第2話 積極的な彼(彼女)とデート。




 城下町までは乗り合いの馬車に乗って移動する。移動の間、サミュエルは何故かクロエの手を繋いだまま離さない。


「手を離しても逃げませんよ?」と問うも、「いいのいいの、気にしないで。」と握ったままニコニコとしている。

 今の自分の大きな手がサミュエルの小さくなった手をすっぽり包み込むような形になっている。元の彼と出かけたときは手など繋いだことがなかったので、なんともむず痒い気持ちになる。

 

 城下町の中央通りに到着すると、クロエは先に降りてサミュエルが降りるのをエスコートする。

「なんだか慣れてるね。」

「弟たちのお世話のたまものです。」

 

 クロエの実家である男爵家は専用馬車など持っておらず、貸馬車や今日みたいな公共の馬車を使っていた。もちろん従者なども雇っていなかったので、小さな弟妹を下ろしてやるのはクロエの役目だった。


「ふふ、弟君たちに感謝だね。さて、私はあちらのお店がみたいな。」

 向こう側の店を指さしながら、自分の腕にサミュエルの腕を絡めてくる。


 今日の彼は本当に一体何なんだろうか。女になったことで無意識にあざとい行動をしてきているのか…ただ、自分もこの天使のような女性を連れて歩くことに変な優越感が生まれていた。


(この町の中で、うちの店主が一番かわいい)


 そう思いながら、通りの店を一通り物色し、穏やかな時間を過ごす。

 これはまさしくデートだった。





「今思うと、こうやって一緒に町に来て過ごすのは初めてだね。」

「確かにそうですね。買い出しで来ることがあっても、私一人で来たり、サミュエルさんが一人で来たりで、こうして外でご飯を一緒に頂いたのも今回が初めてですね。」


 二人は露店で買ったサンドイッチを広場のベンチで仲良く食べていた。田舎貴族のクロエと違い、サミュエルは一応侯爵家の人間なのだが、彼はこういった庶民の生活に慣れていた。


「たまにはこういうのもいいね~はい、果実水。」

「…」

 そう言って瓶のボトルを手渡してくる。露店でサンドイッチを買う時に飲み物も一緒に買おうとしたら、量が多くて飲みきれないと思うから二人で分けようとサミュエルから提案されたのだ。


 買った時は深く考えていなかったが、飲みまわすことで間接的に口を付けることになる。彼はそういったことは気にしないのだろうか?いや、気にしないから普通に自分で飲んでこちらに回してきたのか。

 クロエは一応マナーとして、口を付ける前後で瓶の口元を布でぬぐった。


「それで、午後はどうしましょうか。」

「ん~町外れの薔薇苑が満開らしいから、ちょっと見に行ってみない?」

「もうそんな時期なんですね。昨年は見逃したから、ぜひ見に行きたいです。」

 

 昨年はちょうどサミュエルの元に派遣が決まった時期であり、業務の引継ぎや彼の抱えている仕事内容の洗い出しを行っていて、とてもじゃないが見に行く余裕が無かった。広大な敷地に植えられた色とりどりの薔薇は、満開になると壮観である。今年ことは見に行きたいと思ってたので、サミュエルの提案は嬉しかった。


「ただ、もうちょっとだけ休憩してからいかない?昨日徹夜したから少し眠くて…」

 サミュエルは口に手をあててふあっと欠伸をする。その様子から本当に今にも寝てしまいそうに見えた。


「いいですよ、時間はありますし、ひと眠りしてください。」


 自分が言ったその言葉と同時に、肩にコトンとサミュエルの頭が寄りかかってきた。


「ありがとう、少ししたら起きるから。」


 それだけ言って、目を閉じたと思うと、すぐに彼の口から寝息が聞こえてくる。


 …これはどういう状況なのだろうか。

 うちの店主が自分の肩に寄りかかって睡眠を取ってらっしゃる。触れた部分がじんわりと温かいし、薄い金色の髪からはいい匂いがする。あまり動くと起こしてしまうので、顔を除くことはできないが、ちらりと見える横顔はめちゃくちゃ可愛い。可愛いのだが、急激に距離感を詰められてどうしたらいいのかわからない。


 本当に今日のサミュエルはおかしい。クロエは心を無にして目を閉じた。



 「?」


 サミュエルは自分の膝に重さを感じて目を覚ました。先ほどまで自分が寄りかかっていたはずのクロエが、なぜかいつの間にか自分の膝を枕にして寝ている。


(この子は本当にどこでも寝れるな。)


