実際にあった怖い話――作品批評に潜む悪意
ウツロ
実際にあった怖い話――第一夜
これは私が実際に体験した話だ。
当時の私にとってけっこう衝撃的だった。
しかし、今の今まで誰にも話していない。
ネットの世界にも書き込んでいない。
なぜなら危険だからだ。巻き込まれたくない、そんな一心で自分の中にとどめておいた。
だが、今回それをみなにこっそり伝えたいと思う。
あれはもう6年ほど前になるだろうか。
正確には覚えていないが、私がWEB小説を書き始めてちょっと経ったころだと思う。
当時、小説家になろうがブームとなり、さまざまな作品が世に放たれていた。
それに従い、アンチも増え、まとめサイトなどでけっこう叩かれていた。
もちろん、そういった作品に影響を受け、書き始めた人も多かった。
あるいは俺の方が面白い作品を書ける。そう意気込んでWEB小説を書き始めた人も多かっただろう。
そんな中、ひとつのまとめサイトがあった。
『読み速』だ。知っている人もいるかもしれない。
読み速は二種類の記事を柱としていた。
ひとつは作品の批評企画。ユーザーが自身の投稿作品(なろうやカクヨム)の批評を依頼し、読み速管理者や読み速ユーザーがそれに対する感想や批評をコメント欄に書くというものだ。
そしてもうひとつは小説、アニメ、漫画などのオタクカルチャーを含んだ記事を他サイトから転載してくるというもの。
記事とそれについたコメントに対して、さらにコメントする。まさにまとめサイトだ。
わたしはこれまで、外に向けて情報をまったく発信してこなかった。
一般的なサイトはもちろん、まとめサイトにも何も書き込んではこなかった。
唯一発信したのが「小説家になろう」だった。
なんか怖かったのだ。
不特定多数の場で言葉を交わしあう。しかも、中には強い言葉を投げる人がいる。
そこに飛び込む恐怖。
だが、どちらかというと読み速はおとなしい印象を受けた。
記事の方向性からいって、執筆者が多くいるからだったかもしれない。
そこで、わたしはふと書き込みたくなった。
小説家になろうで文字の発信に慣れてきたからだと思う。
そして、書き込んだ。読み速のコメント欄に。
小説の批評記事にではなく、普通の記事にだ。
とくに論争が起こるような記事ではなかったと思う。
私の書き込みも無難なものだった。
誰かを批判するわけでもない、むしろ肯定するような書き込み。そうそう、そんなことってあるよね~、みたいな軽い内容だ。
これが生まれて初めて私が、まとめサイトに書き込んだコメントだった。
――しかし。
「あなた、さっきと書いていることが違いますよ」
私のコメントに対してつけられたのがこれだった。
は?
正直意味が分からなかった。
さっき?
いや、いま初めて書いたんだが。
生まれて初めてまとめサイトに書き込んだんだが。
コイツは何を言ってるんだ?
慌てふためく私は何か言い返そうとした。だが、手が震えてうまくキーが打てなかった。
――すると。
「ほら、ここにこう書いてある。このコメントとは矛盾しますよね」
そいつは文章をコピペして具体的にどこに矛盾があるか指摘してきたのである。
なにこれ?
いったい何が起こっているの?
コピペされた文章を読む。私が書いたコメントと似たような内容が書かれている。が、照らし合わせると明らかに相反する内容が含まれている。
確かに矛盾している。でも、そんなものは当たり前だ。だって別人が書いたものだから。
「なんだそれ? そんな書き込みは知らない」
そう返した。
「ほんとうかなあ?」
「ID変えて書き込んでるんじゃないの?」
続けて書き込まれたのは、このような内容だった。
なんだ、コイツ……。
この読み速だが、コメントには名前、IDがつくようになっていた。
名前は任意。記入しなければみな同じ名前になる。
だが、IDはIPアドレスと使用端末で自動に作成される仕組みだった。つまりユーザー固有である。
(もちろん、このときはこんなこと知らない。後で調べて分かったことである)
彼はそのIDを私が故意に変えていると主張しているのだ。
病気だ。真剣にそう思った。
「なにを言ってるのか分からない」
たぶんそんな風に返したと思う。
正直覚えていない。だが、否定する言葉だったのは確かだ。
だが、このユーザー、仮にAとしよう。
Aは納得せず、さらに書き込んできた。
「ここでは、こう書いてますよね。明らかにおかしい」
また来た。見覚えのない内容。
「いや、俺じゃない」
「怪しい。あ、これも矛盾している。ここではこう書いてある」
またコピペがきた。
だが、その内容には見覚えがあった。
別の記事だ。今見ている記事とは別の記事。
そのコメントから引用して、彼は矛盾を指摘しているのだ。
……なんなんだ?
