祭り
私は顔を上げて、自分がぶつかった男を見上げた。屈強な筋肉を纏い、日に焼けた肌は長い時間外で過ごした証拠、濃い金髪を持つその姿は、まるで街のゴロツキのように見えた。
そう、そしてそれは、他でもないリムラ――ロランドが錯乱状態に陥る前に私に語ってくれた友人だった。
「よう、ロランド。久しぶりだな、あれからお前の姿は見てなかったぜ。」
リムラは後ろに立つロランドに手を上げて挨拶した。どうやら私――彼にぶつかった女の子には一切関心がないように見えた。でも、それは私の勘違いだった。
リムラは私を見下ろした。彼は私よりも頭二つ分は高く、私だって背は低くないのに。「嫁さんもらったのか? 祝いに呼んでくれてもよかったのにな。」
「私はロランドの嫁じゃありません。ただの客人です。」
私は冷静にリムラの言葉を否定した。なぜか自分でも驚くほど落ち着いていた。もし前世の私だったら、こんなゴロツキみたいな男と対面した時点で、きっと失禁していただろう。
「そうだ、彼女はただの客人さ。」
ロランドも後ろで同調し、それから二つの荷物を置き、私を引き寄せてリムラと向かい合わせに立たせた。
「ちぇっ、そうかよ。じゃあまだアリス商会で働いてるんだな。俺はもうとっくに首になったと思ってたぜ、予定を勝手に変えたんだろ?」
リムラは頭をかきながら言った。
リムラの話し方や仕草を見て、私は「意外と悪い人じゃないかも」と感じた。でもロランドが語ってくれた忘れられない記憶を思い出し、その考えをかぶりを振って否定した。結局、この人もあの外道どもと同じだ。
「俺は運が良くて叱責だけで済んださ。でもお前は……もう辞めたんじゃないか?」ロランドは顔を上げ、リムラを真正面から見た。
リムラは少し照れくさそうに笑い、腰のポーチから動物の皮で作られた茶色い財布を取り出し、中から一枚の写真を見せた。
「そうだよ。結婚して、子供も二人いるんだ。家族と過ごす時間を大切にしたくて仕事を辞めたんだ。今は王都で小さなリンゴ屋をやってる。小さいけど幸せだよ。」
そう話すリムラの顔は、今までで一番幸せそうで誇らしげだった。ロランドもその写真を受け取り、祝福の言葉を口にした。
「神よ、この小さな家族をお守りください。」
そう言って額に写真を当て、目を閉じて祈った後、写真をリムラに返した。
「この写真の人、ユー ドラか? 商会の受付の。」
リムラは写真を財布に戻しながら、少し照れくさそうに答えた。「そうだよ、よく覚えてるな。」
「彼女、かなり人気だったよな。」
「でも結局俺を選んでくれたんだ。今すごく幸せだよ。」
二人は本当に仲の良い友人のように話し込み、話は30分以上も続いた。私は外で一人のオウガのことが心配で仕方なかったし、帰ろうかとも思ったが、彼らが盛り上がっていて口を挟むタイミングもなかったし、道もわからなかった。ロランドがずっと私を引っ張ってきたから、門の場所さえ覚えていない。
やがてロランドの顔が真剣になり、話題が変わる気配を感じた。
「で、お前は何しにここへ来たんだ、リムラ?」
「新しいリンゴの仕入先を探しに来たんだよ。前の取引先が閉店しちまったからな。でも来てみたら、この村も結界区域に含まれてるって聞いて、泣く泣く帰るしかないんだ。」そう言いながら、リムラは私を見た。「道中で偶然お前の客人とぶつかったってわけさ。」
「でも、それ以外にもう一つ目的があるんじゃないか?」
ロランドの問いにリムラの顔も少し硬くなった。そして、少ししてから口を開いた。
「やっぱりお前には何でもバレちまうな……そうだよ、本当の目的は『祭り』を見に来たんだ。偶然お前に会ったのは予想外だったけどな。」
――祭り?