 クロエは騒がしい兄弟たちに揉まれて育ったためか、どんな状況でも寝れる特技を持っていた。仕事の休憩中に立ったまま微動だにしないと思ったら寝ていたこともある。今回も目を閉じて一瞬で寝てしまったのだろう。


 二度寝しようにも目が覚めてしまったので、クロエが起きるまでサミュエルは彼女を色々観察することにする。黒い光沢のある髪は男になってもそのままで、肌のきめ細やかさも元のままである。きれいな鼻筋に長いまつ毛、悔しいがどこをとっても男前である。

 髪を一房取って手で梳く。頭を撫でてみるも、起きない。


 …これは面白い。


 そう思ったサミュエルは屈んで、クロエの額に触れるだけのキスをする。セクハラと訴えられてもいい。この姿であれば許してくれるだろう。それに女版のサミュエルがクロエに積極的に触れても、文句を言ってこない。正確にはアソコを触ろうとしたときは真剣に怒られたが。


「好きだよ、クロエ。」


 小声でささやく。しかし寝ている彼女には届かない。

 これまでも自分なりに積極的にアプローチをしてきたつもりだった。魔除けのアクセサリーを贈ったり、息抜きと称して何度もデートに誘ったり。友人からはその内容は全然女心がわかってないとダメだしを食らってしまったが。


 補佐役なんて要らないと思っていた。けれどもちゃんと自分の意見を聞いてくれて、自分の仕事が円滑にできるようにサポートをしてくれる。そして世話焼きの彼女は、こんな面倒くさがりで突拍子もない自分を見限ることなく、これまでずっと自分に寄り添ってくれていた。今まで一方的な意見を押し付けられることに嫌気がさし、宮廷魔法使いとしての仕事も最低限にしていたが、彼女が来てから、まずは自分も耳を傾けることが大事だと知った。


 彼女が好きだ。

 この気持ちを本人に打ち明けたいが、もしそれで振られた挙句に補佐役を降りられてしまったらと思うと今まで怖くて動けないでいた。


 しかし、もうすぐ出会って一年が経つ。このままずるずると今の関係が続いていくのだろうか。いや、もっと深く彼女を知りたいし近づきたい。

 もしも、いつもと違う自分になったら、自分がどれだけ彼女のことが好きか今よりもっと躊躇うことなくアピールすることができるのではないか、そう考えた。

 性別逆転の薬が王家の隠密の依頼なんて嘘である。自分の私利私欲のために、数日前からこっそり作成を行ってきたのだ。


 やり方が間違っていると言われようが、どうでもいい。これが俺のやり方だ。



「ん」


 目を開けると、そこにはこちらを見降ろした天使がいた。そして頭の下の柔らかなこの感触は…


「おはよう。」


「げー!すいません、私、いつの間にかサミュエルさんを枕にしちゃってました!!!!」

「ふふ、よく寝たね。私よりもぐっすり寝てたよ。膝枕が心地よかったかい?」

「すすすすいません、ああ、本当に何やってんだか…」


 肩にもたれかかったサミュエルの温もりと穏やかな日差しを感じ、気づけばウトウトしてきたところまでは覚えている。まさか勝手に彼の膝を枕にしていたとは。無意識とはいえ、なんてことをしたんだ。


「大丈夫、今度元に戻ったときに沢山やって貰うから。」

「えええ…それはそれでなんというか」


 サミュエルにしては珍しい冗談である。


「さて、二人ともひと眠りしたところだし、薔薇苑に移動しようか。」

「…はい、じゃあ片付けますね。」


 そう言ってサンドイッチの入っていた箱と瓶を片付ける。瓶には少し果実水が残っていたので、残りを頂くことにする。


「少しちょうだい。」

 サミュエルはそう言うと、クロエが飲んだあとの瓶にそのまま口をつけ、中身を飲み干した。

 布で拭ってないんだけどな。そう思いつつ、空になった瓶を受け取り、ゴミ箱へ捨てに行った。





 薔薇苑の入り口まで来ると、真っ赤な薔薇のアーチが二人を出迎えてくれた。アーチを抜けると、二人の目の前には、満開の薔薇が広がっていた。


 すでに昼過ぎになっていたため、香りは漂ってこなかったが、先行く道には白い薔薇が、奥の噴水の周りには真っ赤な薔薇が囲んでおり、道の両側は花壇となっていて、色とりどりの種類の薔薇が辺り一面を彩っていた。


