夏の空と私と人嫌いの神様

九十九一

祖父母の住む地域には人嫌いの神様がいました

 夏。

 四季の中で最も暑い季節。

 幾度の時を経ても、未だに慣れることのない暑い季節。


「暑い……まったくもって、暑い。時を経るごとに、年々暑さが増しとるな……嫌になる」


 ちりんちりん、と風鈴が鳴る縁側にて、愚痴るようにそう言葉を零すのは、狐耳と尻尾を生やした、可愛らしい巫女服姿の少女。

 まあ、儂なのじゃが。


 こう見えて、儂は神様じゃ。

 生まれた時からこの世におり、同時に人々の営みを見守ってきた存在じゃ。

 昔は多くの人々から崇拝されていたが……今となっては、お参りする者など少数も少数。


 正直に言えば、とても退屈じゃ。

 神には寿命などなく、永遠の時を過ごす存在。

 故に、常に退屈で、常に娯楽に飢えている。


 神々というのは、大体が人の子を好く。

 理由は様々じゃが、大体はなんとなくというものじゃ。


 しかし、儂は人の子は好かん。

 大体あやつら、昔は儂を散々崇拝しておったくせして、ある日突然ぱたりと人が来なくなった。

 まあ、神などという存在が不確かだと、そもそも存在しないだろう、といろいろ言われているようじゃが、知ったことか。


 儂という存在が実在している以上、神はいるというに……。


 ……暇じゃ。


「とても退屈じゃ……」


 心の中で思ったことが、そのまま口からこぼれ出ていた。


 もう長いことこの神社に一人きり。


 何をするにも一人。


 儂が神力で神社の保全をしている故、物理的に寂れている、などということはないが、人の活気というものがないため、雰囲気という意味では、かなり寂れた場所となっていることじゃろう。


 儂もそう思う。


 じゃが、儂を見捨てた者どもなどどうでもよい。


 来なくていい。


「……はぁ」


 思わずため息が漏れ出る。


 この神社は少し高い位置にある。

 小さな山の中にあり、目の前には境内へ至る為の階段があり、その下には人の子らが住まう地域が存在する。


 ほかの地域ではなんでも、近代化、ということが起こり、一風変わったデザインの住居が建てられているそうじゃ。


 詳しいことは知らん。


 じゃが、この地の住居というのは、なんてことない、日ノ本の住居じゃ。

 木造であり、瓦屋根である。

 儂はこれが好きじゃが……。


「暑い……」


 やはり暑い。


 太陽の神よ、少々暑すぎるのではないか?

 これでは干からびてしまうぞ、儂。


「はぁ……やはり、暇じゃ」


 儂は、再びそう零した。


「おねーちゃん、どーしたの?」


 ふと、儂が何度目かもわからない、暇だ、という言葉を零した時であった。

 不意に、目の前から小さな子供の声が聞こえてきた。


「むっ、なんじゃ、童女か……ここは暑い。さっさと家に帰るのじゃ。それに、ここには何もないぞ」


 目の前にいたのは、洋服というものに身を包んだ、黒髪黒目の童女であった。


 童女はきょとんとした顔で儂を見ておったが、儂としては人の子とかかわる気はなかったので、しっしと手を振りながら、帰るように促した。


「ん~……でも、みゆ、ここすき……」


 しかし、その童女はここが好きだと言ってきた。

 唐突に好きと言われ、どくんっ、と胸が高鳴るが、ぶんぶんと首を振って歓喜という感情をすぐに追い出す。


「知らぬ。おぬしら人の子は、このような場所よりも、てぇまぱぁくなる場所や、げぇむなどというものが好きなのじゃろう? 世辞などいらぬ。儂は忙しいのじゃ。さっさと帰れ」


