第十四章:語られなかった故郷(00)

 暖炉の火が、ぱちぱちと音を立てていた。

 夜の気温は氷点下に迫り、外では凍った枝が風に揺れて軋んでいる。

 けれど湖光亭の居間は、あたたかい空気に包まれていた。

 床には厚手の毛布、中央のテーブルには焼き芋と熱い蜂蜜酒。

 康生、宏美、友里、健太朗、敦子、チェルシー、コナー、雄太郎――そして、陽と想。

 全員が手に湯飲みや茶碗を持ち、少しずつ話しながら火を囲んでいた。

「……こうして全員そろってるの、久しぶりじゃない?」

 友里の言葉に、みんなが頷いた。

「薪集めのとき、少しヒヤッとしたからな。今日は、身体も心もあったかくしたい夜だ」

 康生の冗談に笑いがこぼれる。

「ねえ、こういう時って、他の村では何してるんだろう。お話し会とか?」

「昔のことを語る夜っていうの、あるわよ」

 陽が言って、ふと思いついたように続けた。

「ね、せっかくだし、みんなの“生まれ育ち”とか、話してみない? この一年、ずっと一緒にいても、意外と知らないこと多いし」

 静かな頷きのあと、ぽつぽつと語り始める声が部屋を包んだ。

 宏美は、隣国の錬金術師の家に生まれたこと。

 幼いころから「理屈の通ること」が好きで、でもそれが人付き合いでは時に障壁になることもあったこと。

「でもね、この村では、それが“役に立つ”って言ってもらえた。それがすごく、救いだったの」

 チェルシーは、放浪の商家の娘で、地図より“人の記憶”を頼りに旅してきたこと。

「だから、この村に根を張るって決めたの、自分でも不思議だった。でも、たぶん、誰かの声を“聞き返してもらえた”からだと思うの」

 雄太郎は、都会を嫌って村にこもった理由を、ぽつりと。

「規律が嫌いっていうより、“同じ速度で歩かされる”のが苦手だった。でもここでは、それぞれの速度で動いてる。そういうの、俺には合ってる」

 そして――話題は、自然と想に向いた。

「想くんは……どう?」

 陽の声が、火のはぜる音に溶けるように響いた。

 しばらく、沈黙があった。

 けれど、誰も急かさなかった。

 想は、静かに湯飲みを置き、顔を上げた。

「俺は……本当は、この世界の人間じゃありません」

 風の音が止まったような、静けさだった。

「東京っていう街で暮らしていました。日本という国で、毎日、朝から晩まで仕事をして……気づいたら、何のために生きてるか分からなくなっていて」

「異世界から来たって……本気で言ってるの?」

 健太朗の声も、怒りではなかった。ただ確かめるような問いだった。

 想は頷いた。

「ある日、駅に向かっていたときに、突然、足元が崩れて……気がついたら、この村の外れにいたんです。陽さんに助けられて、それから、ここで生きるようになって」

「ずっと、言えなかった?」

「はい。……信じてもらえるか分からなかったし、なにより“受け入れてもらえなくなる”のが怖かった」

 陽がそっと言った。

「想。私たちは、ここで一緒に暮らしてきた。あなたの出自がどこであろうと、それは変わらない」

 その言葉に、他の仲間たちも頷いた。

「想がこの村で見せてきたものは、全部“本物”だったよ」

「旅人かどうかなんて関係ない。あんたがいて、助かったって思ってる人、ここに何人もいるんだから」

 想は、こらえていたものをそっと吐き出すように、深く息をついた。

「……ありがとう、みんな。今日、この場で話せて、本当によかった」

 その瞬間、暖炉の火がぱちんと音を立ててはぜた。

 まるで、想の心に張られていた膜が破れた合図のようだった。

 外では雪が舞いはじめていた。

 けれどこの夜、湖光亭の中には――それを上回る、温かな灯りが確かにともっていた。

(→End)

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