あまりの異常ぶりに背中に冷たいものが走った。
だが、同時に腹が立った。
なんで、いきなり見ず知らずのヤツにこんなことを言われなければならないのか。
Aのコメントはさらに続いた。
「そうやって自分の意見に同調するようなコメントを自分でつけて、恥ずかしくないのか?」
そうか、わかった。
コイツは自演を疑っているのだ。
私はあるコメントに対して同調するようなコメントを書いた。
それが自演ではないかと。
悔しかった。
意見の否定。それも悔しいが、自演、卑怯、そういった罵りはもっと嫌だった。
こいつに仕返ししたい。そう思うようになった。
でも、そんなことができるのか?
自演の否定は悪魔の証明と同じだ。できるわけがない。
くそ~、どうしたらいいんだ。
そうこうしているうちに、コメント欄自体の雰囲気が変わってきた。
Aの書き込みに同調するような雰囲気が見え始めたのだ。
クソ、なんでだ。
なんでだよ。
たしかにAの書き込み自体には筋が通っていた。矛盾の指摘も合っていた。
だが、それは違う人間同士の書き込みなんだ。
「ゴメン、自演しました」
私は認めた。やってもいないのに。
他に手がなかった。そうするしか思いつかなかった。
今だったら、執筆を重ねた今だったら、もっと別のやり方を思いついていただろう。
でも、その時はそれしか思いつかなかった。
「寂しかったんだ。かまってほしくて」
屈辱だった。やってもいないことで謝罪をしているのだ。私は。
「この書き込みも俺が書いた。あの書き込みも」
本当に、本当に絶望していた。
なんで私を擁護するコメントが現れないんだろう。
少なくとも私が同調したコメントを書いた人は自演じゃないことは分かっているはずだ。
なのになんでだよ。なんで孤立無援なんだよ。
だから私は――
「Aの書き込みも俺の自演なんだ。ほんとゴメン」
Aを道連れにしてやることにした。
「ふざけんな!!!」
Aは叫んでいた。
「俺じゃねえ。俺はそいつじゃねえ」
怒り狂っている。
が、とうぜん無視する。
「ゴメン、たまに発作がでるんだ。今のもそう。変なこと書いてゴメン」
もう私の手の震えは止まっていた。
「違う、違う。ふざけんなボケ。ウソ書くんじゃねえ」
悪魔の証明だ。
できるものならやってみろ。自業自得だ。自分自身がやったことだからな。
だが、ここでAは驚くべき行動に出た。
自分のアカウント名を書き込んだのだ。
仮にそうだな……「瓶詰めジジイ」としようか。
Aはコメントに表示される名前に瓶詰めジジイと記載したのだ。
そのコメントにはURLが書かれていた。
瓶詰めジジイが登録する小説サイト、自身のアカウントへとリンクするURLだ。
なんだ、これ。
まさか、こんなことで自分の小説のアカウントを晒すとは。
しかも、ご丁寧にそのアカウントには、読み速で表示されている自身のIDを貼り付けていた。
「俺はそいつじゃねえ。分かるだろうが、これで!」
すごいやつだと思った。
まさか、身の潔白を証明するためにここまでするとは。
が、同時に思った。
それ、なんか意味ある? と。
たしかに自分の書き込み=瓶詰めジジイの証明はできた。
だが、私の書き込みが自演でないことの証明にはなっていない。
IDは変えられると自分で書き込んだばかりじゃないか。
残念というか、なんというか。
だから、とうぜん無視する。
「疲れてたんだ。みんなゴメン。俺の自演に付き合わせて」
「お前えええ~」
瓶詰めジジイはさらに怒り狂っていた。
アカウントを晒したにも関わらず私がひるまないからである。
「またやっちゃった。ほんとゴメン」
「もういい。寝ろ」
コメントが来た。
瓶詰めジジイじゃない。別のヤツだ。
この人はもしかしたら、なんとなく察しているのかもしれない。
「分かった、ありがとう。もう寝る」
そう書いた。そして、寝た。本当に。
なぜならこの後、どうなるか分かっていたから。
チュンチュンチュン。
目覚めの良い朝だった。
時刻を見ると朝の六時。寝たのは深夜だったから、そこまで睡眠は取れていない。が、やけに頭はスッキリしていた。
「さて、どうなったかな?」
仕事まではまだ時間があった。
PCの電源をつけた。
もちろん、開くのは読み速。あの記事だ。
「落ち着けって」
「うるせえ! このIDコロコロ野郎!」
「むちゃくちゃだな。俺は別人だよ」
「まだ言うか! 黙ってろ! このクソ自演野郎」
瓶詰めジジイは書き込み全てに噛みついていた。
まるでカミツキガメだ。
それは朝の四時まで続いていた。
やがて誰も書き込まなくなっていた。
だが、そのコメント欄には待ちかまえる何者かの気配が、ほのかに漂っていた。
スゲーな、こいつ。
ずっと張り付いていたのか。俺が寝ている間、ずっと。
お疲れさん。俺は仕事に行くから。じゃあね。
こうして私の初めての書き込みは終わりを告げた。
大変だった。だが、充実した夜だったと思う。
これが第一夜だ。
――そう、第一夜。これはまだ序章に過ぎない。
恐怖はここから始まるのだ。
瓶詰めジジイ。彼のこの行動が、後に大変な事態を引き起こすのである。
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