 冷たく突き放すように、儂は目の前の童女にそう言い放った。

 童女相手に、大人げないかもしれぬが、これも致し方なし。

 儂は、人が嫌いじゃ。

 それが童であっても、その考えは変わらぬ。


「…………ここにいちゃ、だめ……?」


 じゃが、童女は食い下がった。

 上目遣いでここにいてはだめか、と儂に訊いてきたのじゃ。


「何故ここにいたがる?」

「……みゆのいばしょ、ない……」

「家があるのではないのか」

「……おとーさんも、おかーさんも、みゆがじゃまっていってくる……」

「……では、祖父母は」

「……なつはおじーちゃんやおばーちゃんのおうちにあずけられるの……でも、あまりかまってもらえない……すごく、つめたいめでみるの……」


 しょんぼりと、寂しそうに答える童女。

 どうやら、目の前の童女はどこにも居場所がないらしい。


 しかし……親が子を邪魔に思う、じゃと?

 これじゃから人の子は……。


「……はぁ。儂はおぬしをかまったりはせんぞ。それでも良ければ、好きなだけ、いるといい」


 寂しそうにする童女に、儂は同情してしまったのか。それとも、気まぐれだったのか。

 どちらにせよ、そんな言葉が儂の口をついて出ていた。


 いてもいい、と言われた童女は先ほどまでの寂しそうな表情からは一転して、花が咲くような笑みを浮かべ、しきりにうなずいた。


「ありがとー、おねーちゃん!」


 と、儂から見ても可愛らしい笑顔に、おもわずうぐっ、とたじろぐ。

 可愛い……ハッ!? いかんいかん。


 儂は人嫌い。

 童女一人から純粋な笑みを向けられただけでそれが消し飛ぶほど、安い存在ではない!


「ところで、おぬしの名前は?」

「みゆっ!」

「そうか。みゆか」


 名を訪ねると、童女――みゆは、嬉しそうに破顔した。


 これが、儂とみゆの出会いであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 私は、生まれてきてから一度も、親の愛というものを理解したことがない。

 祖父母からも愛されていないという自覚がある。


 夏休みになると、厄介払いのように祖父母の家に預けられていた私は、その家にいるのが嫌で、ご飯の時以外は祖父母が暮らす田舎をよく歩き回っていた。


 そこはすごく田舎で、大きなスーパーなんてないし、コンビニも町の中に一軒だけ。駅に行くにも車がないと遠いし、徒歩で行くのは大変。


 自然豊かなのはすごくいいことだし、嫌いじゃないけど、やっぱり都会の方がいい、そう思ってしまうのは仕方ないことなのかわからない。


 でも、小さい頃の私はその場所が嫌いではなかった。もちろん、今も嫌いじゃない。むしろ、今は好きといえるかもしれない。


 だって、おねーちゃんがいるから。


 そのおねーちゃんと初めて会ったのは、私が7歳の夏休み。

 小学生だから、ということで、夏休みは祖父母の家に預けられるようになった。


 この頃の私は小さくて、好かれていないとはわかっていても、かまってほしかった。

 でも、二人は私のことを好きじゃなかったんだと思う。

 祖父母も嫌々ながらに私を受け入れた。


 そんな雰囲気が嫌で、私はあたりを歩いてみて回った。

 同い年の子供はほとんどいなくて、大体が私よりもいくつか年上。

 別の地域から来た私は、その輪に入ることが出来ずにおどおどしていた。


 一人は寂しくて、居場所が欲しくて、そして愛情に飢えていた私は、一人でさまよっていると、ふと石造りの階段を見つけた。


 なんとなく、そこが気になってその階段を上り始めた。


 今であればそんなに苦労するほどでもない長さの階段だけど、その時の私は小さな子供。はぁ、はぁ、と息を切らせて、玉のような汗がとめどなく流れるのを、腕で拭って何とか登り切った。


