2.冒険者の少女

「あ、あの、ごめんなさい!手…ちょっと強く掴みすぎちゃったかな!?」


手をわたわたさせながら、私に向かって全力で謝ってくる少女。

日の光を反射し、きらきらと輝く銀髪と碧眼はやはり、今朝も夢に見た彼を彷彿とさせる。


…自然と、日傘の柄を持つ手に力がこもった。


「…いえ、別に。」

「あ…えへへ、よかった!」


少女が、ほっとしたように微笑む。

その表情の一つ一つに、私の心臓がドキリと跳ねた。


「…それで。」

「ん?」

「…どうして、私を呼び止めたの?」

「あっ!そうなの!えっと…」


少女は背負っていた鞄を下ろし、ごそごそとあさり始める。


「う〜ん……あっ!これだ!」


そう言って彼女が取り出したのは、白く、小さな花をつけた、一掴みの薬草だった。


「…その草が、どうかしたの?」

「うん!私、冒険者ギルドの依頼でこの薬草を集めてるんだけど、なかなか集まらなくって。この薬草が群生しているところ、知ってたりしないかな、なんて。」

「…そう。」


あいにく私は、その薬草の群生地を知らなかった。

ただ満月の日にだけ閉じこもる小屋の周囲なんて、知っていても無駄だと思っていたから。


でも…

…心当たりなら、あった。


「…それ、ドクダミでしょう。やたらと量が少ないようだけど、普通は群生しているはずよ。…他の冒険者が採取した後だったの?」


ドクダミは、一度根を張ると広範囲に群生する、繁殖力の強い植物だ。

それなのに、依頼で求められる程度の量も確保できないのはおかしい。

そう思って、聞いたのだけれど…


「えっ?そ、それは…群生してる薬草を全部取っちゃうのは、冒険者ギルドでダメって言われたから…。」


…少女は、そんな、馬鹿みたいに真面目な反応を返してきた。


「はぁ……面倒な決まりごとがあるのね。」


…本当に面倒だ。

その決まりごとも、それを守る少女の性格も。

できることなら、こんな少女のことなど放っておいて、新しい村を探しに行きたい。


…それなのに。



「…わかったわ。ついて来なさい。」



……私はどうして、知りもしない場所へ、彼女を案内しようとしているのだろう。



ー༶✧︎❖✧︎༶ー・ー༶✧︎❖✧︎༶ー・ー༶✧︎❖✧︎༶ー



「…ねぇ、こっちにドクダミがあるの?」


少し歩いたところで、少女が私にそう聞いた。


「……あるかもしれないってだけよ。あまり期待しないで。」


私が教えられるのはあくまで、あるかもしれない場所、なのだ。

群生地そのものを知っているわけではないので、無駄足になる可能性も高い。

それなのになぜか、私の足は意気揚々と、ある場所へと向かっていた。


「…なんだか、暗くてジメジメしてるよ。」

「そういう場所に行こうとしてるんだから、仕方ないわよ。」

「そうなの?」

「…ええ。」


ドクダミは、湿気の多い場所に生えていることが多い。

だから、ありそうな場所といえば湿地になるのだけれど…


…そこでふと思い立つ。

この少女の反応、まさか……


「…まさかあなた、ドクダミの特性も知らずに来たの?」

「え?うん、そうだけど?」


……そのまさかだった。

なんて馬鹿な子なの?

…馬鹿で真面目っていうのはもしかして、この子のためにある言葉なのかしら?


「…私がいてよかったわね。」


嫌味のつもりで言ったその言葉は、


「うん、そうだね。ありがと!」


そんな笑顔と共に、優しく返されてしまった。




「………ほら、もうすぐよ。」


私が知る中で一番、ドクダミが生えている可能性が高い場所。

そこにもうすぐつくのだと、そう声をかけたというのに、少女は返事をしない。


「…聞いているの?もうすぐドクダミが…」


私は後ろを振り返る。


少女は少し離れたところで立ち止まり、俯いていた。


「…何をしてるの、置いていくわよ。」


私が声をかけているというのに、少女は一向に顔を上げない。


「…ついてこないのなら、本当に帰るからね?」


私は少女に近づき、顔を覗き込もうと身を屈め──



「ほら、早く…?」



──そうしてやっと、気がついた。



「…あなた、顔色が悪いわよ。どうかしたの?」


そう問いかけるも、返事はない。


「ねえ、本当に大丈夫───っ!」



突然、ふらりと少女がよろける。

こちらへ倒れてこようとするその体を、咄嗟に支え…



「なっ…」



…そのか細さに目を見開いた。

とても、ハーフヴァンパイアである私を力づくで止められるような力を有しているとは思えないほどの、痩せ細った体だった。


…少女は意識もないようで、ぐったりとしている。



「………一度、家で寝かせて様子を見たほうがよさそうね。」

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