第5話 いざ、決戦(死に場所)のダンジョンへ!

 ダンジョン攻略実習当日。

 俺たちAクラスの生徒たちは、学園から少し離れた場所にある「試練の迷宮」と呼ばれる洞窟の入り口に集合していた。薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせる洞窟の口が、まるで冥府への入り口のように見える。


 俺にとっては今日がまさに命日となるかもしれない、最高の死に場所候補だ!


「諸君、今回の実習の目的は、チームでの連携と、未知の状況への対応能力を養うことにある。この『試練の迷宮』には、様々な罠や魔物が潜んでいる。決して無謀な行動は慎み、常に仲間と協力することを忘れるな」


 引率の騎士団所属の教官が厳粛な口調で注意を促す。ふっ、俺は今日、華麗に散るために来たのだ。協調性なんて、推しを庇う時以外は不要だ!


 チーム編成は、フィーリア、エドワード・フォン・ハルトシュタイン、ガウェイン・マードック、アイザック・ニュートン、そしてセシリア・フォン・ローゼンベルクという、原作ゲームの主要キャラクター勢揃いの「主人公チーム」。

 俺がここにいるのは完全に場違いな悪役だが、計画のためには最高の布陣だ。


 フィーリアは、新品らしき革鎧を身にまとい、愛用の杖をギュッと握りしめている。緊張と期待が入り混じった表情だ。


 ああ、俺の推しヒロイン、フィーリア。今日も可愛い。この天使のような(そして実は逞しい)少女を、俺は今日、命がけで守り抜くのだ!

 そしてその生涯を閉じる。完璧な計画だ!


「おい、平民。足手まといにだけはなるなよ。お前のせいで、俺様の輝かしい最期に傷がつくのはごめんだからな」


 俺はいつもの調子でフィーリアに声をかける。悪役のロールプレイは完璧だ。


「アルフレッド様こそまた一人で格好つけて突っ走って、罠にでも引っかからないでくださいね! 私、面倒見るのはごめんですから!」


 フィーリアも、すっかり俺の扱いに慣れたのか、むしろちょっと楽しそうに言い返してきた。

 この軽口を叩き合える悪友のような関係性、これならば俺が彼女を庇っても、「なんだかんだ言って、本当は私のことを……」とフラグが立つに違いない!計算通り!


「アルフレッド、フィーリア嬢。君たちのその漫才のようなやり取りは、いささか場にそぐわないぞ。今は集中すべき時だ(だが、君たちの関係性は実に興味深く、観察していて飽きないがな)」


 エドワードがどこか面白がるような、それでいて王子としての威厳を保った目で俺たちを見た。こいつ、やっぱり何か企んでる顔してる。



 洞窟の中は予想以上に薄暗く、湿っぽい空気が漂っていた。松明の明かりを頼りに、俺たちは慎重に奥へと進んでいく。これが、俺の墓場となる場所か。胸が高鳴るぜ!


 道中、ゴブリンやコボルトといった低級モンスターが何度か出現したが、エドワードの的確な指示と魔法、ガウェインの勇猛果敢な剣技、そしてフィーリアの(原作より強力な気がする)援護魔法によって、問題なく蹴散らしていく。


 俺はフィーリアの死角を常にカバーしつつ、適当に剣を振るって「ちゃんと戦っている有能な貴族」を演出。

 全てはクライマックスで俺がフィーリアを庇い、「まさか、アルフレッド様がこんなに強かったなんて、そして私のために……!」と彼女を感動させるための布石だ!


(原作ゲームの知識によれば、この迷宮の最深部には強力なボスモンスターがいるはずだ。そして、フィーリアが何らかの理由でそのボスと単独で対峙し、絶体絶命のピンチに陥る。そこに俺が颯爽と現れ、フィーリアを庇って華麗に散る! 完璧なシナリオだ!)


