第3話 そうして二人は。



 気付けば、自分たち二人は土砂降りの薔薇苑ではなく、見慣れた店の店内にいた。



「うそ、これって…転移魔法…?」


 どうやらサミュエルが魔法を使って、二人を店まで転移してくれたようだった。

 この国でも数人しか使えないと言われている高度な魔法をしれっとやってのけるとは、改めてこの人はすごい魔法使いなんだと感じる。


「ごめんね、取り乱してしまって。転移は初めてだよね?気分は悪くない?」


 先ほどまで泣いてたと思えない位、あっさりした表情でクロエの様子を確認してくる。


「大丈夫です、むしろありがとうございます。初めて経験しましたが、とても便利ですね。」

「まあね。でも陣を描いている場所にしか行けないから、そんなに使い勝手はよくないよ。」


 いや、十分である。もし私が転移魔法を使えたら、帰りは必ず転移魔法を使うに違いない。


「それより、拭くものを持ってくるよ。ちょっと待ってて。」


 そう言い残して二階へと上がっていく。

 少しの間だけとはいえ、二人とも水が滴るくらいに濡れてしまっていた。

 この店は一階がお店、二階が住居になっており、サミュエルは普段二階で生活をしている。朝にクロエが着替えた店の横の部屋は仮眠室である。おそらくサミュエルは二階の洗面までタオルを取りにいってくれたのであろう。


 そうこうしているうちに、彼が一階まで戻ってきた。


「おまたせ~」

「!?」


 タオルを取りに行くついでに、彼は着替えも済ませてきていたようだった。しかし、手渡されたタオルは、思わず掴みそこなって下に落ちた。


 クロエの目の前には、男性物のシャツ一枚だけを身に着けている状態のサミュエルがいた。

 下はズボンは履いておらず、お尻は隠れているが、スラッとした脚と太腿がバッチリ見えている。


 なんというあざとさが爆発した格好!


 この国の女性はどんなに短くても膝下丈のスカートを着用するので、太腿が見える状態というのは同性同士であっても滅多にお目にかかれない。


 見てはいけない、でも見たい。今は身体が男性になっているせいか、クロエの中の理性が迷子になっている。下半身が熱を持ってきているのが自分でもわかる。


「さ、サミュエルさん!ズボン履いてない!忘れてます!」


 顔を逸らしながら、クロエが指摘するが、当の本人は呑気なものだった。


「忘れたんじゃないよ。サイズが合うやつがなかったんだよ。ベルトも面倒だし。でもお尻も隠れてるからいいでしょ。」

「えええ・・・」

 あまりにも無頓着な物言いに、クロエは噛みつく。


「サミュエルさんと私が元の姿のときに、私が今のあなたのような恰好をしてたらどう思います!?」

「襲うね。」

「そうでしょ!?って、お、おそうって、、、!」

 クロエは今、自分が耳まで赤くなっている自信があった。


 サミュエルさんからそんな言葉が出てくるなんて!

 

 なんとなくであるが、彼はそういうことに興味が無いのだと思っていた。今日はやけに積極的にスキンシップを取ってきていたけど、ただ男の自分が面白くて、じゃれついてきただけだと思っていたのだが。


(もしかして、彼は私のことをそういう対象として見てくれている?)


