第22話:運命の夜会、開幕(嵐の前の静けさと最初の試練)
王宮の大広間は煌びやかなシャンデリアの光に照らされ、着飾った貴族たちの喧騒と、優雅なワルツの音色で満たされていた。
アステルハルト王国主催の、エルミート王国使節団(という名目でクリストファー王子とその側近たち)歓迎の夜会が、今まさに華やかに開幕したのだ。
俺、アルフレッド・フォン・バーンシュタインは、この日のために仕立てられた深紅の礼服に身を包み、緊張と武者震いが入り混じった複雑な心境で、会場の隅からその光景を眺めていた。
手には、エドワードから託されたペアリングの入った小さなベルベットの箱を、汗ばむほど強く握りしめている。
(本当に、こんな大舞台でプロポーズなんてする羽目になるとはな。俺の人生、どこで道を間違えたんだ……いや、フィーリアと出会った瞬間からこうなる運命だったのかもしれん)
作戦通りフィーリアは俺の父、バーンシュタイン公爵にエスコートされて、一足先に会場入りしているはずだ。
その姿をまだ見ていないが、エドワードが手配したという「最高のドレス」を身に纏ったフィーリアは、きっと息をのむほど美しいに違いない。
俺は深呼吸をすると、意を決して大広間へと足を踏み入れた。
途端に周囲の視線が一斉に俺に集まるのを感じる。好奇、嫉妬、嘲笑、そしてほんの少しの期待。
悪名高いバーンシュタイン家の嫡男が、今宵どのような振る舞いを見せるのか皆が注目しているのだ。
(ふん、せいぜい見ておくがいい。悪役貴族の、起死回生の(かもしれない)大一番をな!)
俺が胸を張って会場を見渡すと、すぐにフィーリアの姿を見つけることができた。
フィーリアは淡いブルーの、まるで夜空の星々を閉じ込めたかのような美しいドレスを身にまとい、父の隣で少し緊張した面持ちで佇んでいた。
その姿は俺の貧弱な語彙力では表現しきれないほど可憐で、神々しいまでに美しかった。俺の推し、マジ天使。
俺がフィーリアの元へ歩み寄ろうとした、その時。
「これはこれはアルフレッド殿。あなたもいらっしゃいましたか」
不意に声をかけてきたのは、やはりというべきかクリストファー王子だった。黒を基調とした豪奢な礼服に身を包み、まるで闇の貴公子のような妖しい魅力を振りまいている。
その赤い瞳は、楽しそうに俺とフィーリアを交互に見ている。
「フィーリア嬢の美しさは今宵も格別ですね。まるで囚われの姫君が、解放の時を待ち望んでいるかのようだ」
相変わらずの嫌味な口ぶり。だが今日の俺は、もうこいつの挑発に乗るつもりはない。
「クリストファー王子。今宵の夜会は、アステルハルト王国とエルミート王国、更には他国の友好を祝う席でもある。水を差すような言動は慎んでいただきたい」
俺はできる限り冷静に、そして毅然とした態度で言い返す。
「おやこれは手厳しい。ですが私はただ、真実を申し上げているだけですよ。フィーリア嬢が本当に『今の状況』に満足しているのか。それを確かめるために、私はここにいるのですから」
クリストファー王子はそう言うと、フィーリアへと視線を移した。その瞳には獲物を狙う狩人のような鋭い光が宿っている。
「フィーリア嬢。あなたに改めて問いましょう。私と共にエルミート王国へ来て、その類稀なる才能を、世界の舞台で開花させる気はありませんか? あなたのその輝きを正当に評価し、最大限に活かすことができるのは、この私だけだと確信しています。もちろんそこには、あなた個人への深い敬愛も含まれていますよ」
その言葉は甘く、そして有無を言わせぬ圧力に満ちていた。周囲の貴族たちも、息をのんでこのやり取りを見守っている。
フィーリアは一瞬怯んだように見えたがすぐに顔を上げ、クリストファー王子を真っ直ぐに見つめ返した。
「クリストファー殿下。何度もお伝えしておりますが、私の気持ちは変わりません。私はアルフレッド様のそばにいることを選びます」
その声は震えていたが、その瞳には確かな決意が宿っていた。
「そうですか。残念です」
クリストファー王子はわざとらしくため息をつくと、ふっと表情を変え、嘲るような笑みを浮かべた。
「ですがあなたのその『選択』が、本当に正しいものなのか……今宵、じっくりと見極めさせていただきますよ。例えばアルフレッド殿が、あなたを守るに値する男なのかどうか、ね」
そう言うと彼はまるで示し合わせたかのように、大広間の巨大なシャンデリアを見上げた。
その瞬間だった。
何の前触れもなく、豪華絢爛なシャンデリアを吊っていた鎖の一本が、大きな金属音と共に切れた。
巨大なシャンデリアが大きく傾き、今にも落下しそうになっている!
会場は一瞬にしてパニックに陥り、貴族たちの悲鳴が響き渡る。
(なっ……!? まさか、これがアイザックの言っていた「偶然のハプニング」か!? いや、それにしてはタイミングが良すぎるし、何より危険すぎる!)
俺はアイザックの仕業ではない別の何か、もっと悪意のある力が働いていることを直感した。
その悪意の矛先は、明らかにフィーリアに向けられている。傾いたシャンデリアの真下には、先ほどクリストファー王子と対峙していたフィーリアが、立ちすくんでいた!
「フィーリア!!」
俺は絶叫して彼女の元へ駆け寄ろうとした。
だがそれよりも早く、フィーリア自身が動いた。
迫りくる危機を前にして少しも怯むことなく、スッと杖を構えた。
その瞳には恐怖ではなく、強い意志と、そして俺への信頼のようなものが浮かんでいるように見えた。
「大丈夫です、アルフレッド様! 私が……アルフレッド様と皆を守ります!」
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