第23話 逆転の一手、心からの誓い(そして喝采を呼ぶフィナーレ)
落下しそうになる巨大なシャンデリア。パニックに陥る夜会の会場。
その絶望的な状況の中、フィーリア・メイフィールドは一人、毅然として立っていた。
小さな身体から放たれる魔力は普段とは比べ物にならないほど強大で、そして温かい光を帯びている。
「――集え、星々の息吹よ! 我が声に応え聖なる守護の光となれ! セレスティアル・ウォール!」
フィーリアの詠唱と共に眩いばかりの光が彼女の杖先から放たれ、シャンデリアの真下に巨大な魔法障壁を展開した。
落下しかけたシャンデリアはその障壁に受け止められ、激しい音を立てながらも、奇跡的にその動きを止めた!
さらにフィーリアは休むことなく次の魔法を詠唱する。
「――癒しの風よ、繋ぎの絆よ! 砕けしものを修復し、新たなる調和をここに! リペアメント・ハーモニー!」
障壁に支えられたシャンデリアの切れた鎖が、柔らかな光に包まれてみるみるうちに修復されていく。
傾いていたシャンデリアはゆっくりと元の位置に戻り、再び煌びやかな光を会場に降り注ぎ始めた。まるで、何も起こらなかったかのように。
会場は、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「す、すごい! なんて強力な魔法なんだ!」
「平民の特待生だと聞いていたが、あれほどの力を持っていたとは!」
貴族たちはフィーリアの神業のような魔法に度肝を抜かれ、称賛の声を惜しみなく送っている。
俺はただ呆然とその光景を見つめていた。
フィーリアがこんなにも強く、そして美しい魔法を使うなんて……。
俺の知っている「か弱いヒロイン」の姿は、そこにはもうなかった。
そこにいたのは愛する人を、そして多くの人々を守るために、自らの力を最大限に発揮する、一人の気高き魔法使いだった。
クリストファー王子はそのフィーリアの姿を興味深そうに、そしてどこか苦々しげに見つめている。
(もしかしたらシャンデリアの件も、こいつが裏で糸を引いていたのか? だとしたら絶対に許さん)
混乱が収まりかけた会場で、エドワード王子が冷静に、しかし力強く宣言した。
「皆の者、静粛に! 今宵の危機は、フィーリア・メイフィールド嬢の類稀なる魔法によって救われた! 彼女の勇気と力に、アステルハルト王国を代表して、心からの感謝と称賛を送る!」
その言葉に再び大きな拍手が起こる。
(よし、ここだ!)
俺はこの瞬間を逃さなかった。
応援団たちの作戦――「魔法芸術コンテストでフィーリアがグランプリを取り、その瞬間に俺がプロポーズする」という流れとは少し違うが、むしろ今このタイミングこそが、俺の想いを伝える最高の舞台かもしれない。
俺は、フィーリアの元へとゆっくりと歩み寄った。
フィーリアはまだ少し息を切らせながらも、俺を見てはにかむように微笑んだ。
「アルフレッド様。ごめんなさい、少し派手にやりすぎちゃったかも……」
「いや。見事だったフィーリア。君は本当にすごいな」
俺は心からの言葉を伝える。
そして大観衆が見守る中で俺はフィーリアの前に跪き、汗ばんだ手で握りしめていたベルベットの箱を開けた。
中には月のペンダントとお揃いの、控えめながらも美しい銀の指輪が二つ、静かに輝いている。
「フィーリア・メイフィールド」
俺は深呼吸をして、彼女の名前を呼んだ。
練習したプロポーズの言葉は、緊張でほとんど頭から飛んでいた。だが今の俺には、飾り立てた言葉は必要なかった。
「俺は、悪役貴族のアルフレッド・フォン・バーンシュタインだ。傲慢で意地悪で、およそ褒められた人間じゃない。お前にも最初は酷いことをたくさん言ったし、したつもりだった」
俺は、正直な気持ちを吐露する。
「でもお前はそんな俺を、いつだって真っ直ぐに見つめ返してくれた。俺のくだらない嫌がらせにも怯まず、時には言い負かされることさえあった。その強さと太陽みたいな明るさに、俺はいつの間にか救われていたんだと思う」