「ほら、風邪を引いてしまうよ?早くタオルで身体を拭いて。向こうに着替えも用意してあるよ。髪が濡れて気持ち悪かったら、私が拭いてあげるから。」


 まだ言いたいことはあったが、濡れたままも気持ち悪いので、言われた通り急いで着替えに向かう。

 着替えてから店内に戻ると、サミュエルが温かいミルクを用意してくれていた。


 彼は面倒くさがりだが、こうやって私にミルクを用意してくれたように、やろうと思ったらなんでもできる。後任もいるわけだし、私がいなくなっても大丈夫なはず。

 …私だって契約が終わってここで働けなくなるのは寂しいし、毎日サミュエルさんに会えなくなるのはもっと寂しい。でも、雇用されている身の上ではどうしようもない。


「まだ髪が濡れてるね。拭いてあげるからそこに座って。」

 サミュエルはクロエの分のホットミルクを移動させ、椅子に座るように促す。


「ありがとうございます、お言葉に甘えます。」


 髪を拭くぐらい自分でできるのだが、大人しく彼の言葉に従って座ることにする。

 サミュエルは椅子の後ろから、クロエの髪をタオルで挟んで、優しく少しずつ水分を吸わせていく。


「さっきはごめんね。」

「何がですか。」

「泣いてしまった。20も過ぎた大人が、寂しくて泣くなんて思ってもみなかったよ。」

「身体が性別に引っ張られて、感情的になってるのかもしれませんね。私のことを寂しく思ってくれるならそれはとても光栄なことです。一年間頑張った甲斐がありました。」

「クロエは寂しいと思ってくれる?」

「それはもちろん。私は就職してから色々な部署を経験してきたのですが、ここが一番楽しかったです。」

「…」


 サミュエルの手が止まった。


「サミュエルさん?」

「…私は?」

「え?」

「仕事ではなく、私のことを寂しいとは思ってはくれないの?」


 椅子に座ったまま振り向くと、また涙目になっているサミュエルがいた。美少女がとんでもない恰好で声を震わせてる状況に、とてつもない罪悪感が湧いてくる。

 …また泣かせてしまった。


 彼と過ごす期間はあと少しだけ残っているのだが、もういい、当たって砕けてしまえの精神で、クロエは自分の気持ちをぶつけることにした。


「言い方を間違えました。私はあなたと一緒にここで過ごした一年が、とても楽しかったのです。私は、あなたのことが好きだから。」

 手を伸ばし、彼の短いふわふわの髪を撫でる。


「私を好き?」

「ええ。」

「それは、人として?男として?」

「今のあなたは女性ですけどね。全てひっくるめて、あなたが好きです。」

 

 私がそう言ったのが意外だったのか、目を丸くしてこちらを凝視する。


「う、うそだ~…」


 なんで否定するんだ。せっかく人が一大決心して告白をしたというのに。


「私もクロエが好きだから、気持ちが通じ合ったなんて…嘘か、夢みたいだ…」


 顔を真っ赤にして、両手で一生懸命口元を抑えてつぶやく。

「大好きだよ、クロエ。」

サミュエルのそのいじらしい表情と言葉を聞いた瞬間、クロエの中の理性が決壊した。


「わ」


 クロエは椅子を倒したことにも構わず、サミュエルの頭を抱き込み、そして、強引にその口を塞いだ。

 突然のことに驚き目を見張るサミュエル。


 クロエはサミュエルの様子を気にすることなく、何度も角度を変えながら、その唇をついばんでいく。最初は驚きで固まっていたサミュエルも、おそるおそる今の自分より大きな彼女の身体に手をまわす。それを合図に、クロエの口づけが深いものに変わった。



 この時、クロエはただただサミュエルが愛しかった。自分がサミュエルを好きなように、サミュエルが自分のことを思ってくれていたことが、こんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。


 クロエの口づけは止まず、その手は自然とサミュエルの衣服の中に入り、その柔らかな肌と膨らみを堪能しようとした。さすがにこれはまずいと思い、サミュエルは抵抗しようと何度も身体を捩る。


「嫌がらないで。私が触るのは嫌ではないんですよね?」


 唇を開放し、サミュエルにそう囁く。


「いや、えと、と、突然すぎて、頭がついていかないというか…それに、クロエは今自分が男の身体になっているのはわかってる?そして私は女性の身体なんだよ。ね?君はたぶん、今、理性がぶっ飛んでいる。それも遥か彼方に。ちょっと、ちょっとだけ落ち着こうか。」


 クロエを刺激しないように、落ち着いたトーンで話しかけるも、サミュエルは逃げられないようにがっちりホールドされており、その目は据わっている。


 女版サミュエルがやや感情的なのに対し、男版クロエは性にとてつもなく素直になっていた。


「私は落ち着いています。落ち着いた上で、あなたが欲しい。」

「いやいやいや、全然落ち着いてないよ!」

「心配しないで。知識はあります。任せて。」

「任せるとかそういう問題じゃないってば!」

「もういいです、黙って。」


 そう言って再度サミュエルの口を自分の口で塞ぐ。そしてそのまま手を移動し、ひょいっとサミュエルを持ち上げて横抱きにする。女版サミュエルはとんでもなく軽い。「え、ちょっと、おろして」

