中のキーワードをあさって、数字を並べた後にそれをアルファベットとして解くと、合言葉が出てくるんだ。”星屑”と。それを知る人物を探した。」

沙羅と疎開している間に、信事は仲間をどんどんと増やし、夜な夜な集会をし。コミュニケーションに足る独自の暗号を用意して、アナログに仲間を増やした。

「その人物を探りたいところだが、現状がこれだ。しばらく水面下に力をためる。」

「ここにいる人たちはどうするんだ?」

「全員こちらで身柄を確保する。」

それを聞いて、二人は目を丸くした。

「何のつもりだ、お前。」

椋矢が噛みつくが、信事が肩を抑えた。

「俺たちが確保した町に暮らさせる。ここは解放軍も出歩くが、情報は外に漏れない。」

「町だと?」

「俺たちは町を占拠した。解放軍に隠れてそこだけ電子警備が著しく低くなってる。」

信事のその驚愕な一言に、二人は息を飲んだ。近くの花壇の上に沙羅が座り込む。

「信事。あんたは、何をするつもり?」

「この国の再興だ。仲間はいるが、力は足りない。平和の国を取り戻す。」

校門から入ってきた一台のトレーラーにひかれないように校舎側に後ずさる。同時に校舎から百名ほどの生徒を連れた仲間の一人が、トレーラーの荷台に押し込むように生徒たちを乗せていく。それを見ながら信事は、沙羅の隣に座った。

「これは両親の仇討ちだ。戦乱への復讐だ。」

もう二台のトレーラーが校庭に入り込む。一台はすでに出発しており、ここに入り切っていないあともう一台も、数分後に来る予定だ。信事は、沙羅と掠矢を連れて、学校の外に停車していた黒い車に乗り込んだ。運転手に、出してくれ、と言う。

「ちょっとした長旅だ。結構乗るから、くつろいでくれ。」

掠矢が自分から助手席に座ったので、信事と沙羅は後ろに座っていた。

「どこに行くの?」

「とりあえず本拠地だな。色々紹介したい。」

沙羅の質問に、そう答えた。鈍い色の空が灰色の道路を照らす。モノクロ一面である。

山間を抜けて、少し青が見えたと思えば、またすぐに山道へともぐりこむ。そして、灰色の空が薄暗くなっていき、夜道に明かりが灯るころに、車を降りるのだった。

山が見えた。闇の山は、一層の恐ろしさを感じる。沙羅がなんと無しに道をまっすぐ歩くと、隣に信事が付いて、俺の背中だけを見ていろ、とささやいて道を先導した。

ここで色気を出すな、とでも言いたかったが、すぐにその意味を理解した。解放軍やスパイと思わしきものが周囲を歩いているのだ。それも周りをよく気にして。周囲をキョロキョロして疑われようものなら、拠点にたどり着けなどしまい。それを避けたいと言うように、信事もわざと寄り道をしながら、本来の二倍ほどの道のりで、とある建物にたどり着いた。

「誰の家?」

「俺の家だ。入れ。」

沙羅の問いにすばやく答え、信事が扉を開けた。運転手を含めた四人が中に入る。電気をつけるが、靴は脱がずに中に入っていった。

「おい、汚れるぞ。」

「いいから。靴はそのまま、早く来いって。」

そう信事が言った。

「ここは外部から電気が入っているわけじゃない。特殊に、ここのライトだけが施設から送られてきている。この施設は集会としての機能を持たせるのに、ここより下に建設された。」

その端的な一言とともに、一階の廊下の突き当りの、床下収納を開けた。そこには、水といくつかの缶詰、乾パンの袋が置いてあった。扉の引き出し取手を押し込みながら、その内壁を押し始める。その光景を、二人が驚きながら見ていた。その地下への扉を開ききったあと、信事が口角を上げて振り向いた。

「どうだ、わくわくするだろ?」

「……ほんと、いつのまにこんなことを用意していたんだよ。」

掠矢がひきつった顔でそうこぼした。

「沙羅、先に行け。その上を俺が降りる。……おい、沙羅。沙羅。」

沙羅が目を輝かせていることに気付いて、信事が肩を揺らした。

「えっ、あ、いいよ。……これ、面白すぎる。」

しばらく、沙羅のにやけが収まることはないだろう。沙羅が、下の方に見える梯子に足を延ばし、信事に腕を支えられながら、ゆっくりと降りて行った。沙羅を先行させたのは他でもない、彼女がスカートだったからである。そんな女子より下にいるのはこそばゆい。

 信事、掠矢も続いて梯子を下りる。運転手は、蓋を絞めて収納部分を元の位置に戻したあとに同じように梯子を下った。十メートルほど降りた先。どんよりとした空気の中、狭い通路の先の扉を開くと、四人は広い空間に出た。白いタイル、まぶしい蛍光灯。

「駅?」

掠矢が気付いた。

「ご名答。仲間の一人が用意していた。地下鉄の開発と偽装して、外の出入り口を制限した、一部の人物しか知らない広大な空間。投資元もすでに解散されている。追えないさ。」

思わず、信事は高いトーンで語った。その期待感に負けない勢いで、沙羅があたりを見渡す。これには思わず、掠矢も笑いをこらえることができなかった。

「なんの冗談だよ、こりゃ。ここにはカメラも盗聴器もないのか。アハハハ。」

「あるに決まってるだろ。俺たちが見て聞ける奴だよ。」

「ほぅそりゃ興味深いな。」

そう言って掠矢は顎に手を置いた。運転手と別れて、三人はホームの方向へ向かった。

 暗い空間の心もとない照明の下、線路をまたぎながら、駅の先の車両基地にたどり着いた。そこに、一人の少年と、的のようなものがあることに気付く。

「よう、たどり着いたよ。どうだい、調子は。」

「おかえりなさい。全然悪くないですよ。そちらの二人は?」

「幹部の二人だ。紹介するよ。」

信事が高身長で童顔の男の隣に立ちそういう。そこに、ふたりのえ?という声が混ざる。

「ちょ、幹部って何よ。何させる気?」

「そうだ、説明が足りてないじゃないか。」

二人がいっせいに主張した。信事は、それぞれに目を合わせた後、続けた。

長牙オサガ掠矢、革命軍の副リーダーだ。志否シイナ沙羅、彼女もだ。この軍は今後、改進軍と呼ぶ。」

「私は、飛騨紅葉ヒダクレハです。戦闘部隊の指揮をやっております。」

戦闘という単語に、二人とも耳を奪われた。その衝撃の一言が、二人の目を丸くしたのだ。

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