「これは・・・見事だね。私はこれまで花には興味は無かったんだけど、純粋に綺麗だ。」

「私はこの景色が見れて幸せです。連れてきてくださってありがとうございます。もっと近くまで行きましょう。きっと花に近付けば香りも楽しめるはずです。」


 二人して薔薇を眺め、ゆっくり道を歩いていく。平日の昼過ぎともあり、園内の人はまばらだった。ちなみに今は腕を組んで歩いている。


「大丈夫ですか?慣れない靴で疲れていませんか?」

 サミュエルはクロエが履いてきた低めのヒールを履いている。靴のサイズはぴったりだったらしい。


「ありがとう、大丈夫だよ。クロエのほうこそ大丈夫かい?無理はしてない?」

「私は全然。こちらのほうが体力があるのか、疲れは感じていません。」


 今のクロエはサミュエルから借りた革靴に、歩きやすいズボン、荷物は何も持っておらず、午後になっても疲労は全く感じていなかった。最初は違和感しか無かった男性の身体にも大分慣れてきたようだ。


「私、奥の女神像があるところまで行きたい。」


 サミュエルがそう提案してきたので、女神像まで歩くことにする。

 噴水のそばまでいくと、ちょっとした小路が続いており、その先をさらに進んでいくと女神像が見えた。そこで、隣にいたサミュエルがくいっと腕を引く。


「どうかしました?」

 こちらを見上げてくる彼にたずねる。しかし、「え、と、」と何か言いづらそうな感じで口ごもる。


「…私たちって出会って一年になるって知ってた?」

 サミュエルは少し恥じらいながらクロエに出会って一周年になることを確認する。


「ああ、そうですね。早いですよね。もう一年か~…一緒に仕事できるのもあと少しですね。」



「え?」



「え?サミュエルさんの補佐役は一年間の契約で、契約が切れたら私はまた城の仕事に戻ります。最初にそう言ってましたよね?」


 見下ろした先のサミュエルの顔面が蒼白になる。え、もしかして知らなかったの?


「嘘だ…」

「いやいや、最初に契約書をお見せしましたよ。てっきり知っているものだと…」


 思わず言葉が詰まった。僅かではあるが、サミュエルの目に涙が滲んでいることに気付いてしまったからだ。


「いやだ」

「ええ…」


 すでに補佐役を降りた後の配属先は決まっている。"あのサミュエル"をまともに仕事させたとあって、私の職場での評価は上がっていた。きっとまた飛んでもない部署に配属となるのであろう。


 これ以上サミュエルに何か言うと、彼は本格的に泣いてしまう気がしたので、弟たちを慰める要領で、軽く抱きしめ優しい声で語りかける。


「大丈夫ですよ、私がいなくてもあなたがやっていけるように、色々整備しましたから。補佐役をやめたからと言って、縁が切れたわけじゃないですし、たまには顔を出させて下さいね。あ、次の補佐役の方とも仲良くしないとダメですよ。私が最初にお店に来たときの、あの落とし穴はびっくりしたな~…」


「っ」


 彼の頬に涙が伝う。ダメだ、色々言ってみたが、逆効果だった。今は女の子だが、自分よりも年上の男性を泣かせてしまった。


「契約更新は?」

「残念ながら、私の一存ではどうにも…」

「私はクロエがいないと、もはや生きていけない…」

「そんな大げさな。」


 彼の言動に呆れつつも、自分がいないと生きていけないとまで言われ、そこまで必要とされていたことに喜びを感じる。


 と、じめっとした湿気が辺りを覆った。


 サミュエルに場所を移そうと言おうとした瞬間、ポツっと水滴が降ってきた。水滴はすぐに大粒のものに変わり、このままここに居たらずぶ濡れになることが予想できた。


「サミュエルさん、場所を移動しましょう、アーチの下ならまだ濡れないはずです!」

「…」


 急いで場を離れようとするクロエに対し、サミュエルは小さく言葉を呟いて動こうとしない。


「サミュエルさん、急いで、」


 言い終わらないうちに、辺りが白く光ったかと思うと、目の前の景色が変わった。


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