トラヴェン村にて

ローランドの言葉に従い、私とオウガは馬車を降りた。そして目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。今は夜だというのに、トラヴェンの村はまるで昼のように明るく輝いている。


門の外に立っているだけでも、中がどれほど賑やかかが分かる。カティヴの町の寂しさとはまるで違っていた。私たちが馬車を降りると、ローランドは馬を左手の駐馬場へと進めた。


そこには数えきれないほどの馬車が並び、門の右側の駐馬場もすでに満車だった。馬もぎっしりだ。その後、ローランドは馬車を降りて、私たちに手招きをした。


それを見て、私はオウガの手を取り一緒に向かった。近づくと、ローランドが口を開いた。


「オウガちゃんは馬車で待たせた方がいい。ここには混血種を極端に嫌う連中ばかりだから、危険だ」


その言葉を聞いて、オウガは寂しそうな顔で私を見上げた。


「じゃあ、オウガは馬車でお留守番なの、レナ姉?」


私は彼女の頭を撫でて答えた。


「そんなに長くはかからないと思うよ。中でおとなしく待っててね。あとでいっぱいおいしい物を持ってくるから」


「うん……」

オウガはしょんぼりした様子で返事をして、馬車の中へ戻った。


オウガを残してから、ローランドは私に視線を向けた。その意図を察して、私は先に口を開いた。


「もしかして、私も馬車に残れって言うつもり?」


「ははっ、もし残ってほしかったら呼んだりしないさ。念のため、カツラとカラコンをもう一度確認しておいた方がいいよ。中は混血だけじゃなく、共和国の人間もかなり嫌われてるからな」


なるほどと思い、私は朝から付けている青いカツラを手で軽く整えた。問題ないことを確認してローランドに頷いて見せた。目の方もレンズはずれていないし、視界もクリアだった。


私の頷きを見て、ローランドは踵を返して村の中へ歩き出した。


「さあ、トラヴェンへ行こう」


私はローランドの後をついて歩き出した。村の中に入った瞬間、目の前に広がる景色に息を呑む。夜なのに、まるで光の祭典のように美しかった。


頭上には色とりどりの魔法の光球が浮かび、夜道を明るく照らしている。人々の数も信じられないほど多く、私はローランドの手をしっかり握らなければ、たちまち人波に流されてしまいそうだった。


通りの両側には食べ物や日用品、さらにはポーションのような補助アイテムまで売っている店がずらりと並んでいた。オウガがここにいたら、きっと人の多さに怯えてしまうだろう。


歩いていると、ローランドが少し大きな声で話しかけてきた。周囲の喧騒の中で、私に聞こえるようにしたのだろう。


「今、圧倒されてるんじゃないか?」


私も少し大きめの声で答えた。


「なんで分かるの?」


「初めて来たとき、俺も同じだったからな。村と呼ばれてるけど、規模も人口もカティヴの町よりずっと多いんだ。ただ、この辺りは結界が途絶えがちだから、いずれカティヴみたいに寂れていくだろうけどな」


「それでも、みんな引っ越さないの?」


ローランドが話してくれた理由を聞いて、私はなるほどと思った。


「ここの人たちは、昔から旅商人や馬車引きに食料や必需品を売って生きてきたんだ。祖先からの誓いで『一人でも客がいる限り、村を捨てない』と決めてるらしい」


その後、ローランドが声を潜めて何か言ったのだが、人混みの中では聞き取れなかった。


「えっ、何て言ったの?」


私は隣に並ぼうとしたが、人が多すぎて無理だった。


私の問いにローランドは少し間を置き、大きな声で笑いながら答えた。


「いや、何でもない。ただの独り言さ」


そして、返事をする間もなく、ローランドは私の手を引いてさらに人混みをかき分けて進んだ。


しばらくすると、ローランドは他の店より人の少ない店の前で立ち止まった。看板にはこの世界の文字が書かれていたが、私には読めない。一日も早く文字を学ばないといけないと痛感した。


ローランドは木の扉をトントントンと三回叩いた。何かの合図か暗号なのかもしれない。でも、私はあえて聞かずに中へ入った。


店内は古びた造りで、受付カウンター以外は何もなかった。


カウンターに近づくと、ローランドが声を上げた。


「ロゼッタ!」


すると、カウンターの奥から真っ白な髪と金色の瞳を持つ女性が出てきて、低い声で言った。


「久しぶりだね、ローランド。それに、今日は彼女連れ?」


そして私を一瞥して、微笑んだ。


「なかなか可愛い子じゃないか」


「ははっ、違う違う。ただの客さ。今日は荷物が多いから連れてきただけ」


ローランドは笑いながら答えた。二人は旧知の間柄のようだ。


ロゼッタはすぐに視線をローランドへ戻し、淡々と聞いた。


「それで、何を買うんだい?」


ローランドは買う品を告げていった。専門的な品ばかりでよく分からなかったが、一つだけ気づいたのは『獣人専用の肉』を大量に頼んでいたことだった。オウガのためだとすぐに分かった。


ロゼッタが頷き、奥へ引っ込むと、私はローランドに聞いた。


「ここって一体何なの? それに、オウガへの食事代、私に払えるのかな……?」


ローランドは笑って答えた。


「ははっ、ここは『何でも手に入る場所』だよ。金さえあれば、命すら買える」


最後の一言に私は息を呑んだが、ローランドは続けた。


「それと、オウガの分は心配いらないさ。出発前にトラコ婆さんに旅費を返そうとしたんだけど、受け取ってくれなくてな。『そのお金でオウガにうまい物を買ってやれ』って言われたんだ。だからその金を使ってるだけだ」


そこへロゼッタが大きな袋を三つ抱えて戻ってきて、カウンターの上にドンと置いた。カウンターが軋むほどの重さだった。


「全部で九十七金貨だよ」


その額に私は目を丸くした。ベアンは一体いくら渡したんだろうと、想像もつかなかった。


ローランドが支払いを終えると、彼はロゼッタに聞いた。


「結界が切れたら、君はどこへ行くんだ?」


「ペンドラコスヤに戻るよ」


ロゼッタはそう言って、無表情で金貨を数えた。


私はその間、古めかしい店内を見回していたので、二人の会話はあまり聞いていなかった。


「レナ、これ一つ持ってくれ」


振り返ると、ローランドはすでに両手に大きな袋を二つ持っていて、もう一つがカウンターに残っていた。


私は小さく呟いた。


「エンハンスメント」


体を強化し、その袋をまるで羽のように軽く抱えた。


そのとき、店の扉を開けようとして、私は大きな男とぶつかりそうになった。


「リムラか?」


ローランドが驚いた声を上げた。

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