第四話 変革の力
二人の声が地下空間に反響をし、少しずつ消えていく。暗くくぐもった空気、中止された地下鉄計画の線路。その上にいる四人。椋矢が、信事の肩を揺らして問う。
「どういうことだ。戦闘部隊って?!お前、これから戦争おっぱじめる気か?!」
「まぁ落ち着けよ。目には目をってよく言うだろ。俺たちには切り札がないんだ。銃を向けられた俺たちが、丸腰のままだったら撃たれるだけだ。対抗する力はどうしても必要なんだよ。それは敵も同じだ。例えば敵に、こちらの強大な軍事力を見せたら、敵があきらめてくれるかもしれないだろ?……最も、我々の方がそうなる確率が高いんだが。」
そう言って椋矢の手をどかすと、紅葉と呼ばれた男が続けた。
「そうなんです。我々は正規軍ではない。政府組織はすでに壊滅。情報戦争に負けた傀儡政権に頼る必要性も疑問です。つまり、私たちはすでに自立しなければならない段階にあるということです。頼る先はありません。」
それを聞いていた椋矢が、声を戻したがそこであることに気が付いた。
「待て、じゃあその武器はどこから持ってきたんだ?」
「いい質問だな。こいつの父親のパイプがあるってのもそうなんだが、色々と策略が飛び交っているらしい。それから水面下で連合諸国からの支援もある。元国のトップからのな。」
「つまり、海外としては、共産圏の拡大を阻止したい勢力があるってことです。」
「西側組織の勢力……。」
「だが俺たちは、最終的には東西どちらにもつかんぞ。」
その信事の宣言に、紅葉が驚いた。
「第三勢力を率いるってことですか?」
「ちょっと違う。俺たちの目指す平和の形が、その枠組みとは違うってだけさ。」
「お前は、何を目指すんだ?」
紅葉と椋矢の目を見て、信事はゆっくりと口を開いた。
「貨幣価値の転覆だ。」
「お金?!」
沙羅が背後で叫んだ。しばらく話についていけてないから、わかる単語で叫びたいのだろう。
「お金の価値を変えるって?あれ一定じゃないの?」
「国内では一定だ。だが海外では国家同士の信用と刷り度に影響される。」
「信用と刷り度?」
「札をどれだけ刷るか、そして刷った紙切れをどう保障するか。」
「なるほど!」
沙羅はそう言って、指を鳴らした。
「その信用が今の貨幣にないことが問題なのさ。」
「
「あぁ。軍事力が信用の背景になってるんだ。それを転覆させる。」
信事は、近くにあった深緑の折りコンパクトチェアに座り込む。
「ゴールドラッシュを覚えているか?」
「あぁ、アメリカの西海岸で金が採掘された、あれ?」
「そうだ。だが実際には一部の人物しか金を採掘できてない。たいていは砂金だったからな。それでもアメリカ国内は金であふれかえった。何故だ?」
「それだけの採掘量が取れたから?」
「っていうのは、実は表向きの話だ。裏には、日本との不平等取引で幕府の持つ多大な金を輸入してきたものの備蓄だって話だよ。」
「徳川埋蔵金?!」
椋矢が気付いたように前に出る。
「ご名答。だが隠された徳川埋蔵金はそれだけではなかったって話なんだ。」
「どういうこと?」
「考えてみな、沙羅。どうして幕府はそれだけの金を持っていたと思う?」
「……それだけ採れたから?」
「そう、つまりは金鉱脈。それがこの日本にまだ存在している。」
「そうか、つまりは金交換性取引を復活させるのか!」
「ご名答。わかってきたようだね。これが我々の大命題、切り札だ。」
椅子から立ち上がり、机の上に置かれた9mmの弾丸をつまみ、それを蛍光灯にあてて見せながら、信事は歩いてゆっくりと語り続ける。
「軍事的な衝突と同時に、今や大戦で得た富を失ったアメリカの撒いた種だ。ドルの金交換での信用はニクソンショックによって崩壊している。そこからは軍事力の台頭とともに、金交換の廃止を受け入れられなかった中東諸国を、石油取引での利害の一致で紛争状態にする。それによって対テロ戦争をかかげ、民衆には過激派の宗教団体の弾圧のように演じる。相手が国家なら、その軍隊がどれだけ残虐なのかをアピールしてな。」
端から端を歩き終え、信事が二人に向き直った。
「だが共産政権が急激な経済成長を遂げた。これが抜け道でドルと交換できてしまうことが問題だったんだ。つまりはドルと交換できないはずの紙幣が無限に刷られ、それを知らないまま気が付いたら大量のドルと取引されていた。」
「待ってくれ、それじゃ共産政権の経済力って……!」
「そう、実際の半分以下の経済力しかもっていない。それでも、資金による影響力は多大だ。たとえそれが信用できなくてもな。なんてったって、その紙幣は既にドルなのだから。」