 そこにあったのは、綺麗な神社だった。

 人は誰もいなかったけど、なんだかすごく綺麗で、とても落ち着く雰囲気の場所だった。


 なんとなく気に入った私は、神社の境内を見て回った。


 そしたらそこには、当時の私よりも背丈が高い、可愛くて神秘的な狐耳と尻尾を生やした巫女服姿の女の子――おねーちゃんがいた。


「はぁ……やはり、暇じゃ」


 おねーちゃんは、ぼんやりと青く澄み渡る空を見上げながら、そうぼやいていた。


「おねーちゃん、どうしたの?」


 と、私はそのおねーちゃんに声をかけていた。

 なんだか、寂しそうに見えたから。


 すると、おねーちゃんは私の姿を見て目を丸くした後、しかめっ面をしながら、


「むっ、なんじゃ、童女か……ここは暑い。さっさと家に帰るのじゃ。それに、ここには何もないぞ」


 そう言ってきた。

 私に帰ってほしいのか、しっしと手で追い返すようなしぐさもしてきた。


 だけど、私は何となくその神社が気に入ってしまったのと、目の前のおねーちゃんが退屈そうというか、寂しそうに見えた。


 それが本当だったのか、それを確かめる術はおねーちゃんに尋ねるしかないけど、その時の私は心の底からそう思っていた。


「ん~……でも、みゆ、ここすき……」


 だからというわけではないけど、小さい私はそんな言葉を零していた。

 まあ、本当に好きだったんだけど。


「知らぬ。おぬしら人の子は、このような場所よりも、てぇまぱぁくなる場所や、げぇむなどというものが好きなのじゃろう? 世辞などいらぬ。儂は忙しいのじゃ。さっさと帰れ」


 好きといった私に、一瞬だけ、本当に一瞬だけ頬をぴくっとさせたおねーちゃんだったけど、すぐに冷たい表情に変え、私を突き放すようにそう言ってきた。


 「…………ここにいちゃ、だめ……?」


 だけど、どこにも居場所がなかった私は、上目遣いになりながら、おねーちゃんにそう訊いていた。


 おねーちゃんは、ため息を一つ吐くと、口を開く。


「何故ここにいたがる?」

「……みゆのいばしょ、ない……」

「家があるのではないのか」

「……おとーさんも、おかーさんも、みゆがじゃまっていってくる……」

「……では、祖父母は」

「……なつはおじーちゃんやおばーちゃんのおうちにあずけられるの……でも、あまりかまってもらえない……すごく、つめたいめでみるの……」


 自分の身に起こっていることをおねーちゃんに打ち明けたら、おねーちゃんはすごく苦々しい顔を浮かべた。


 それを見たときは、ダメそうと思った私だったけど、その心配は杞憂に終わった。


「……はぁ。儂はおぬしをかまったりはせんぞ。それでも良ければ、好きなだけ、いるといい」


 おねーちゃんは、仕方ないとばかりに苦いような呆れたような、そんな表情と一緒にここにいていい、そう言ってくれた。


「ありがとー、おねーちゃん!」


 ここにいてもいい、その言葉がその時の私にはすごく嬉しくて、私は生きてきた中で一番の笑顔を浮かべて、おねーちゃんにお礼を言っていた。


 そしたら、おねーちゃんは一瞬だけうぐっ、と呻いてそっぽを向いた。

 よく見れば耳が赤かったかもしれない。


「ところで、おぬしの名前は?」

「みゆっ!」

「そうか。みゆか」


 私はおねーちゃんに名前を訊かれて、みゆ、と元気いっぱいにそう答えた。


 これが、私とおねーちゃんの出会いだった。


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 初めましての方は初めまして。

 他の作品を読んでいただいている方々はどうも、九十九一です。

 本作は、ちょっとした思い付きで、夏の田舎が舞台の話が書きたくなった私が衝動的に始めた物語です。

 先に言っておくと百合です。

 ハッピーエンドにするつもりです。

 それから、本作は長くするつもりはなく、10話以内に完結させる予定です。

 最後まで読んでいただければ幸いです。

 投稿についてはかなり不定期になると思いますが、六月中には終わらせたいですね。

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夏の空と私と人嫌いの神様 九十九一 @youmutokuzira

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