第20話 特訓の日々と、揺れる心(プロポーズの言葉を探して)
「クリストファー王子撃退・夜会で愛の劇場大作戦(仮)」の決行まで、あと数日。
バーンシュタイン邸はにわかに活気づいていた。
正確には俺とフィーリア、そしておせっかいな応援団たちとその協力者(主にうちの執事とメイド長)の間で秘密裏に、しかし猛烈な勢いで準備が進められていたのだ。
まず最大の難関は、ガウェインが提案した「情熱的なダンス」である。
俺は悪役貴族としての嗜みとして、一通りの宮廷舞踊を叩き込まれてはいる。だが、「情熱的」となると話は別だ。そもそも俺のキャラじゃない。
「アルフレッド、お前の踊りは硬すぎる! もっとこう、フィーリアを熱い眼差しで見つめて、腰をぐっと引き寄せてだな!」
指導役を買って出た(というより無理やり押し付けられた)ガウェインが、暑苦しい実演を交えながら熱弁する。
その隣ではなぜかエドワード王子が優雅に手本を示し、「アルフレッド、ステップは正確だが、感情が乗っていない。フィーリア嬢への愛をその身体で表現するのだ(まぁ、君のぎこちない姿を見るのも一興だが)」などと上から目線でアドバイスしてくる。
お前ら、どっちが本物の王子だか分からんぞ。
フィーリアはフィーリアで、俺とのダンス練習に毎回顔を赤くしながらも、必死についてきてくれている。しかし、やはり慣れないステップに戸惑っているようだった。
「ア、アルフレッド様……ごめんなさい、私、ダンスはあまり得意じゃなくて……ご迷惑をおかけしたら、どうしよう……」
不安そうに俯く彼女を見て、俺の胸がちくりと痛んだ。以前の俺なら、ここで照れ隠しに「足手まといになるな」とでも言っていたかもしれない。だが、今は違う。このか弱い(そして何より愛おしい)恋人を、不安にさせたままにしておけるわけがなかった。
「馬鹿を言うな。お前が迷惑なわけないだろう」
俺は、おずおずと差し出された彼女の小さな手を、優しく握りしめた。
「これは俺たちのダンスの練習だ。お前以外の相手と踊るつもりもない。だからいくら失敗したって構わん」
少しだけ身体を引き寄せ、震える腰をしっかりと支える。驚いて顔を上げたフィーリアの耳元で、できるだけ穏やかな声で続けた。
「いいか、フィーリア。難しいことは考えるな。俺だけを見ていろ。お前がよろめいたら必ず支える。だから俺を信じて、音楽に身を任せてみろ」
我ながらとんでもなく甘いセリフだ。顔から火が出そうだったが、フィーリアを安心させるためにはこれくらい言わねばなるまい。
俺の言葉にフィーリアは一瞬きょとんとした後、顔を赤く染め上げた。しかしその瞳からは不安の色が消え、絶対的な信頼と、とろけるように甘い喜びに満ちていた。
「……はいっ! アルフレッド様!」
フィーリアが力強く頷く。その健気な姿に腹の底から覚悟が決まった。
(そうだ。この笑顔を守るためなら、どんな気恥ずかしいダンスだって、世界一情熱的に踊りきってやる)
次に、アイザックが提案した「魔法芸術コンテスト(出来レース)」のための、フィーリアの魔法のデモンストレーションの練習。
「フィーリア嬢、君の魔法のテーマは『逆境を乗り越える愛の輝き』だ。クリストファー王子の前で、アルフレッド君への想いを力強く表現するんだ。具体的には制御不能になったシャンデリアを、愛の力で修復し、さらに美しい光で会場を包み込む……というのはどうかな?」
アイザックはサラリととんでもない演出案を出す。そして、その「制御不能になるシャンデリア」の仕掛けは、完璧に準備してくれるらしい。お前、本当にただの学園生か?
フィーリアは「私にそんな大役が……でも、アルフレッド様のためなら!」と、健気に練習に励んでいる。
フィーリアの魔力は、確かに俺が関わるとなぜか飛躍的に向上するようで、練習では目を見張るような美しい光の魔法を披露していた。
その姿はまるで本物の魔法少女……いや、女神のようだ。俺の推し、最強すぎる。
そして俺にとって最大の課題はエドワードが押し付けてきた「公開プロポーズ」である。
夜会の大観衆の前でフィーリアに愛を告げ、指輪を贈る。考えただけで胃が痛くなる。
「アルフレッド、プロポーズの言葉は考えたのか? 感動的でロマンチックで、そしてクリストファー王子の心をへし折るような、最高の言葉を期待しているぞ(失敗したら、後でたっぷり弄ってやるからな)」
エドワードはニヤニヤしながらプレッシャーをかけてくる。
(プロポーズの言葉。それなんだよな……)
俺は夜ごと自室で頭を悩ませた。
『フィーリア、君は俺の太陽だ』…クサすぎる。
『俺と結婚してくれ。命令だ』これは元のアルフレッドだ。
『好きだ。俺のそばにいてほしい』。シンプルすぎるか?
悩めば悩むほど、何が正解なのか分からなくなる。
そんな俺の様子を察してか、フィーリアが夜食(今日は成功率の高いハーブティーと普通のクッキーだった、ありがとう)を持って部屋を訪ねてくれた。
「アルフレッド様、なんだかお疲れのようですね。あまり無理なさらないでくださいね」
優しい言葉が、ささくれ立った俺の心に染みいる。
「いや、大したことじゃない。ただ少し考え事をな」
「考え事、ですか? もし私でお役に立てることがあれば、何でも言ってくださいね」
フィーリアは、心配そうに俺の顔を覗き込む。
その時ふと、フィーリアの胸元で控えめに輝く月のペンダントが目に入った。俺が贈ったささやかなプレゼント。
それを見て俺の心に一つの言葉が浮かんだ。
派手な言葉じゃなくてもいい。格好つけた言葉じゃなくてもいい。
ただ、俺の今の素直な気持ちを伝えれば……。
「フィーリア」
俺は名前を呼んだ。
「もし俺がお前に、とんでもなく恥ずかしいことを言ったり、したりしても……引かないでくれるか?」
「え? はい! もちろんです! アルフレッド様のすることなら私、何でも受け止めます!」
フィーリアはきょとんとしながらも、力強く頷いてくれた。その笑顔に俺の心は少しだけ軽くなった気がした。
夜会まで、あと二日。
俺の心は、まだ揺れ動いている。
本当にこれでいいのか。俺のような悪役がヒロインにプロポーズなんてしてもいいのか。
クリストファー王子の真の目的は、本当にフィーリアへの執着だけなのか? アイザックは最近、「エルミート王国の最近の軍備増強と、古代遺物の探索に関する不穏な噂がある」などと呟いていたが……。
様々な不安が渦巻く中で、それでも俺はフィーリアの笑顔を守りたいという気持ちだけは、揺らがないのを感じていた。
それが悪役貴族アルフレッド・フォン・バーンシュタインが見つけた、唯一の「正義」なのかもしれない。
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