なるほど、だからこの村が妙に混んでいたのか。いくら商人の休憩地とはいえ、人が多すぎると思っていた。道を歩く人々がみんな笑顔だったのを思い出した。
でもその笑顔はどこか歪んでいて、リムラも今同じ笑みを浮かべている。そしてロランドは真顔で、深刻そうに私を見てきた。
「どうだ? 見に行くか、レナ。この国の汚さ、外道っぷりを自分の目で確かめてみないか。」
リムラもこちらを向き、「ああ、レナっていうんだな。行ったほうがいいぞ、一度くらいは“祭り”の本当の姿を見ておくといい。どうせ結界も切られるし、これが最後の祭りかもしれない。」
心の中では、外で一人でいるオウガのことが心配で仕方なかった。けれど、体が勝手にうなずいてしまった。自分の意志で動いていないような感覚だった。
前にもあった――死の森で私の体が勝手に動き、結果的にオウガを見つけたときと同じ。今回もまた、言葉にすらできない力に操られているようだった。
私がうなずくと、二人は私を中心広場へと連れて行った。そこには大きな広場があり、その中央には巨大な十字架、隣には分厚い鋼鉄の箱が置かれていた。それを見ただけで、嫌な予感が全身を走った。
でも、その恐怖を声に出すことさえできなかった。今は何を言おうとしても声が出ない。まるで何者かに口を塞がれているかのようだった。
周囲の人々は気味の悪い笑顔で、「なあ、今日は何匹燃やすんだ?」とか「そろそろ始まるかな、あの畜生共を燃やすのが」とか、そんなことを囁いていた。
背筋が冷たくなる。リムラは大きな体で人混みをかき分け、私たちを広場の最前列に引っ張っていった。そして「よく見ろよ、面白いから」と囁いた。
すると突然、広場の奥から白髪の老人が姿を現した。それを見て周囲の人々は一斉に黙り込む。
老人は三人の目の前まで来て、私たちに目もくれず言葉を発した。「本日は、村長トラヴェンとして、我々トラヴェン村の“神への祈りの祭り”にお越しくださり、心から感謝申し上げます。」
周りの群衆は歓声を上げ、口笛を吹き、押し合いへし合い、罵声まで飛び交った。
村長は背を向けて巨大な木製の十字架へと歩み寄り、再び観客に向かって声を張り上げた。「恐らくこれが最後の祭りになるでしょう、王都の結界が切られるのですから。しかし、どうか心ゆくまで楽しんでください――」
老人は深く息を吸い込み、大声で叫んだ。
「祭りを、今ここに――開始する!!」
皆が興奮して叫び始め、その中でもリムラが一番大声で叫んだ。私の鼓膜が破れそうになり、ローランドの顔はますます怒りに染まり、両手を固く握りしめて、村長の顔を一発殴りたいというように睨みつけていた。
村長の開会の言葉の後、広場から十人の大きくて屈強な男たちが仮面をつけて現れた。リムラほど大きくはないが、そのうちの三人は燃え盛る松明を持ち、一人は十字架の下に何かの液体をバケツから注いでいた。
残りの者たちはあの鉄の箱に近づき、鍵で開けると、その中からオウガと同じくらいの年齢の獣人の少女を引きずり出した。
その獣人の少女は苦しそうにうめいていたが、何もできなかった。両手両足は粉々に砕かれていて、ただ揺らすことしかできない。
彼女は必死に助けを求めて叫んだが、誰からも返事はなく、むしろ下にいる連中からひどい罵声を浴びせられた。助けは来ないと悟ったのか、少女は泣き出し、偶然にも私と目が合った。
しかし、私は体が固まって動けなかった。私が何もできずにいると、少女は母を呼び始めた。「お母さん、お母さん、助けて、助けて、お母さん…」
その声もむなしく、仮面の男が彼女を十字架の下に投げ捨て、彼女は泣きながら私を見つめ続けた。さらに別の獣人の少女たちも次々と鉄の箱から引きずり出された。中には両腕両脚を切断された子もいれば、最初の少女のように四肢を砕かれた子もいた。
光景はあまりにも残酷だったが、不思議と私は何も感じなかった。まるで今ここにいるのが「私」ではないようだった。
しばらくして、全員が箱から出された。私は何もできず、ただ変態のように数を数え、共通点を探していた。
二十四人ほどの獣人の少女たちは皆オウガと同じ十四歳以下で、連れてこられる前にひどく拷問され、両手両足を切られたり砕かれたりして動けなくされていた。
泣いている子もいれば、うめく子もいる、諦めたように虚ろな目でこちらを見つめる子もいた。
次に、松明を持った三人の仮面の男たちが近づき、その松明を少女たちのそばに投げ捨てた。液体を撒いていたせいで、炎は瞬く間に激しく燃え上がった。
そのとき、私はこの祭りの本当の意味を理解した。やつらは「祭り」と称して、ただ獣人の少女たちを焼き殺して楽しんでいるだけなのだと。
こんな奴らと同じ場所にいるなんてありえないはずなのに、なぜかその光景を見ている私の口元には、自分でも出そうと思っても出せないような笑みが浮かんでいた。
炎が燃え上がり、少女たちの苦痛のうめき声と絶叫が響き渡り、焼けた肉の匂いが広場を覆う。その悲鳴が大きくなるほど、私の笑みは大きくなり、胸の奥から興奮さえ感じていた。
自分自身に嫌悪した。本当に、自分が恐ろしくてたまらなかった。
リムラは大声で叫んだ。「死ね、この畜生ども、ははは、早く死ね!」
ローランドは涙を流し、その一滴が私の手に落ちた。その瞬間、オウガのことを思い出し、やっと自分を取り戻した。私の顔の笑みはようやく消えた。
改めて目の前の光景を見ると、吐き気が込み上げた。でも吐くものなど何もない。私はローランドの手から荷物袋を奪い、それを盾のように抱えて、この地獄から逃げ出した。
走りながら、自分がさっき笑ったことを悔やんだ。周りの奴らは野獣のようで、私が逃げても誰も気にしなかった。
広場を抜け、奇跡的に正しい道を走って村の正門に着き、すぐに馬車へと駆け戻った。
そして幸運にも、オウガはどこにも行かず、ちゃんと馬車の中で大人しく私を待っていてくれた。
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