フィーリアの瞳が驚きと、そして喜びで潤んでいくのが見える。
「ダンジョンで俺はお前を庇って死ぬつもりだった。それが俺にできる唯一の償いだと思っていたからだ。でも俺は生き残った。そしてお前はそんな俺を、献身的に看病してくれた。お前が俺の屋敷に来てくれてからの毎日は俺にとって、今まで感じたことのないくらい温かくて、幸せな日々だった」
俺の声は、少し震えていたかもしれない。
「フィーリア。俺は原作の悪役だ。お前は、本来なら王子様と結ばれるべきヒロインだ。俺がお前の隣にいることは、この世界の法則に反するのかもしれない。それでも俺は、お前が好きだ。誰よりも何よりも、お前を愛している」
俺は、フィーリアの瞳を真っ直ぐに見つめて、心の底からの想いを告げた。
きっとフィーリアは俺の言っている事の半分も理解できないだろう。それでもこれは俺なりの懺悔とけじめだった。
「だから、フィーリア……俺の生涯のパートナーとなってほしい。俺と一緒にこの物語の続きを、新しいハッピーエンドを、作ってくれないか」
俺は震える手で指輪を差し出した。
会場は水を打ったように静まり返っている。
フィーリアは大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼしながら、俺の言葉を黙って聞いていた。
俺が言い終わるとゆっくりと頷き、最高の笑顔で答えてくれた。
「……はいっ……! 喜んで……! アルフレッド様……私も、あなたを……愛していますっ……!」
溢れる涙をそのままに、フィーリアは俺の胸に飛び込んできた。
俺はこみ上げてくる衝動を抑えきれなかった。
その小さな身体を強く、壊れ物のように優しく抱きしめると、彼女の顔を覆う濡れた髪をそっと指でかき分けた。
潤んだエメラルドグリーンの瞳がすぐ間近で見つめている。言葉はもういらなかった。お互いの想いは、痛いほどに伝わっているはずだ。
俺はフィーリアの柔らかな唇に、自らの唇を重ねた。
それは誓いのキスであり、感謝のキスであり、そして何よりも俺の全ての愛を込めたキスだった。
甘くて、フィーリアの涙のせいで少ししょっぱくて、そしてまるで世界に俺たち二人しかいないかのように感じられる、夢のような時間。
もう二度とこの手を離さない、離してたまるかと俺は心の底から強く、強く誓った。
俺たちがゆっくりと唇を離した瞬間、一拍の間を置いて会場は割れんばかりの、祝福の嵐のような拍手と歓声に包まれた。
エドワード王子は満足そうに頷き、ガウェインは号泣しながら「アルフレッド! フィーリア! おめでとう!」と叫び、アイザックは「プロポーズ成功確率99.9%……素晴らしい。実に感動的な結末だ」と冷静に分析しながらも、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
父も、どこか誇らしげに俺たちを見守ってくれている。
俺は、フィーリアの薬指にそっと指輪をはめた。
それは俺たちの愛の証として、何よりも美しく輝いて見えた。
クリストファー王子は……いつの間にか苦虫を噛み潰したような、それでいてどこか諦観したような表情で、俺たちから目をそらしていた。
王子の真の目的が何であれ、少なくとも今この瞬間、俺たちの愛は野望を打ち砕いたのだ。
悪役貴族の人生を賭けた大プロポーズ。
それは応援団たちの珍作戦とフィーリアの愛の魔法、そして俺の不器用な勇気によって、最高の形で幕を閉じた。
俺たちの物語はまだ始まったばかりだ。
そして、その未来は、きっと愛と笑顔で満たされているだろう。
――いやもしかしたら、クリストファー王子の逆襲とか、さらなる厄介事が待ち受けているかもしれないが……まぁ、その時はその時だ。
フィーリアとそしてこの頼もしい(そしておせっかいな)仲間たちがいれば、どんな困難だって乗り越えていける。
俺は、そう確信していた。
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