闇市
周囲を見渡すと、私とオウガだけがこの闇市にいるわけではなかった。そこには多くの人間がうろついており、共通点はみな一様にチンピラのような雰囲気を漂わせ、身体には無数の傷跡が刻まれていること。そして、彼らの目は欲望に満ち、私とオウガをいやらしい視線で舐めるように見つめていた。まるで獣が獲物を狙うような、ゾッとする視線だ。ある者は私の胸元を見つめ、口元から涎を拭う仕草まで見せていた。私の胸は、決して大きくはないけれど、あの下半身でしか物を考えられない連中の欲を掻き立てるには十分らしい。
こんな視線を浴びるのは初めてだった。
女の子たちが、こんな目で見られたときにどんな気分になるのか、今ならよく分かる。背筋が凍るような感覚だ。オウガの手をギュッと握り、私は一歩踏み出す準備をした。オウガも私の手を強く握り返し、まるで私が突然消えてしまうのを恐れるように、ぴったりと身体を寄せてきた。私も同じ気持ちだった。そして、私たちは二人で闇市の奥へと足を踏み入れた。
目の前に広がる光景は、まるで原始時代に迷い込んだかのようだった。足元には湿った石畳の道が続き、両側には大小さまざまな露店が並んでいる。ある店は地面に直接商品を広げ、汚らしい布の上に並べているし、少しマシな店は木製の屋台を構えている。もっと金持ちそうな者は、ちゃんとした店舗を持っていた。だが、どの店からも漂ってくるのは、鼻をつくような悪臭だ。
闇市と呼ばれるだけあって、ここはまるでスラム街のようだった。いや、私がかつての世界で見たスラム街よりも、さらにひどいかもしれない。
「やあ、新鮮な可愛いお嬢ちゃんと汚らしい獣人の子、俺と一緒に遊ばねえ?」
突然、男の野太い声が響き、同時に私の肩にゴツゴツした手が置かれた。振り返ると、そこには欲望に満ちた変態じみた顔のチンピラ男が立っていた。その手は、紛れもなくそいつのものだ。
こんな輩と無駄話をするつもりはなかった。それに、周囲の男たちの視線がさらにいやらしくなっているのが分かる。ある者は涎を拭い、別の者は白昼堂々と自慰行為にふけり、恍惚とした表情を浮かべている。気持ち悪いったらありゃしない。
私は素早くその男の手を振り払い、オウガを姫抱っこで持ち上げ、一目散に奥へと走り出した。とにかくフィエラを見つけなきゃいけない。フィエラさえ見つかれば、二度とこの闇市には戻ってこないと心に誓った。
走りながら、何人もの人間にぶつかった。だが、そいつらの共通点は、みんなくそくらえの変態だった。なかには私の尻を触ろうとする輩までいた。ここは危険すぎる場所だ。
でも、私の腕の中で姫抱っこされているオウガは、意外にもリラックスしているようだった。いや、それどころか、まるでこの状況を楽しんでいるような、幸せそうな顔さえ浮かべていた。
しばらく走り続けて、ようやく人通りの少ない路地にたどり着いた。驚くことに、こんなに走ったのに、疲れをまったく感じなかった。だが、いつまでも走り続けるわけにはいかない。私はフィエラを見つける必要があった。だから、そこで立ち止まり、オウガを地面に下ろした。
下ろされたオウガは、名残惜しそうな表情を浮かべ、何かブツブツと呟いた。すると、彼女の手には光の爪が現れた。私がその理由を不思議に思っていると、オウガがすぐに口を開いた。「念のためだよ、姉貴。この辺、変態とクズばっかりで、ほんと気持ち悪いからさ」