 俺は内心で計画の最終確認をし、その「フィーリア単独行イベント」の発生を待った。

 そして、それは思ったよりもあっさりと、しかし最も古典的な形で訪れた。

 一行が少し開けた場所に出た、その時だった。


「きゃあっ!」


 フィーリアが短い悲鳴を上げたかと思うと踏み出した先の床が、音もなく崩落したのだ!

 それは、巧妙に隠された落とし穴だった。


「フィーリアっ!?」


 ガウェインが叫び、手を伸ばすが間に合わない。フィーリアの姿は、あっという間に暗い穴の底へと消えていった。


(なっ……! まさかの古典的トラップ! 原作ゲームにこんな分かりやすい罠あったか!? いや、だがこれは……俺にとって最高のチャンスじゃないか!)


 俺は一瞬の逡巡の後、心の中でガッツポーズを決めた。


「お前たちはここで待っていろ! 俺があのドジな平民を助けに行ってやる!」


 そう叫ぶと同時に俺はエドワードたちの制止の声も聞かず、躊躇なくフィーリアが落ちた穴へと身を躍らせた!


 背後で「アルフレッド、無茶だ!」「あの馬鹿、一人で突っ込んでいきやがった!」という声が聞こえたが、知ったことか! これぞ悪役の自己犠牲精神! (という名の計算ずくの死に場所ダイブだ!)



 ドスン! という鈍い音と共に、俺はどこかの地面に叩きつけられた。

 幸いそれほど深い穴ではなかったらしく、大きな怪我はなさそうだ。鍛え抜いた(つもりの)受け身が役に立った。


「い、痛たた……アルフレッド様!? なぜあなたがここに!?」


 埃を払いながら立ち上がったフィーリアが、俺の姿を見て目を丸くしている。その表情は驚きと、少しの困惑と……微かな安堵の色?


(ふっ驚いたか、フィーリア。君を助けるためだけに、この俺様がわざわざ危険な穴に飛び降りてやったのだぞ。この英雄的行為に感謝するがいい。そしてこの後の俺の輝かしい最期を、その目にしっかりと焼き付けるのだ!)


 内心で勝利の雄叫びを上げつつ、俺は傲慢な態度を崩さずに言い放った。


「ふん、お前のようなドジな平民を一人で放っておけるか。それにこの穴の先には、ひょっとすると隠されたお宝でもあるかもしれんからな。抜け駆けは許さんぞ」


 完璧な「ヒロインの事が気になっている悪役」のセリフ! これでフィーリアは俺の男気と優しさ(の裏返し)に好感度が上昇したに違いない!(そして俺は死ぬが、悔いはない!)


「も、もう! 人がどれだけ心細かったと思ってるんですか! それなのに、そういう憎まれ口ばっかり! でも、ありがとうございます、アルフレッド様。あなたが来てくれて、本当に心強いです」


 フィーリアはぷくっと頬を膨らませた後、潤んだ瞳で俺を見上げ、はにかむように微笑んだ。

 くっ……その表情、反則的なまでに可愛い……! 

 俺の死へのモチベーションが、逆に生存本能を刺激してしまいそうだ!


「と、とにかく、ここから脱出する方法を探すぞ! さっさとボスを見つけて、俺の最高の見せ場を作るんだ!」


 俺は動揺を隠すように松明に火を灯し、周囲を照らした。


 そこは、先ほどまでいた通路とは明らかに雰囲気の異なる、広大な地下空洞だった。その奥には何やら禍々しいオーラを放つ、巨大な影が見える。


(来たな! 間違いない、あれが俺の運命の相手、シャドウハウルだ! 俺の最高の死に場所! 舞台は整ったぞ!)


 心臓が、期待と興奮でドクドクと高鳴る。

 最高の舞台装置、最高のヒロイン、そして最高の犠牲者(俺)。あとは、最高の演技で、最高の最期を迎えるだけだ! きっと計算通りに事が進むはず!

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