第十五章:年越しの願掛け(01)
帰り道、神殿からの坂を下る頃には、雪はやんでいた。
月が高く昇り、雪原をやさしく照らしていた。
その光に包まれるようにして、村人たちはそれぞれの家へと戻っていった。
〈湖光亭〉の扉を開けると、外の寒さが嘘のように暖かかった。
炉にはまだ火が残り、湯の入ったポットが保温布にくるまれていた。
それを見て、想は思わず笑った。
「……陽さん、先回りしてたんですね?」
「ふふ。こういう日は、戻ってきた時に“あたたかい”って思えるものがあると、安心するでしょ?」
テーブルには、干しリンゴとハーブを煮込んだ甘いお茶が用意されていた。
想はマグカップを両手で包み込み、一口含んでため息をついた。
「……やっぱり、ここが落ち着きますね」
「私も。……今夜は、なんだか夢を見てるみたいだった。みんなの願い事が、雪の上に残ってるような気がして」
ふたりの声だけが、しんとした夜に溶けていく。
やがて、玄関の方から笑い声が聞こえてきた。
康生と健太朗が、雪合戦の名残で服を濡らしながら戻ってきたのだ。
「おいおい、ずぶ濡れじゃないですか」
「だから言ったのに……! 冬の戦は、終わった後の乾燥が本番なのに!」
宏美が呆れつつタオルを投げ、チェルシーはストーブの前に“全員並ばせて”服を乾かす準備を整えている。
まるで、家族のようだった。
そして、その光景のなかに自分がいるという事実が、想にはたまらなく尊いものに思えた。
夜も更けて、皆がそれぞれの部屋へ引き上げた後、居間には再び想と陽だけが残った。
火の灯りだけが、部屋の中をやわらかく照らしている。
「……来年、どんな年になると思いますか?」
想が尋ねると、陽は少しだけ考え込んだ。
「うーん。大きなことは分からないけど、“少しずつでも、笑っていられる年”ならいいな。誰かの手を取ったり、取ってもらったりして」
「そうですね。……できれば、俺も、陽さんの手を取れるような一年にしたいです」
その言葉に、陽がふっと微笑んだ。
「それって、“一緒にいましょう”って意味に聞こえるけど」
「……はい。来年も、再来年も、できればずっと一緒にいたいです」
月の光が窓辺に差し込み、ふたりの影を寄せた。
その影が重なったとき、陽はそっと言った。
「じゃあ、来年の願いはもう決まったね。“想と、またここで年越しができますように”って」
小さな願い。
けれど、何よりも確かな祈りだった。
(→End)
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