第21話 決戦前夜(それぞれの想いと応援団の最終調整)
夜会を明日に控え、バーンシュタイン邸は奇妙な熱気に包まれていた。
表向きは、王宮主催の夜会への参加準備という華やかなものだが、その裏では「クリストファー王子撃退大作戦」の最終調整が、応援団たちによって着々と進められていたのだ。
俺は、エドワード王子に叩き込まれた(というより、ほぼ強制的に覚えさせられた)ダンスのステップを、庭のテラスで一人黙々と反芻していた。
フィーリアとの練習では照れくさくてなかなか上手くリードできなかったが、本番では失敗するわけにはいかない。フィーリアを不安にさせたくない。
「よぉ、アルフレッド。最後の悪あがきか?」
声をかけてきたのは、いつの間にか庭に現れていたガウェインだった。その手にはなぜか木剣が握られている。
「お前こそこんなところで何してるんだ。夜会のエスコート相手のセシリア嬢はいいのか?」
「セシリアは今、ドレスの最終フィッティング中だ。それよりお前だよ。顔色が悪いぜ? まさかビビってんのか?」
ガウェインは、ニヤニヤしながら俺に木剣を向けてくる。
「くだらん。俺がビビるわけないだろ」
「なら、少し手合わせしろよ。気合入れてやるぜ。フィーリアのためにも、明日は最高のアルフレッドを見せてやれよな!」
ガウェインの言葉はぶっきらぼうだが、その瞳には友情にも似た温かい光が宿っている。こいつなりに、俺を励まそうとしてくれているのだろう。
「フン、望むところだ。返り討ちにしてやる」
俺たちは言葉少なに木剣を交わし始めた。打ち合う剣の音だけが、夕暮れの庭に響き渡る。それは言葉よりも雄弁な、男同士の励まし合いだったのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
一方のフィーリアは自室で、夜会で着るドレスの最終確認をメイド長と共に行っていた。
そのドレスは、エドワード王子が「フィーリア嬢の魅力を最大限に引き出す、最高のドレスを」と、王家御用達のデザイナーに特別に作らせたものだという。
淡いブルーの、まるで月の光を閉じ込めたような美しいドレス。それを身に纏ったフィーリアは、本当に物語のお姫様のようだった。
「フィーリア様、本当にお美しゅうございます。明日の夜会ではきっとアルフレッド様も、そして会場の皆様も、あなた様の魅力に心を奪われることでしょう」
メイド長の言葉にフィーリアは頬を染めながらも、どこか不安げな表情を浮かべた。
「私、本当に大丈夫でしょうか。アルフレッド様にご迷惑をおかけしないか……クリストファー王子に、何か失礼なことをしてしまわないか」
「お嬢様、何も心配はいりませんわ」
そっと部屋に入ってきたのはセシリア嬢だった。彼女もまた、夜会で着るであろう美しいドレスを身に纏っている。
「フィーリアさんはとても魅力的で、そしてお強い方ですもの。アルフレッド様も、きっとあなた様のありのままの姿を望んでいらっしゃるはずですわ。それに私たちもいます。何かあればエドワード様やガウェイン様、アイザック様、そしてわたくしも、全力であなた様をお支えいたしますから」
セシリアの優しい言葉にフィーリアの瞳に涙が滲む。
「セシリア様……ありがとうございます!」
「いいえ。わたくし、アルフレッド様とフィーリアさんのこと、心から応援しておりますのよ。お二人が幸せになるのを見るのが、今のわたくしのささやかな楽しみなのですから(エドワード様が私に振り向いてくれない以上は、ね)」
セシリアはふわりと微笑んだ。その笑顔には諦観と、そして新たな希望のようなものが混じっているように見えた。
その頃、アイザックは自室で明日の夜会のタイムスケジュールと、各所に仕掛ける「ハプニング」の最終チェックを行っていた。
「シャンデリアの落下タイミングは、フィーリア嬢の魔法詠唱のクライマックスと同期させる。プロポーズの瞬間の照明は、感動を最大限に引き出すために暖色系のスポットライトを使用。クリストファー王子の表情を捉えるための隠しカメラの設置場所も完璧だ。BGMは、ロマンチックなクラシックと、勝利を予感させる勇壮なファンファーレをミックス。あとは……アルフレッド君のプロポーズの言葉次第だね。統計的には感動的なエピソードを交えつつ、ストレートな愛情表現をするのが最も効果的だが……彼がどんな言葉を選ぶのか、実に興味深い」
アイザックは手元の資料を眺めながら淡々と、しかしどこか楽しそうに呟いていた。彼の頭の中では、すでに夜会の完璧なシミュレーションが完了しているのだろう。
エドワード王子は王宮の自室で、父である国王と密談を交わしていた。
「……というわけで父上。明日の夜会はクリストファー王子に対する、アステルハルト王国としての明確な回答を示す場となります。バーンシュタイン公爵家の協力も得て、万全の体制で臨む所存です」
「うむ。エルミート王国の最近の動きには、私も警戒を強めている。クリストファー王子の真の狙いは、単にフィーリア嬢を手に入れることだけではないかもしれん。この国に揺さぶりをかけ、何かを探ろうとしている。あるいは、何かを仕掛けようとしている可能性もある。油断はできんぞ、エドワード」
国王の言葉には、一国の王としての重みが滲んでいた。
「承知しております。ですが父上。私はアルフレッドとフィーリア嬢の絆を信じております。彼らの純粋な想いは、どんな陰謀や圧力にも屈しないと。そして彼らの幸せこそが、この国の未来を明るく照らすと……そう信じたいのです(何より、彼らのラブコメは最高のエンターテイメントだからな!)」
エドワードは父の前では真剣な表情を崩さなかったが、その瞳の奥にはやはりいつもの悪戯っぽい光が宿っていた。
◇◇◇◇◇◇
それぞれの想いが交錯する決戦前夜。
バーンシュタイン邸の俺の部屋では、フィーリアが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、俺は最後の最後までプロポーズの言葉を練っていた。
「フィーリア、俺は……」
窓の外には、満月が静かに輝いている。
まるで、明日の俺たちの運命を、静かに見守っているかのように。
どんな結末が待っていようとも、俺はもう、逃げない。
愛する人を守るため、そして、自分自身の心に正直に生きるため。
悪役貴族アルフレッドの、人生を賭けた大舞台が、いよいよ幕を開けようとしていた。
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