第十五章:年越しの願掛け(00)

 年の瀬の空は、どこか音を吸い込むような静けさがあった。

 白く凍った湖を背に、セルディナの人々が列をなして山道を登っていく。

 目的地は、村外れの古神殿。

 石の階段を数百段上った先、崖の上にぽつりと立つその建物は、木造の小さな祠(ほこら)だった。

「年越しは“願掛け”の風習があるのね」

 想がそう言うと、陽が頷いた。

「うん。古くから、村の守り神に“ことしの感謝”と“来年の無事”を祈るの。大きな神ではないけど、山と湖の精霊に近い存在でね」

「願いごと、みんなちゃんと口に出すの?」

「祈りは言葉にしないと、風の神様が拾えないって言われてる。だから、声に出して唱えるのよ」

 その言葉を聞いて、想は少し身が引き締まるのを感じた。

“願い”を人前で言葉にする。

 それは、想にとって少しだけ勇気が要ることだった。

 列の後ろには、敦子の姿があった。

 いつも以上に顔が硬い。足元もおぼつかず、何度も立ち止まっていた。

「……敦子さん、大丈夫ですか?」

 声をかけた想に、敦子は少しだけ笑ってみせた。

「うん、ただ……ちょっと、緊張してるだけ」

「緊張?」

「願い事って、間違えたらどうしようって思っちゃって。“言葉を選ばなきゃ”って考えると、どんどん怖くなるの。変でしょ?」

「変じゃないです。むしろ……ちゃんと“願い”を大切にしてるんですね」

 その返答に、敦子は少しだけ目を見開き、こくりと頷いた。

 やがて一行は神殿にたどり着いた。

 小さな石の鳥居をくぐると、そこには澄んだ空気が漂っていた。

 拝殿の前で、村人たちは静かに祈りを捧げていた。

 想もその列に加わった。

 深呼吸を一つして、目を閉じる。

(来年も、ここで暮らしていられますように)

 それは派手な願いではなかった。

 けれど、想にとってはすべてだった。

 すると、そっと隣から手が伸びてきた。

 陽の手だった。寒さでかじかんでいたが、指先は震えていなかった。

「……陽さんも、何かお願いしました?」

「うん。“誰かのそばに、ちゃんと立っていられますように”って」

 その言葉に、想はゆっくりと頷いた。

 帰り道、月明かりが雪に反射して、幻想的な光を放っていた。

 後ろを歩く敦子が、小さく呟いた。

「……想くん」

「はい?」

「わたし、言えたよ。“自分の力を信じられるようになりますように”って。……うまく言えたか分からないけど、それでも、言葉にできた」

「それが、すごいことだと思います」

 その返事に、敦子はふっと肩を緩めた。

 祈りは、誰のためでもなく、自分の中の“不安”と向き合う行為。

 それが終わったとき、人は少しだけ前を向けるのかもしれない。

(→01へつづく)

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