1.森での出会い


「…ん、……起きなきゃ…。」


…満月の夜が終わった。

長く、苦しい、孤独な夜が。


「…今日からまた、新しい村…」


私にとって、満月の次の日というのは、新しいもの尽くしだ。

それは、新しい月、新しい村、新しい出会いと、そして───

───新しい別れの、始まりでもある。



「…今度は、どこにしよう。」



……私が吸血衝動に冒される、満月の夜を耐えるためだけに用意したこの小屋の窓からは、寂しげに林立する白樺の木々だけがのぞいている。

村の影など、どこにもない。

それに…

…この周辺にある村には、私はもう、近づけない。

なぜならそのすべての村で、そこに住むものの血を吸ったからだ。

きっと皆、私のことを恐れ、嫌って、憎んでいる。


…なら、私はどこへ行けばいいのだろう。






身なりを整え、日光の下に出る準備をしてから、私は仄暗い小屋を出る。

その途端、フードも、日傘もしているというのに、私の全身をどんよりとした倦怠感が襲ってきた。


「はぁ…嫌になるわ。」


ヴァンパイアの祖先である堕神が、太陽神から受けた呪い。

それがこの倦怠感の原因だ。

ヴァンパイアであれば日の光にあたれば灰となって消えてしまうが、ハーフヴァンパイアである私は弱体化だけですむ。

…かと言って、この気怠さは無視できるようなものではないけれど。

はぁ…と、もう一度ため息をついてから、私は顔を上げた。


「さて…どこに行こうかしら。」


少なくとも、この辺りには私が立ち入れる村などない。

残念ながら、しばらくはこの森を彷徨うことになりそうだ。


……と、ため息をついた時だった。


…ガサリ。


「っ!?」


茂みの音に、私は咄嗟に身構える。

…ここは森だ。当然ながら、魔獣や魔物などの危険な生き物も住んでいる。


いつもなら…というか日の当たらない夜であれば、ハーフヴァンパイアである私がそのようなものたちに負けることはない。

…が、今は昼間である。

日傘を持っているこの状態で戦おうなどとは思わないし、だからといって日傘を手放せばたちまち動けなくなるだろう。

…やっぱり、昼間に外に出るべきではなかったかもしれない。


私は一歩後ろへ下がる。

弱体化しているといえど、私の身体能力は常人の何倍もあるのだ。

いくら魔のものが普通の動物よりも強くても、逃げ切ることくらいはできるだろう。

そう思った私は、足にグッと力を込め、一気に解き放つ───



「あっ、待って!」


「───ぁ、がっ!?」



───刹那、右腕に激痛が走り、一瞬意識が飛んだ。



…意識が戻ると同時、ぐらりと傾いた体を起こそうと再び足に力を入れようとして、戸惑う。

体が、動かない。どうして?フードも日傘も、ちゃんと日の光を遮って私を守っているというのに…?

…そこまで思考して、ようやく気付いた。

誰かが、私の腕を掴んでいる。


「っ…!」

「あっ…。」


私はその手を振り払い、後方へと飛んだ。

やっぱり、手が離れた途端、体がふっと軽くなった。

こんなの、まるで太陽の力───いや、相手は人間だから関係ないのでしょうけれど。


…私は相手を睨みつける。


「あなた───どう言うつもり?」


……その人間は、まだ年端もいかぬ少女だった。

旅人なのだろうか。

その質素な服は、ぼろぼろでところどころ縫い目の跡がある上、土葉で汚れていた。

しかし───


「───っ…」


私は息を呑む。


…さらりと流れる、銀糸の髪。

……空のように澄んだ、青い瞳。



───あの夜、私が手放してしまった彼と、同じ色をしていた。



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