「それならいいよ」私は頷いて同意した。
でも、今もっと大事な問題があった。私たちは今、どこにいるんだ? ローランドは「着いたら自然とフィエラのところに行ける」と言っていたけど、今の私たちは自分がどこにいるのかさえ分からない。
しばらく路地をうろついていると、突然、私の身体が勝手に反応し、歩き始めた。オウガの手をしっかり握っていたから、離れる心配はなかったけど。
この感覚、どこかで味わったことがある。お祭りのときや、初めてオウガに会ったときも、こんな風に身体が勝手に動いた。あのときと同じだ。オウガは、私が目的もなく路地を進む姿を見て、何度か声をかけてきたけど、私の耳には届かなかった。
道中、当然のごとく、変態やチンピラたちのいやらしい視線が私たちに突き刺さった。でも、オウガのおかげで助かった。彼女が光の爪をチラつかせると、そいつらはビビって後ずさった。
ローランドの話やあの村での出来事とは違って、ここの連中はオウガのような混血を狩りの対象とは見ていないようだった。代わりに、彼女をただの少女として、性的な対象として見ている。なんて最低なロリコンどもの集まりだ。
しばらく歩き続けていると、気づけば私たちは暗い路地にたどり着いていた。そこでようやく意識を取り戻し、目の前の光景を見た。
路地の奥には馬車があり、その後ろには大きな鉄の檻が繋がれていた。私は無意識に近づき、オウガは嫌そうな顔をしていた。彼女には、この檻が何を意味するのか分かっていたのだろう。
私が近づくと、顎鬚を生やした商人が服を整えながら、擦り寄るようにやってきた。
「お嬢様、奴隷をお買い求めで?」
彼は私を「お嬢様」と呼んだ。確かに、今の私はシンプルながらも気品ある服を着ているし、隣にはゴシックドレスを着た可愛らしい獣人の少女、オウガがいる。きっと彼は、私がオウガを高値で買った金持ちだと思ったのだろう。
それよりも、この男、奴隷商人だ。この馬車を見たときから薄々感じていたけど、やっぱりそうか。私の身体が勝手にここに導いた理由は分からないけど。
「もしそうなら?」私は思わず答えた
私の言葉に、オウガは驚いた顔で光の爪を消し、私をじっと見つめた。一方、奴隷商人はニヤリと笑い、鉄の檻を指差して説明し始めた。
「なら、お嬢様は正しい場所に来ましたな。うちは質のいい奴隷を、リーズナブルな価格で提供してるんで!」
そう言うと、彼は檻を覆っていた布をめくり上げた。そこには、獣人やエルフの少女たちが縮こまり、身を寄せ合っていた。彼女たちの身体を覆うのは、ただ一枚の薄汚い布だけだ。
その光景を見たオウガが何か言いかけると、奴隷商人が鋭い目で彼女を睨み、「奴隷は黙ってろ」とでも言うような圧をかけた。オウガは少し後ずさった。
それを見た私は、怒りを込めて奴隷商人を睨みつけた。彼はバツが悪そうに笑い、「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」と手を振った。
檻の中の少女たちは、怯えた目で私を見ていた。みんなくそくらえに可哀想だ。私は彼女たちを一通り見渡したが、なぜ自分がこんなことをしているのか、さっぱり分からなかった。
奴隷を買う?
