異常存在「エルフ」
@22235
ある任務の顛末
《エルフ》とは、表の世界に知られていない《異常存在》の一種である。《異常存在》とは、現代で一般的には否定されているようなファンタジー、オカルトに分類されるような異能力、魔法、魔物、魔族、妖怪、ゾンビなどの非現実的な存在のことを言う。子供が話す分には微笑ましいが、大の大人が大真面目に話せば精神科でも勧められるだろう与太話だ。世界中の機関が総力を持って、決して表に漏れないように様々な方法を用いて「対処」している。《異常存在》について広く知れ渡るとたちまち世界が混乱に陥ることだろう。そうなることのないように奮闘する各国のエージェントたちの一人、大川小春は本日の任務内容を改めて確認していた。
《エルフ》と人間の間にできた子供、
無辜の人々の平和の為に身を捧げた彼ら彼女らにとって、あってはならない、してはいけない出来事の末に生まれた《異常存在》である。
《エルフ》とは耳が長く尖っている美男美女の姿をした《異常存在》である。人智の及ばない、まさに魔法と呼ぶのが相応しい力を振るったりもする。幸いなことに人間に対して友好的な個体が多く、協力関係を築けている種族でもある。知能は人間と同程度だが、長寿の種族であり、生きた年数に応じた、人間より多くの知識を有する個体が大半だ。しかし、その長い寿命によるのかのんびりとした性格であることが多いため知識を得ることへの積極性にかけている。強い知識欲を持つ人間であれば彼らより余程多くの知識を得、有効に活用することが出来るだろう。
だからといって彼らを軽視することは出来ない。いくらのんびりおおらかな種族であっても蔑ろにされ続ければ堪忍袋の尾が切れるだろうし、そうなればいくら科学の発展した現代においても、多大な損害は避けられないだろう。そもそも《異常存在》とは、基本的に通常の人間より強い何かしらの力を持っているものなのだ。
表に出ることのない、人間達の涙ぐましい努力によって様々な《異常存在》への対処方法が確立されているが、敵対しないことに越したことはない。
今現在、地球の支配者は我々人間であり《異常存在》に対抗する技術、ノウハウは不足することない。
しかし、それで油断、慢心をする訳にはいかない。如何に優れた者であっても殉職するエージェントは絶えないのだ。気を抜けば、すぐさま奈落に真っ逆さま。その際真っ先に犠牲になるのは何も知らない守るべき一般市民なのだ。
今回小春が担当する《ハーフエルフ》についての詳細はこうだ。
『我が国の女性エージェント1名が男性エルフと恋仲になり、子を産み落とし駆け落ちを図った』『彼らを見つけ出し、処理するなり徹底して管理し利用するなり何らかの処分を下す必要がある』
このように《異常存在》と恋情を育む例が他に無いわけではない。人に近い姿形をした《異常存在》の場合、子が出来ることも稀によくある事例だ。
人間である以上感情を否定することはできず、人と恋仲になるような《異常存在》は大抵人とそう変わらぬ自我を持つ。それ自体は多くの場合黙認されるものである。色恋にうつつを抜かす以上、周りから軽蔑されることはあるだろうが。
厄介なのが、それを理由に仕事に私情を持ち込む輩がいることだ。
どの国でも基本、人と《異常存在》のハーフは著しく行動の制限を受けることになる。
まず《異常存在》についてが公にされていない以上、事情を知らない一般市民と関わらせるわけにはいかない。何をしでかすかわかったものではないのに放し飼いになど出来るはずがない。常に監視されながら許可された場所にだけ行き、許可された人にだけ会い、許可された行動だけを取ることが出来る。
さすがに人権侵害だという声も無いわけではないが、一般市民に危害が加わる可能性がある以上仕方ないで済まされるのである。
そこまでするのなら最初から全面的に禁止するべきであるが、禁止したところで関わるうちに情が湧くことがなくなるわけがない。それに、うまく使えば敵対的な《異常存在》に対する強力な切り札となりえる便利なものだという側面もあるのだ。
だが、子を粗末に扱ってはせっかく友好的な《異常存在》の怒りを買うことになるだろう。よって、特に人から虐げられるようなことがあるわけではない。周囲に愛されるかは別だが、親の愛情はまず間違いなく深いことだろう。なにせ、愛故に種族の壁を越えたぐらいなのだから。
他と比べて幸せにはなれないかもしれないし、何なら不幸であるかもしれない。しかし、それを拒否すれば国から追われる身となる。逃げ続けられるはずもない。国に帰れば重い処罰が待っている。
受け入れれば、子供は衣食住や教育に困ることなく欲しいおもちゃを手に入れることだって出来る。国に利用はされ続けるが。
究極の選択かもしれない。子供が監視され続けるのは我慢ならないかもしれない。
しかし、そもそも彼ら彼女らは表の平和を維持することに自らを捧げた身だ。一度決めたことを全て覆すなとは言わないが、それぐらいわかっているはずではなかっただろうか。
小春だって一人の人間である。心が痛まないわけでもなく、罪悪感だって存在する。だが、この世には仕方のない、どうしようもないことだってあるのだ。
任務の顛末を書類に書き連ねながら、暗い顔色をのぞかせた。
件の《ハーフエルフ》とその両親は、おそらくもう会うことが出来ない。
《エルフ》にとっても駆け落ちなど恥である。特に抗議を受けることもないだろう。
殺されはしないが、引き離されたまま生かされるなど屈辱と思っているかもしれない。過去の事例では、秘密裏に殺される場合もあった。それを思うと大分穏当な処分である。しかし、そもそも彼女は国に追われるリスクを負ってまで愛をとったのだ。きっと、本人にとっては何よりもつらい処分になるのだろうと思わざるを得ない。まあ、彼女のしたことによっておこるかもしれなかった最悪の被害を想定すれば、誰も何も言えないのだが。それでも、胸糞悪いものである。
異常存在「エルフ」 @22235
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