十年後の私へ
「みのり宛の手紙が来てたよ」
ただいまと言った私におかえりを返さず、母は突然そう言った。私が靴を脱いでいる間も、妙に嬉しそうに急かしてくる。いったい何だろう、とリビングに入ると、テーブルの上に白い封筒が置かれていた。
『ニ十さいのみのりへ 十さいのみのりより』
「これって…」
「すごいよねえ、こういうの、本当に届くんだ」
ものすごく記憶がおぼろげだが、覚えている。確か十歳のときに小学校で、成人になるまであと半分、という趣旨の行事があった。(二分の一成人式という)そのとき、成人を迎えた自分に手紙を書く、という時間があった気がする。タイムカプセルのようなものだ。しかし、十歳の自分が何を書いたかは全く思い出せなかった。
「ねえ、どんなこと書いたのか開けて見せてよ」
「ちょ、ちょっと見ないでよ」
内容は何も覚えてないが、なんとなく母に対して気恥ずかしさがある。私は逃げるように階段を上がり、自分の部屋に入った。
『ニ十さいのみのりへ
元気ですか バレーの選手になれましたか もうけっこんしましたか』
…一行目からなかなかキツい。十歳から見たニ十歳はものすごく大人だろうが、実際なってみるとまだまだ子供だ。バレーは中学校でやめたし、今の私は大学とバイトと家を行き来するだけの生き物だ。彼氏もいないし実家暮らしである。
『今、わたしが好きなのはバレーをすることと、友だちとあそぶことです とくにまあちゃん、めめちゃんと仲よしで、いつもひみつのお手紙交かんをしています』
まあちゃんとめめちゃん! めちゃくちゃ懐かしい。高校や大学が離れたことで、友達は自然と疎遠になってしまう。二人は今何をしているんだろうか。
『がんばっていることは、国語の勉強です わたしはことわざが苦手だったけど、お母さんがカルタを買ってくれてから好きになれました』
これも懐かしい。母は昔から私の勉強を手助けしてくれた。それも、無理やりやらせるというわけではなく、楽しめるように協力してくれたのだ。改めて考えると非常にありがたい。この手紙も見せてあげてもいいかもしれない。
『五年生になっても勉強をがんばります ニ十さいのわたしもがんばってください』
便箋は二枚あり、一枚目はそれで終わっていた。さて、次は何かなと二枚目を開くと、イラストが描かれている。描かれているのはなぜか紙の端だけだ。クローバー、音符、虹、お姫様みたいな女の子…。いかにも小学生女子が書いたようなイラストが枠のように並んでおり、小さな文字で『おへんじください』と書かれていた。
…これは、もしかして、私が十年前の自分に向けて書くスペースなんだろうか。十歳の私は、未来の自分とお手紙交換ができると勘違いし、便箋を飾り付けてくれたらしい。なんとも馬鹿でかわいらしいものだ。
せっかくだし母に見せようと立ち上がったとき、私はあることに気が付いた。飾り付けられた便箋の何も書かれていない中央部分、そこにわずかなしわが寄っているのだ。マーカーのようなペンで強く文字を書いた後のようなものが、いくつか残っている。しかも、持ってみて分かったのだが、しわのある部分は周囲の紙と微妙に光の当たり方が違う気がする。何これ、白紙なんじゃないの?
いろいろな角度から便箋とにらめっこした私はピンとひらめいた。これはおそらく『秘密のお手紙』だ。
『秘密のお手紙』とは、特殊なインクで書かれた文章のことだ。インクは透明だが、ブラックライトを当てると読めるようになる。このペンを使って、友だち同士にしか読めない手紙を書くことが、小学生のとき大流行したのだ。まあちゃん、めめちゃんともたわいない内容の手紙を大量に交換していた思い出がある。
私は押し入れの奥に眠っているランドセルを取り出す。埃をかぶっているふたを開けると、卒業証書、卒業アルバム、手作り貯金箱などが詰まっている。硬い箱型の筆箱を開けると、きれいな石や観光名所のキーホルダーなどの宝物と一緒に、ブラックライト付きのペンが現れた。
もちろんとっくに電池は切れている。電池蓋を開け、机に置いてある小さな時計から単4電池を抜き取り、入れてみると、きちんと明かりがつくようになった。スイッチを押しているときしか光らない仕組みだ。少々硬くなっていて力がいるが、親指で押し込みながら手紙を照らす。
すると、思った通り、文字が浮き出てくる。時間がたったことで薄くなっているが、何とか読めそうだ。
『こわいです わたしたちみんな、指がふえるらしいです あしたになったら世界中みんな手の横に太い指がくっつけられて、指が5本になって、生まれたときから5本だったって思いこまされるって それはすてきなことなんだって聞いたけど、わたし、ほんとはこわいです 今の手のことを忘れちゃって、写真も変わっちゃうって こわいのも忘れちゃうんだけど、それがこわい このことを書いちゃダメって言われました これもバレちゃうかも どうか気づかれませんように 大人のわたしにとどきますように』
は…?
予想外の内容に親指の力が抜けたのか、ブラックライトの光が消える。手紙の内容は、理解できるようで全くできなかった。もう一回読まないと。今、スイッチに触れている親指に力を入れるだけ。たったそれだけ。
たったそれだけができずに、イラストで飾られた便箋をぼんやり見続ける。お姫様みたいな女の子のイラストは、不自然に五本目の指が描き足されているように見えた。
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