まるで私が私じゃないみたいだ。何か、得体の知れない衝動が私を突き動かしている。奴隷を買わなきゃいけない、絶対にそうしなきゃいけないって、抑えきれない何かがある。
その衝動は、檻の隅に縮こまる一人のエルフの少女に目が止まった瞬間、さらに強くなった。彼女は雪のように白い髪と、青い空のような瞳を持っていた。身体は大小無数の傷で覆われ、顔を地面に伏せている。見えるのは、ただその美しい白髪と青い瞳だけ。
私が彼女に目を奪われているのに気づいた奴隷商人が、彼女の出自を語り始めた。「こいつは、約一ヶ月前、俺がここに来る途中で見つけたんだ。道の真ん中で倒れててな、馬車を止めなきゃ死んでたぜ」
そう言うと、彼は丁寧に隠していた鍵を取り出し、檻を開けて中に入った。他の少女たちが怯えて道を開ける中、彼は乱暴にそのエルフの少女を引きずり出し、檻を閉めた。そして、彼女を私の前に突きつけた。
「お嬢様も見たとおり、こいつはもう死にかけだ。一ヶ月間、口をきかず、飯も水もろくに摂ってねえ。身体は傷だらけだ。こんな奴隷を医者に連れてく暇なんて、俺にはねえよ。買うなら、ほんとおすすめしねえけど――」
「買うよ」
彼の言葉を遮り、私は即座に答えた。オウガは驚いた顔で私を引き寄せ、囁いた。「ちょっと、姉貴! 奴隷を買うのはいいけど、エルフなんて、しかもこんな死にかけの奴、買うのは無駄だよ!」
私は優しくオウガの頭を撫で、感謝の意を込めて言った。「ありがと、オウガ。でも、決めたの。何か、私を突き動かすものがあって、逆らえないの」
オウガは腕を組んで諦めたように笑い、「姉貴には敵わないな。そこまで言うなら、買っちゃえよ」と答えた。
私は微笑んでオウガを見た後、奴隷商人に向き直った。彼は私の決意のこもった目を見て、観念したように値段を提示した。「本来なら90銀貨だが、こいつは傷だらけで、ろくに飯も食わず、死にかけだからな。30銀貨でいいぜ、どうだ?」
私は無言で財布から30銀貨を取り出し、彼の手に渡した。彼はそれを数え、満足げに笑った。「よし、取引成立だ。後で何かあっても、俺は責任持たねえからな。あ、そうだ、これもやるよ」
彼は馬車の真
ん中の覆われた荷台に走り、木製の車椅子と数本のロープを持ってきた。「こいつ、足が不自由だからな。この車椅子はゴミ捨て場で拾ったんだが、まだ頑丈だ。こいつを乗せて押せばバッチリだ。ロープは、暴れないように縛る用だ」
私は車椅子を受け取ったが、ロープは受け取らなかった。そんな非道なことはできない。エルフの少女を車椅子に乗せ、奴隷商人に尋ねた。
「ところで、フィエラって商人の店、知ってる?」
彼はニヤリと笑ったが、すぐには答えず、手を擦り合わせた。そいつの魂胆は見え見えだ。私は5銀貨を渡した。彼はケチだなと舌打ちしたが、渋々道を教えてくれた。
「お嬢様、ずーっとまっすぐ行って、別の路地に出る。そこで左に曲がって、またまっすぐ進むと別の路地があって、そこを右に曲がってまっすぐだ。ちょっと遠いから、頑張ってな」そう言うと、彼は振り返りもせず去っていった。
「遠い、ねえ」オウガが彼の背中を見ながら呟いた。
私は苦笑してオウガの頭を撫でた。彼女の尻尾が嬉しそうに揺れた。
「オウガ、ちょっと私の肩に乗ってみない?」
私は両手で車椅子を押さなきゃいけないから、オウガの手を握る余裕がない。服を掴ませるのも不安だったから、これが一番いい方法だ。オウガは小柄とはいえ、軽くはないけど、なぜか疲れを感じない私なら、きっと彼女を担げるはずだ。
オウガが頷いたので、私はしゃがんで彼女を肩に乗せた。まるで親が子を遊ばせるみたいに。オウガを肩に乗せて歩き始めたけど、彼女のゴシックドレスの裾が長すぎて、私の視界を塞いでしまう。オウガもそれに気づき、裾をたくし上げたけど、それでも見づらい。
そこで別の案を思いついた。私はオウガを下ろし、買ったばかりのエルフの少女の膝に乗せることにした。オウガは軽いから、きっと大丈夫だ。
最初、オウガはこの提案に不満げな顔をしたけど、私が干し肉をあげて頭を二回撫でると、渋々ながらも承諾してくれた。予想通り、オウガはエルフの少女の膝にピッタリ収まった。エルフの少女も、特に嫌がる様子はなかった。
こうして、私たちは奴隷商人の指示通り、フィエラの店を目指して歩き始めた。本当にその道が正しいかどうかは分からないけど、今はあの男の言葉を信じるしかなかった。
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