「……だからこそ金と交換できる貨幣が再び価値を持つようになった。」
「その通りだ。そのためには文字通り金の鉱脈が必須の条件になる。だが、そんな金の埋蔵量が多いわけはない。だが地球上の半分以上の金の埋蔵が確認された地域が発見されてしまった。それによって、その土地を巡った戦争が始まったんだ。」
コンパクトチェアに足をぶつけた音が響く。いつまでもそれがエコーしていた。
「それが解放軍の狙い……。」
机の上に置かれたプラスチックコップに近くのペットボトルから水を入れ飲み干した。
「奴らに金鉱脈を掘りつくされる前に、さっさと奴らから政権を取り戻さなければならん。」
長話から解放された信事が、最後に早口で、そう表明した。
「俺たちは、何をすればいい?」
椋矢の疑問も、最もだった。
「私はしばらく勉強させてほしい。興味ない、では済ませられないみたい。」
うつむいて沙羅がそう答えた。
「頑張れよ。そう思ってくれただけで俺はうれしいよ。」
「足りないよ、ついてかないと!」
「じゃあ期待しておくよ。君が俺たちに妙案を授けてくれる、勝利の女神だとな。」
信事が沙羅にそう答えた。沙羅は、頷いて、別のコップに水を注ぎ始めた。それを飲み干したあと、信事の指示で居住区を案内してもらうからホームに戻ってガイドに付いていくように言われ、その場を去った。
「椋矢、俺のサポートをしてくれ。結局、この組織を率いることになったが、俺一人ではそう簡単にはいかなそうだ。」
「具体的に何をするんだ?」
「気が付いたことがあるんだ。連中はアナログに弱い。だからこそ、俺たちはデジタルを利用したアナログに力を集める。例えば、もうすでに一部の鉄道会社を水面下に買い取っている。共産権下では企業に自由はないが、日本を占領統治したことにしないためか、まだ企業に多く干渉していることはない。だがものの数か月で法整備が完了するだろう。だからその前に俺たちが出資元になっておく。法整備の後でも口を出せるようにコネを用意しておく。」
「移動手段を奪うのか。」
「あぁ。そうすれば情報もよく行きわたることになる。そして、日本全国で俺たちの仲間を潜ませることができるはずだ。そうやって、今は育てていくしかない。」
信事が、もう一度水を入れて飲み干した。右手に握った弾丸を、空中に放り投げてまた掴む。
その弾丸を右手に握りしめ、信事はうなるように低く言った。
「これは戦争だ。翌々日、九州全土を掌握する。」
その目の光を椋矢は見逃さなかったが、彼を見た途端、背筋が凍ったのは言うまでもない。
「翌々日未明のうちに全役所内の完全制圧。日の出直前に九州の解放軍基地を爆破する。」
「信事さん。制圧部隊の選出、完了しました。」
しばらく見ていないと思っていた紅葉が、そう信事に報告した。
「何をする気だ、信事。」
「目標は三つ。九州地区各役所をわが軍で制圧、基地の武装解除と破壊。そして……。」
その目を見て、椋矢はまた一歩、後ずさるのだった。
「射撃許可だ。九州に蔓延る解放軍全員の殺害せよ。」
不敵に口角を上げる信事に、紅葉が敬礼をして去っていった。
「おい、何を考えてやがる!殺戮までする必要はないだろ。」
「椋矢、悪いが俺はそこまで甘くない。目には目をだ。この見せしめで、ほかの解放軍勢力が勢いを弱めてくれることも期待する。今は本州を転覆できはしないからな。」
「馬鹿が。追悼戦争で、さらに解放軍の勢いが激しくなるぞ!!」
思わず椋矢は信事の胸倉をつかむが、信事は横によけて足をかけて椋矢が倒れる。
「お前……誰だよ?!俺は、もはやお前を知らない!」
「俺は俺だ。霧島信事だ。それでは生温いのだよ。虐殺は、こうやるんだって。」
信事は弾丸を倒れた椋矢の首元に向けた。
「教えてやらないとなぁ。」
そう言ってまた口角を上げ、笑うでもなく、左手を椋矢に差し出す。それを無視して椋矢は立ち上がった。信事の飲んでいたコップに最後の水を入れ、それを飲み干す。
「死ぬなよ。じゃねぇとお前の目を覚ませられないからよ。」
そう言って、信事の肩をつかんだ。その笑みを戻して、信事は椋矢とともにそこを後にした。
線路に降りた階段を上ってホームに上り、通路をしばらく進んだ。いくつかの飲食店を通り過ぎ、通路を右に回って地下に伸びるエスカレーター。そこを下りて一階。そこにある居住区を紹介した。ここは最悪の時の避難所で会って、普段は基本地上で暮らす。あくまでここは軍事的な拠点でしかない、ということなのだ。エスカレーターから見えたそこは、まるで水族館の入り口のように、暗く床照明の洒落た空間だった。
