『俺だけが乗車したと思っていた銀河鉄道888〜パチ・パチ・パチ』

漣 

第1章:わけがわからないよ

静かな放課後の教室で、白石悠は一人、明日の小テストの範囲を見直していた。


夕日が窓から差し込み、机の上に長い影を落とす。


ふと顔を上げると、教室の入り口に、背の高い影が立っていた。黒崎蓮だ。



「……まだいんのか、お前」

蓮はいつものようにだるそうにそう言ったが、その瞳はどこか悠を捉えて離さない。


蓮は裏で何をしているかわからないと噂されていた。実際によく顔に傷があったり、タバコを吸っている姿が目撃されたり、禁止されているはずのピアスやリング。深夜バイトをしているとの話もあった。


今も制服を着崩している。

悠もクラス委員長として、色々と注意してきたものの、全く改善されることはなく、悠も手を焼いていた。


しかし、なぜか気になる存在ではあり、クラス委員長の役職を超えた何かを時々覚えることがあった。




悠は「委員長だからね」と努めて平静を装って答えた。


蓮は「ふん」と鼻を鳴らし、そのまま悠の斜め前の席に座った。


その後、蓮が悠にちょっかいをかけてくることはなかった。


ただそこにいるだけ。

それなのに、悠は蓮の視線が肌に刺さるように感じていた。 


ふと、悠は思い出す。



二人の出会いは本当に最悪だった。高校2年生に進級し、悠はクラス委員長となり、初めて注意を試みた。



屋上で煙草を吸っている蓮を見つけ、深呼吸をして声をかけたのだ。



「黒崎くん、ここは喫煙所じゃないよ。それに授業、サボったらだめだ」


蓮は悠をギロリと睨みつけ、威圧的な言葉を吐いた。


だが、悠はひるまなかった。


蓮の冷たい瞳の奥に、どこか諦めにも似た影を見た気がしたからだ。



悠は、誰にも理解されない孤独が蓮をそうさせているのかもしれない、と漠然と感じた。


だから、悠は蓮の目を見て、まっすぐに言った。


「君が何を考えてるのかは分からないけど、もし何か困っているなら、話を聞くくらいはできるよ」



その瞬間、蓮の鋭い瞳が僅かに揺らいだのを、悠は見逃さなかった。


蓮は何も言わずに煙草を揉み消し、そのまま屋上を去っていった。


それが、二人の奇妙な関係の始まりだった。



それから、蓮は悠にだけ奇妙な行動を取るようになった。




悠がノートを忘れると、翌日にはなぜか悠のロッカーに同じ授業のノートが置かれていたり、悠が困っていると、どこからともなく蓮が現れては、有無を言わさぬ態度で助けてくれたりした。



最初は戸惑った悠だが、蓮が自分に向けられた小さな優しさに気づかないほど鈍感ではなかった。




ある日、悠は別のクラスの男子生徒と談笑していた。


学園祭の出し物について盛り上がっていたのだが、ふと視線を感じて振り向くと、教室の隅で蓮が恐ろしい形相で悠を見つめているのが見えた。



普段のクールな表情からは想像もできないほどの、感情の揺れがそこにはあった。


蓮の目は、まるで迷子になった子供のように、不安と怒りがないまぜになっていた。


悠は心臓がぎゅっと締め付けられるのを感じた。




放課後、蓮に人気のない教室に呼び出された悠は、覚悟を決めてその場に向かった。




蓮はすでにそこにいて、悠が入ってくると、



ガチャリと音を立ててドアを閉めた。


教室には二人きり。


夕日が差し込む室内で、蓮は悠を壁際に追い詰めた。



蓮の瞳は、まるで嵐の前の海のように荒れていた。



冷徹な仮面は完全に剥がれ落ち、そこには感情のままに壊れかけている少年がいた。



蓮は悠の両肩を掴み、その瞳をまっすぐ見つめて、口を開いた。


しかし、出てきた言葉は、悠の想像をはるかに超えたものだった。



「……ふ、ふざけんな、白石。お前、わかってんのか?俺は、お前がいねえと、なんか、こう、太陽が、豆腐になって、空から降ってくる気分なんだよ!お前は、俺の、あの、うん、アレだ、冷蔵庫の中の、忘れ去られたプリン!でも、それは、絶対、誰にも食わせねえ!俺の、俺の、俺の、うおおおお!お前は、俺の、俺の、なんだ、人生の、最終ボスだ!倒せねえ!助けてくれ!」




蓮の言葉は、まるで壊れたラジオのように支離滅裂だった。


太陽が豆腐?冷蔵庫のプリン?人生の最終ボス?

悠は一瞬、呆然とし、そして、思わず吹き出しそうになった。


蓮は、自分の口から出た言葉の意味を理解できず、顔を真っ赤にしてパニックになった。


頭を抱え、まるで煙でも吹いているかのようにフリーズした蓮は、次の瞬間、まるで脱兎のごとく教室を飛び出して行った。



悠は、ただ呆然と、開け放たれたドアを見つめるしかなかった。

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