第51話 兄と弟 ~イザーク・シルフィール視点~

「久しぶりですね。兄上。」


 俺は貴族牢で兄上を見下ろしていた。貴族牢。そこは貴族でありながら犯罪を犯した者達が収監されている場所。普通の牢屋よりは多少広くあり、設備も他よりましな程度だが。兄上もそこに収監されていた。兄上は貴族牢で力なく座り込んでいた。俺に声を掛けられ忌々しげにこちらを見る。


「イザークか!!何しに来た・・・!!俺を笑いにきたのか!!」

「いえ。ご報告を。兄上がかけた呪いは無事に解けました。なので私が死ぬことはありません。」

「っ!!な・・・何のことだ。」


 兄上はとぼけるが明らかに動揺していた。それは認めていると同義だった。失望が胸に広がる。そんなにも俺が邪魔だったのか。昔は2人で遊ぶほど仲がよかったのに。


「そんなにも。俺が邪魔でしたか・・・。俺や父上を殺して玉座を奪うつもりでしたか?」

「・・・ああそうだ!!あれは俺の物だ!!天から選ばれし俺だけが座れるものだ!!」


 兄上が怒り狂ったような目でこちらを睨みつける。執着しているというより確信しているようだった。俺はかまをかけてみることにした。


「時戻り前も自分が玉座に座っていたからですか?今度もそうなるはずと確信していたのですか?」

「な、何故それを!?まさか・・・!!まさかお前もなのか!?」

「さあどうでしょうね・・・。」


 やはりそうだった。兄上も時戻りをしている。自分はほとんど寝たきりだったし、死ぬ前は父上はまだ元気だったので、何があったのかは知らない。だが恐らく自分と同じように父上を呪い殺し王位を奪ったのだろう。

そして自分が王として君臨していた時の満足感が忘れられないのだろう。


「時戻りは俺だけの・・・俺だけのものではなかったのか・・・?俺だけだけが選ばれた存在のはずじゃあ・・・。」

「兄上は決して特別じゃあありませんよ。でも納得いきました。アネットは時戻り前、貴方の妃だったんですね。だからあそこまで執着しているんですね。」

「おい!!何故お前がアネットを呼び捨てにしている!!あれは俺の物だ!!お前如きが手を出していい存在じゃない!!」


 兄上は半狂乱になって牢屋から俺に向かって必死に手を伸ばす。この牢の中では魔法が封じられているが、呪いの類は分からない。俺は後ろに下がって彼の手から距離を取る。


「残念ですね。先日アネットに告白をしました。好印象でしたので受けてもらえるでしょう。もうあなたの物ではありません。」

「貴様――――――――!!」


 牢屋を破らんかの勢いで、兄上が俺に掴みかかろうと手を伸ばす。だが、鉄格子に阻まれ、俺には届かない。


「さようなら兄上。もう会うことはないでしょう。王の座は私の物ですし、アネットは私の妻に迎えます。貴方はここで生涯を終えるのです。」

「ふざけるな!!そんなもの俺は認めない!!認めるものかーーーーーーーーー!!」


 兄上の叫びを背に俺は貴族牢から出た。これで種は蒔いた。後は警戒しておくだけだ。脱獄し、反乱を起こすのであれば捕まえて処刑する。何もしないのであれば、病で伏しているとして、生涯幽閉だ。願わくば、生涯幽閉であって欲しい。実の兄を手にかけたくはない。

 だが、俺も熱くなってしまった。本当であれば、時戻り前にアネットに唆されたのか、呪いの類を教わったのかを確認するつもりだった。しかし、アネットはもう兄上のものではないと主張したくなってしまった。自分もまだまだと反省する。ここはもうアネットに直接話を聞きくしかないだろう。俺は自室に戻り、アネットへの手紙をしたためた。

 手紙を使用人に手渡した後、俺は母上の元へ訪れた。母上は俺が元気な姿に驚き、俺が完治したと話すと泣きながら俺を抱きしめてくれた。母上も父上と同じく、様々な医者や薬を探してくれていた。しかし改善しないことに心を痛め、夜な夜な泣いていたという。

 それから2人で色々な話をした。好きな相手が出来た事。その相手が兄上が執着しているアネット・セレナーデであること。母上は驚いていたが、地位的にも問題ないし、応援すると言ってくれた。

 それから言いづらかったが、兄上の事も話した。兄上が呪いを使い、父上と俺を殺そうとしていた事。何も無ければこのまま生涯幽閉ですむが、もし反乱を起こすようであれば処刑するしかないと。

 母上は悲しそうにしていたが、俺や父上の思うとおりにしなさいと言った。母上は母親である前に王妃だった。残酷だが、不穏分子をそのままにしておけないのも理解しているのだろう。

 母上と語らった後は、自分の部屋へ戻った。深々と椅子に座り、ため息を吐く。自分が元気になったことで、すり寄ってくる者も増えるだろうし、命を狙われる可能性もあるだろう。王族として学ばなければいけない事も増える。気が重いことばかりだ。


「アネット・・・。会いたいな・・・。」


 俺は部屋で1人呟くのだった。


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