曰く、こうでもしないと地下で飽きるのだとのことだ。一面コンクリートの蛍光灯では、先に軍のみんなのメンタルを損傷してしまう。ここで耐えることができなければ、最終的に競り負けるのは我々だ。だからこそ、ちょっとした工夫で、士気を上げるのだ。
そこから二日間、飯もまともに喉を通らなかったのは言うまでもなかった。椋矢は、その日の早朝に目を覚まし、二度寝も諦めて水を飲んだ。マンションの六階に一人暮らしだ。茨城の南部のとあるマンションの一部屋を借りている。暗い木の床、白い壁の、落ち着いた部屋だ。椋矢にとっては、そこに背の低いガラステーブルとそこそこの大きさのテレビがあれば十分だった。それでも、仕事のためにと、部屋に少しいい椅子と机を用意させた。
冷蔵庫に野菜しか入っていないことに気が付いて、取り出して軽めのサラダを作ってさっさと食べ切った。これ以上何か喉を通すこと自体も億劫だが、コンビニに出ておにぎりでも食べないことには始まらない。占領下といえど、部屋の中にまではカメラはなかった。音は常に録られているだろうが、カメラがないのならデスクワークくらいはできる。玄関のカードリーダーにカードキーをかざしてドアを開ける。これで、これから外出することを報告するのである。エレベーターを使って、一階に降りるのだった。
軍備を揃えるのにずいぶんな苦労をしていた。一般の貨物車両の見た目をした、コンテナの中に人員輸送機能を備えた偽装車両を地下の駅に停車させ、電気感謝が出発をまっている。その中に、ごまんと武器弾薬、兵隊を乗せていると、外からはわからない。そこに武器弾薬をごまんと詰める。大型の兵器は必要ないのだ。というのも、基地を制圧しない限り大型兵器は力を出すことはできない。今回はあくまでも白兵をメインとして、九州地方の行政機関を落とすための軍事行為である、ということだ。
紅葉は、それらの仕分けを手早く済ませ、昼過ぎの出発に備えていた。あわただしいホームで、リストを見ながら貨物の点検をしていく。武器庫には武器を、弾薬庫には弾薬を、人員輸送庫には人を、と仕分けしていき、最後の点検をしていく。それを終え、紅葉はホームを後にして、商店が並ぶ中のあるカフェに向かった。
「よう。俺も準備そろそろしないとだからな。」
「いらしゃい。お客さん、いつもので?」
「あぁ、頼むよ。」
そう言って、紅葉にとっては見知った店員が、店の裏の部屋に案内していった。
それから数時間、全兵を列車に乗せ、信事と椋矢も合流し、紅葉も貨物に乗り込んだ。沙羅は、そんな彼らを見送るために、駅に来ていた。
「死なないでね、二人とも……。」
椋矢と信事の肩に椋手を回す。椋矢と信事の胸に沙羅は額を押し付けた。椋矢はそれを無言で見守り、信事は、天井を仰いでいた。保障はできない。その覚悟だった。
沙羅と、椋矢と。三人の体温をしばらく確かめた後、椋矢が沙羅の手をそっと下ろし、信事が右手を沙羅の頭の上に乗せた。
「俺たちは帰ってくるよ。まだ始まったばかりじゃないか。」
「絶対。絶対だよ。」
沙羅の心配そうな面持ちをしっかりと目に焼き付け、椋矢、信事の順で貨物に乗り込んだ。
「出立!」
紅葉が機関車に叫ぶ。その一言で、列車はゆっくりと走り出した。
線路を走っている間は、ゆっくりと将来を迷うことができた。それでよかったと思えた。未来を作るための戦いだ。未来を作ろうとしてるから、明日のことで悩めるのだ。こんなに素晴らしいことはない。鉄道会社のダイヤを調整させ、この列車が通ることができるルートを確保し、カメラのない地下の車両基地から貨物として九州まで行くという計画である。
椋矢も、眠れなかった朝に変わって、昼過ぎた今、無理やりにでもと眠っていた。その目の隈から、椋矢の葛藤を伺える。信事自身も、自分の変化に気付かないわけがなかった。これまではもっと穏やかだったと思う。自分で言うことではないが、もっといい子だった。優しかった気がする。だが、今は憎悪と信念で変わったのだろうか。例えこの手が汚れようとも、この信念を以てして日本を変える、世界を変えるだけだ。そこに立ちふさがる敵は全員切り伏せる。それが残虐の限りを果たしこの国を乗っ取った奴らへの報復なのである。
目をつむる。暗闇が、燃えて赤く光っている。自分の熱を感じる。右手は燃えていた。
目を開けるとそこは戦場だった。解放軍基地の管制塔を一人で全滅させていた。体中が返り血だらけで、右手の指はなくなっていた。周囲には、破壊と焦げた跡だけが残っていた。
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