フィエラの店

周囲の人々は、まるで動物園の珍獣でも見るような奇妙な目で私たちを見つめていた。以前のような変態じみた視線ではなく、どこか好奇心と驚きに満ちた目だ。


仕方ない、こんな目で見られるのも無理はない。今の私は車椅子を押していて、その車椅子には傷だらけで瀕死のエルフの少女が乗っている。その上、綺麗な服を着た獣人の少女がその上にちょこんと座っているのだから。自分でもこの状況が奇妙に思えるくらいだ。オウガに至っては、さっきから顔を地面に伏せて、恥ずかしさから目を上げられないでいる。きっと恥ずかしいんだろうな。


奴隷商人が教えてくれた道は、思ったよりも遠い。もう15分以上歩いているのに、この路地を抜けて次の路地にたどり着けない。まるでこの路地が無限に続くかのようだ。もちろん、ただの例え話だ。この世にそんな路地なんて存在するはずがない。でも、待てよ。ここは別の世界だ。元の世界の論理を当てはめるなんて、できるわけがない。


そう考えると、急に背筋がゾクッとした。路地は進むにつれてどんどん狭くなり、人の気配もまばらになってきた。周囲は暗さを増し、オウガは一言も発しない。エルフの少女は重傷すぎて話すことすらできない。


この角度から見ると、オウガとエルフの少女の髪が驚くほど似ていることに気づいた。オウガの髪は肩まで伸びた灰色で、エルフの少女の髪は腰を超える雪のような白。言葉では違うように聞こえるけど、私の目にはほとんど同じに見える。


この重苦しい雰囲気を打破するために、まず私が口を開かなければ。このまま三人とも黙り続けたら、目的地に着くまでずっとこんな感じになってしまう。


「ねえ、オウガ。このエルフの少女の傷、どんなものでできたか分かる?」私は前を向いたまま尋ねた。


私の声に驚いたのか、オウガはビクッと振り返り、目をこすった。やっと気づいたけど、彼女、恥ずかしがってたんじゃなくて、ずっと寝てたんだ!さすがオウガ、どこでも寝られるなんて、本当にその才能には感服するよ。


目をこすりながら、オウガが答えた。「私の見立てだと、この傷は爪で引っかかれたものと、魔法攻撃を受けたものですね。何と戦ったらこんな状態になるのか、さっぱり分からないけど…」


オウガはそっと傷に触れた。奴隷商人の話では、このエルフの少女が傷を負ってから約一か月が経つというのに、傷口はまだ塞がっていない。私の知る限り、一か月もあれば傷は塞がるはずだ。たとえ感染症や化膿のリスクがあったとしてもだ。


なのに、ここではオウガが触れただけで傷口から血が滲む。これは一か月前の傷とは思えない。


その時、ふと思い出した。隣の席のデブオタクがよく私に語っていたアニメの魔法知識。その中に一つ、気になるものがあった。


それは「ヒール」という魔法だ。


彼の話では、これは「ヒーラー」と呼ばれる者たちが使う魔法で、傷を癒すことができるらしい。その話をするとき、彼は妙に真剣な顔でこう警告していた。「どんなに下手なヒーラーでも、ヒールを唱えられるなら絶対にチームから外したり捨てたりしちゃダメだ。さもないと大変なことになるぞ!」と。彼のその真剣な表情は忘れられない。私が適当に流したら、襟首をつかんで同じことを繰り返したくらいだ。仕方なく頷いて終わらせたけど。


今、話題が思いつかないから、その話を引っ張り出してみることにした。「ねえ、オウガ。『ヒール』って魔法、使える?」


私は彼女が「使えない」とか「ヒールって何?」とか言うのを覚悟していた。そんな答えにどう返そうか考えていると、オウガが全く予想外の答えを口にした。


「もちろん使えますよ、レナ姉!この世界のどんな魔法系統にも、治癒系の魔法は存在するんです。確かにヒーラーの職業を持つ人に比べれば効果は劣りますけど、基本的には治せますよ。」


その答えに私は口をあんぐり開けた。ヒールってそんなレアな魔法じゃないの?この世界では、どんな魔法系統にもヒールがあるなんて!オウガの言う通り、ヒーラーのヒールには及ばないらしいけど、それでも驚きだ。


「じゃあ、オウガの職業って何なの?」私は驚きつつも、前を向いたまま尋ねた。車椅子を押してるから、気を抜くと倒れちゃう。


「私の職業は『マジックウォリアー』です。『ウォリアー』の変種で、魔法を組み合わせて近接戦闘を効率的に戦えるんです。でもその代わり、普通の『ウォリアー』より野蛮で獣じみた戦い方になっちゃうんですけどね、レナ姉。」


そう言ってオウガはステータスを開いて見せてくれた。確かに『マジックウォリアー』だ。でも、私がもっと気になったのは彼女のレベル。なんとレベル98!私には想像もつかない数字だ。


私は車椅子を止めて、自分のステータスを開いてみた。すると、なんだか急に自分が惨めで恥ずかしくなってきた。普段ならこんな感情は湧かないのに、心の奥底でそんな気持ちがうずまく。


私のそんな気持ちを見透かしたように、オウガはすぐに話題を変えた。「あ、そうだ、レナ姉!私のヒールは『ヒーリングライト』って名前なんです。ヒーラーのヒールには及ばないけど、このくらいの傷なら治せます。ただ、ちょっと問題が二つあって…。この傷を治すにはかなりの魔力を消費するし、時間もかかるんです。たぶん、夜までかかるかも。」


さすがオウガ、ほんと察しがいい。私はステータスを閉じ、車椅子を押し始めた。でも、今気になってるのはエルフの少女の治療だ。時間がかかりすぎるし、奴隷商人の話だと治療費がバカ高いらしい。だから、オウガに頼んでみるしかない。


「ね、もし…もし頑張ってくれたら、治せるよね、オウガ?お願い、やってみて!」


自分でも信じられない。こんな厚かましく、子供にお願いしてるなんて。でも、他にどうしようもない。


「レナ姉がそんな風にお願いするなら、断れないじゃないですか。」オウガはニコッと笑って答えた。


その言葉を聞いた瞬間、ようやくこの路地を抜けて次の路地に入った。すると、突然、天地がぐるぐると回り出した。


「何!?オウガ、なにこれ!?」私は車椅子を止めて、周囲を慎重に見回し、オウガに確認した。案の定、オウガもパニック状態で答えた。「分からない、怖いよ、レナ姉!」

オウガは恐怖でエルフの少女をぎゅっと抱きしめ、エルフの少女も体を震わせていた。天地がぐるぐる回り、私たちの体がバラバラになってはまたくっつくような、吐き気を催す光景だった。


しばらくすると、辺りは深い黒に染まった。まるで巨大な海獣の口がすべてを飲み込むような、深淵の闇。暗闇を恐れる人なら、きっと卒倒するような光景だ。でも、私は平気だった。


突然、強烈な圧力が私を地面に押し付けた。幸い、オウガとエルフの少女は無事だったけど、オウガは吐きまくっていた。


その圧力に耐えることしばらく、ようやくそれが収まり、周囲は黒から白に変わった。まだこの異様な場所から脱出できていないらしい。


立ち上がった瞬間、目の前の現実が歪み始めた。あまりの恐怖に、オウガは車椅子から飛び降り、私にしがみついてきた。


現実が螺旋状に歪むことしばらく、ようやく元に戻った。そして、歪んだ場所に突然、鉄の扉が現れた。


その扉には大きな看板がかけられ、読めない文字が書かれていた。だが、オウガは驚愕の表情でその文字を読み上げた。


「『フィエラの店』!?」

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