 あわあわするサミュエルを無視して、隣の仮眠室のベッドに転がした。


「お店に・・・男の家にそんな恰好で誘惑してくるなんて、どうなるかわかってます?」

「いや、なんかそのセリフおかしくないか!?ここ私の家!しかもお店!あってるけど、いまの私は女で・・・んん、こんなはずじゃなかったのに!」

「どっちでもいいですよ。私はあなたという人そのものが好きなので。」


 着替えたばかりの服をベッドの下に脱ぎ捨て、サミュエルが逃げてしまわないように上に乗っかる。


「怖がらないでください。全くもって根拠はないですが、優しくできる自信があります。」

「色々と男前すぎるよ!!!!!」

「あなたと気持ちが通じ合えたことがわかって嬉しいんです。」

「えと、それは私も同じだけど…」


 その言葉で、再度私の中の何かが爆発した。

 そうしてその日、薬の効果が切れるまで、私は彼を何度も抱いた。





「ちょっと疑問なんですが・・・」

「・・・・・なに?」



 今、クロエは超絶不機嫌なサミュエルの固い腕に腕枕をされている。

 あれから随分時間が経ち、薬の効果もすっかり切れた後だったが、クロエはまだ家には帰らず、サミュエルの自室にいた。


 あの後、暴走したクロエはサミュエルを気が済むまで堪能し、ゆえに、何度も果てた。

 薬の効果が切れるまでの数時間、クロエは彼をしつこいくらいに求めまくって、しまいにサミュエルは失神してしまった。はっきり言おう、やり過ぎた。


 けれども、薬の効果が切れた後に目を覚ました彼に、先程の仕返しとばかりに私は美味しく頂かれてしまった。なので、ここは両成敗ということで・・・サミュエルは何故かへそを曲げたままだが。


「なんで今日は最初から積極的だったんですか?いつもよりスキンシップが多いなと感じていたんですが。」

「…女性の姿で触ったなら、ギリギリセーフなのかなって思って、たくさん触れさせてもらってたんだよ。」

「そう思うなら、なんで私にも薬を飲ませたんですか?同性同士ならともかく、異性なら場合によっては犯罪になりかねないですよ。」

「俺だけ性別が逆転してもつまらないだろ?」

「相変わらず、基準が独特ですね…」


 結果的に、クロエも性別が逆転したことで、異性同士の交流ができたのでそれはそれでよかったのだが。


「これは言うべきか迷ったんですが…色々無理させてすいませんでした。薬のせいってことで許してください。」

「いや、俺も煽った自覚があるからいいよ。」

「?どういう意味ですか?」

「薔薇苑の女神像で本当は自分の気持ちを伝えるはずだったんだ。だけど、クロエが、補佐役の契約が終了するって言い出しただろう?それで、自分の感情が訳が分からないことになって…そうだ、既成事実を作ってしまえ!と自棄になってたんだよ。」

「もしかして、お店に転移後のあざとい行為の数々は…」

「ちゃっかり意図してやってたさ。まさかこちらから襲うつもりが反対に襲われることになるとは思ってもみなかったけど…」


 生脚から始まり、ホットミルクを淹れてくれたり、髪を乾かしてくれたり、泣き顔を見せてみたり…


 自分はまんまと彼の策略に嵌っていたらしい。

 クロエが遠い目をしていると、サミュエルが腕枕をほどいてクロエを抱き締める。


「は〜それにしても、俺はずっとアプローチしていたのに、クロエは気付いた様子が無かったし、今こうして触れ合ってるのが夢みたいだ。」

「私のほうこそ、夢みたいです。きっと思いを伝えることもないまま、サミュエルさんの元を去っていくんだろうなと思っていたので。」

「じゃあ夢じゃないかもう一回確認する?」

「もう十分です!」


 今回のことでクロエはサミュエルについてわかったことがある。サミュエルは決してそういうことに興味がなかったのではない。彼の明後日な思考に気を取られ、彼がゴリゴリの肉食系であることを、ただ自分が気付いていなかっただけだった。

 結局自分は、興味があることに猛突進であるサミュエルにまんまと絡めとられてしまった。そしてそれは自分としても願ったり叶ったりだったりする。





 その後、クロエは文官の職を辞し、サミュエルの専属秘書となる。サミュエルの方も、名ばかり宮廷魔法使いの仕事の比率を少しあげつつ、クロエの采配により、なんでも屋の仕事も器用にこなしていった。

 二人は家族となった後もお店を続け、ときにサミュエルが周りを振り回しつつも、クロエがしっかり手綱を握り、依頼人たちを幸せにしていったという。



(おわり)



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性転換の魔法薬を飲みました。うちの店主が一番可愛いと思います。 ピヨミソ @piyo_miso

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