第4話 悪役稼業はさじ加減が命(でも楽しい)
「おい、そこの平民。お前、また教科書を忘れたのか? 全く、だから平民は準備不足というものだ。仕方ないな。この俺様が特別に教科書を貸してやろう。ありがたく思うがいい、そして二度とこのような失態を演じるなよ」
魔法薬学の授業が始まろうという時、教科書を机に出していなかったフィーリアを見つけた。
俺はここぞとばかりに声をかけた。今日は急遽の授業変更である。原作では攻略対象の男たちが見せていたが、ここは嫌味を言いながら印象付けるチャンス!
これで適度に嫌味を言いつつも、フィーリアが授業を受けられないという事態は避けられる。そして後々「あの時は助けてもらったけど、言い方は最悪だった」という、絶妙な塩梅の思い出になるはずだ。我ながら完璧な悪役ムーブ。計画通り。
フィーリアは俺の声に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに落ち着いた表情で向き直った。
「アルフレッド様。ご心配ありがとうございます。ですが、教科書はきちんと持ってきています。少々鞄の奥に入ってしまっていたようで、出すのに手間取っていただけです」
え? 原作から逸脱していない? もしかして俺の嫌味に対して警戒したからなのか。
「そ、そうか。まぁ持っているならそれでいい。だが、もし忘れた時はいつでもこの俺を頼るがいい。迷惑だがな」
若干の動揺を隠しつつ、俺は用意していたセリフの後半だけをどうにか口にする。これもまた、後々の伏線になるはずだ。計画に多少のズレはつきものだ。
「はい。アルフレッド様のお心遣い、感謝します。…ふふっ」
フィーリアは俺の顔をじっと見て、何かをこらえるように小さく笑った。
「な、何がおかしい」
「いえ、失礼しました。ただ、アルフレッド様はいつもそうやって、遠回しに私のことを気にかけてくださるのだなと、改めて思いまして」
「だ、誰がお前のことなど気にかけるか! 勘違いするな!」
俺は必死に反論する。いや、ある意味気にはかけているんだが。まあとにかくこの調子で適度に嫌われよう。フィーリアの笑顔は少々計算外だったが、まあ誤差の範囲だ。
(よしよし、今日も元気に嫌われているぞ俺!)内心でそう快哉を叫んだが、周囲の生徒たちの囁き声までは、さすがの俺も拾いきれていなかった。
「またアルフレッド様、フィーリアさんに絡んでるわ」
「でもあれって、結局フィーリアさんのこと心配してるようにしか見えないのよね……」
「素直じゃないんだから」
またある時は魔法学の授業中、フィーリアが少し難解な魔法陣の解読に手こずっているのを俺は見逃さなかった。
学業優秀なフィーリアにしては珍しいが、これは少々意地悪な引っ掛けが仕込まれている。
幸い、これも原作で予想済みだったので事前学習済み。ここも計算の内だ。
わざと大きなため息をつきながら、俺のノートの隅に解読のヒントとなる数式を(読みにくい悪筆で、しかしフィーリアの席からはギリギリ見える角度で)殴り書きした。
「……こんな初歩的な問題も解けないのか、平民は。見ていられないな」
小さな声でそう呟き、(確実に俺の親切心ではないとアピールするために)顔をそむける。完璧な間接的サポート、そしてそれに伴う嫌味。これぞ高度な悪役テクニックだ。
フィーリアはその俺のノートの走り書きに気づいたのか、一瞬動きを止め、そして何かを閃いたようにペンを走らせ始めた。
あっという間に魔法陣の解読を終えたフィーリアは俺の方を向き、にっこりと会釈した。
その表情は「ありがとう」と言っているようにも見えたが、俺は「ふん、偶然解けただけだろう」と意に介さない。これもまた計算された「見返りを求めないが、恩着せがましい悪役の支援」だ。実にいい仕事をした。
放課後、雨が降り出して傘を持っていなかったフィーリアが困っているのを見つけた。俺は計画通り、大きなため息とともに自分の傘を乱暴に彼女に突き出した。
雨の日の傘イベントは乙女ゲームのお約束だろう? ここで好感度を下げておくのは定石だ。
「おい、平民。風邪でも引かれては、俺の計画(何の計画かは言わないでおく)に支障が出る。この傘を使え。そして、俺が親切心で貸したなどと、ゆめゆめ思うなよ。これは単なる合理的な判断だ」
フィーリアは少し驚いたように目を見開いたが、やがて嬉しそうに微笑んで傘を受け取った。
「アルフレッド様。ありがとうございます。このお礼は必ず。でもアルフレッド様はどうなさるのですか? 一緒に入っていきませんか?」
「なっ! 誰がお前のような平民と相合傘などするか! 俺は従者を呼ぶ! お前はさっさと帰れ!」
俺はそう吐き捨てると、雨の中を足早に去っていく。落ち着かないので別の場所で待つとしよう。平民に身分の差をアピールできたな、しめしめと内心ほくそ笑む。計画通り、完璧だ。
(ふっ、これでまた一つ、嫌われフラグが立ったな)
自室に戻った俺は、今日の「悪役ムーブ」を反芻し、「よし、今日もフィーリアに適度に嫌われつつ、破滅への布石を打てたぞ。全ては計算通りだ」と一人、満足げに頷いた。
この調子なら、「嫌な奴だったけど、最後は私を助けてくれた……」という最高のエンディングは間違いないだろう。
順調だ。非常に順調に「なぜか色々なことに関わる悪友」ポジションを築けている気がする!
一方で攻略対象の男たちは、俺のこの奇行(?)に対して様々な反応を見せている。
第一王子エドワードは、俺とフィーリアのやり取りを冷ややかに見ていることが多いが、たまに「アルフレッド、あまり彼女をからかうな。見ていて見苦しいぞ(だが、少し面白い)」といった視線を送ってくる。
騎士団長の息子で熱血漢のガウェイン・マードックは、「おいアルフレッド! フィーリアにちょっかい出すのはやめろ! 俺が相手だ!」と、なぜか俺に勝負を挑んでくる。いや、君の相手はフィーリアだろう。
文官長の息子で知的なアイザック・ニュートン(本当にニュートンという名前なのだから驚きだ)は、「ふむ。君たちのコミュニケーションパターンは、一般的な対立関係とは異なる、非常に興味深い相関性を示しているね。一見、相互に反発し合っているようで、その実、お互いに対する強い関心と、無意識のレベルでの共感的反応が観測される。これは、もしかすると『反発力と引力は、特定の条件下においては相互変換し得る』という、新たな物理法則を発見するきっかけになるかもしれないな。それに、この感情の揺らぎのパターンは、統計的に見ても、恋愛感情へと発展する可能性が極めて高いことを示唆している……おっと、これは少々、踏み込みすぎた発言だったかな?」と、的確すぎる分析をしてくる。
さては全部お見通しか!?
それとお前はやっぱり物理法則発見した偉人だろ!?
ふっふっふ……攻略対象どもめ、俺とフィーリアのこの絶妙な関係性が羨ましいか?
だが安心しろ、最終的にフィーリアは君たちの誰かと結ばれるのだ。
俺はただ、その物語を最高に盛り上げるためのスパイスに過ぎん……そして最後は華麗に散る!
そんな日々を送りながら、俺は着々と「その日」のための準備を進めていた。
俺は悪役らしく、ニヤリと口角を上げた。
全ては、俺の、そしてフィーリアの(俺が思うところの)最高のエンディングのために!
悪役貴族アルフレッドの計算され尽くした(はずの)日々は、こうして続いていくのだった。
――そしてついに運命の日が訪れる。
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