フィエラの店 2

現実が歪んだ場所で、突然私たちの前に現れた扉。あれはフィエラの店への入り口だって、オウガは言っていたけど、ともかく警戒しなくちゃ。


オウガは怯えて私の腕にしがみついてくるし、車椅子に乗ったエルフの娘はピクリとも動かない。でも、生きてるのは確かだわ。


「どうするの、レナ姉? 入っちゃっていいの?」オウガが私の体を引き下げて尋ねてくる。きっと今、彼女はパニック状態なんだろう。


私だってこんな異様な状況は初めてだし、オウガもきっと同じはず。道を歩いてると思ったら、天地がグルグル回って、いきなりここに放り出されるなんて。さっきなんか、何か力に押されて落ちたみたいだったし。


今、私たちが立ってる空間を見回してみる。頭上から足元まで、真っ白な色だけ。他に違うのは、私たちとあの扉くらいよ。


「私もわからないわ」私は困って答える。だって、今の状況じゃ、あの扉の向こうに何があるかなんてわからないもの。

奴隷商人の話じゃ、フィエラの店までまだ結構かかるはずだったのに。理屈通りならね。でも今は、まるで魔法みたいに突然現れたのよ。知らない部屋の扉を、馬鹿みたいに開けるほど私は馬鹿じゃないわ。


私とオウガが困り果ててる最中、意外な人物から声が響いた。


「行け」


それはエルフの娘の声。初めて聞いたその声は、優雅で温かくて、聞くだけで心を奪われそうなものだった。彼女は小さく言ったけど、幸い私たちは黙って考え込んでたし、周囲に音なんか一つもないから、はっきり聞こえたわ。


私が彼女を買ってから初めての言葉に、オウガは驚いて口をぽかんと開ける。話せるなら健康だってことだけど、確認のために聞き返すわ。


「話せるの?」


返事なし。そうよ、エルフの娘は答えない。まるで空気に話しかけてるみたい。私の腕にしがみついてるオウガは、この光景に笑いを堪えてるわ。


仕方ないわね。結局、エルフの娘の言葉に従うことにした。考えた末、他に道はないんだし。あの扉には「フィエラの店」って書いてあるんだから。


それで私は車椅子を押して扉に向かう。オウガは後ろについてくるわ。もう何も起きないはずだって確信してるし、私が先に行けば、中の様子を見て彼女を守れるでしょ。オウガは強いけど、私の弱い力ででも守りたいの。あの子は――前世で消えた、私の孤独な希望の光みたいな存在だから。


私はゆっくり車椅子を押して扉に近づく。オウガは慎重に後ろからついてくる。彼女はもう、光の爪を抜いて警戒してるわ。


扉の真正面で、左手で鉄製の取っ手を握る。所々錆びてるわね。振り返ってオウガを見る。彼女の確かな頷きをもらって、下のエルフの娘を見るけど、彼女は何も言わない。

顔を上げて、唾を飲み込んで、ゆっくり鉄の取っ手を回して中へ押し開ける。私とオウガはすぐに構えを取るけど、扉が完全に開いた瞬間、私たちは驚いたわ。

何もないのよ。


ただの普通の店。普通の店みたいに。他の店と同じよ。私は車椅子を押してエルフの娘を連れて中へ入ってみる。オウガはまだ慎重に後ろからついてくるわ。


床は松の木の板張り、壁も松の木よ。周りに棚やキャビネットがあるけど、驚くことに何も置かれてないの。というか、この店の中は空っぽの棚だけ。


ローランドの姿も見当たらない。この店は狭いから、隠れて飛び出して驚かす場所なんてないわ。ローランドはそんなタイプじゃないと思うけど。


もしくは、私たちを騙して荷物袋を取るためだったとか。でも中身は女物の服くらいしかないわよ。ローランドがそんなの欲しがる? まあ、女性の服が好きって可能性もあるけど。


「これ、何かなレナ姉?」


私がぼんやり考え込んでる時、オウガの質問で現実に戻った。彼女はレジカウンターに置かれた金色のベルをじっと見つめてるわ。


ベルはホテルとか高級な場所の受付に置かれるやつで、頭のボタンを押すと音が鳴って店員を呼ぶの。オウガは見たことないみたいだし、この世界にそんなものが存在するなんて思わなかったわ。


オウガのおかげで気づいたけど、これがこの店で唯一、何かできるものね。押せば誰か――フィエラかローランドか――が出てくるかも。私は近づいて、オウガに説明するわ。

「これ、ベルよオウガ。ボタンを押すと店員を――」


チーン


説明しきらないうちに、オウガが押したわ。車椅子のエルフの娘もその音にびっくりしたみたい。少し体が震えたわよ。

危ないかもと思って、調べきらずに押したせいで、私はすぐにオウガを後ろに引き寄せて構えを取る。彼女を守るために。彼女の方がずっと強いのにね。


でも、何も起きないわ。私とオウガは5分くらいその場に固まってたけど、結局何もなし。このベルは何のため? 飾りなら変よね。


「もう一回押す? レナ姉」オウガがまだ構えながら尋ねる。

「そうね、きっとそうよ」


このベルがここにあるのは、何か意味があるはず。構えてる間に全部考えたわ。他の可能性は排除。唯一の可能性は、これがフィエラの「本当の」店への入り口だってこと。絶対そうよ。


でも、一回押しただけじゃ何も起きない。つまり、もっと押すの。何かが起きるまで、たくさん押すわ。


そう思って、私はエルフの娘を乗せた車椅子をしっかり握る。オウガも気づいて、私にしがみつく。私はもう片方の手でベルを押す。


チーン チーン チーン


3回の押下で、3回の乾いた音が響く。何も起きない。オウガは汗だく、エルフの娘はいつものように頭を垂れて、空色の美しい目を少し開けてるわ。


チーン


もう一回押す。何も起きないかと思いきや、もう一回押そうとした瞬間、現実がまた歪み始めたわ。


歪みは一箇所じゃなくて、この空間全体。オウガは怯えて私の頭に飛び乗る。彼女のスカートが視界を覆って、私はまるで自由落下してるみたいに感じた。


いや、感じじゃなくて、本当に落ちてるのよ。私たちは本当に自由落下中。


「怖いよレナ姉! 助けて!」


オウガが私の頭にしがみついて叫ぶ。彼女の光の爪が私の頭をかすめて、激しい痛みが走るわ。


痛いのはオウガだけが与えられるの?


エルフの娘は何かの魔法で車椅子にくっついて、落ちてるのに微動だにしない。


周りはオウガのスカートで真っ暗。

オウガは怯えて叫びながらしがみつく。

エルフの娘は車椅子に静かに座ってる。


「一体これ、どういうことよ!?」私は叫んで、オウガのスカートを押し上げて周りを見ようとする。

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