第50話 復活 ~イザーク・シルフィール視点~
俺は、文化祭でアネットと別れた後、その日はゆっくり眠った。翌日、体調がより良くなったのを実感しつつ、城の中を歩いていた。食事もしっかり食べたし、睡眠もしっかりとれた。俺が元気に歩いているのを見て、兵士達や使用人達が目を丸くしている。それもそのはず。俺は調子のいい日を除けばほとんど部屋で過ごしている。体調が悪い日はベッドから起き上がれないこともあった。そんな俺が生気に満ちた顔で城の中を歩いているのだ。夢でも見ているのかと思う人もいるだろう。
そして俺は父上の執務室の前に立つとノックをした。
「誰だ?」
「父上。私です。イザークです。」
「入れ。」
部屋に入ると父上1人だった。レグルスの件で対応に追われているのだろう。集中するためかもしれない。
「どうした。今日は体調が良さそうだな。」
「はい。その件に関して、良い話と悪い話とお願いが1つありこうして参りました。そこまで時間はとらせませんので、休憩がてらに話を聞いて頂けませんか。」
「・・・わかった。」
父上は、鈴で使用人を呼ぶと、紅茶と茶菓子を用意させた。そして部屋にあるソファに深々と座る。俺も向かいに座った。
「それで、どうした?」
「では、いいニュースから。このイザーク。体調完治しました。」
「なんだと!?」
父上が勢いよくソファから立ち上がる。まあ父上の驚きも無理はない。様々な医者を手配したが、皆匙をなげたのだった。原因不明の病気。病名も分からないのに確実に体調が悪くなっていく。それが治ったというのだ。
「本当です。こうして元気でいるのが証拠です。身体の重さも、辛さも一切なくなりました。なので、これからは父上の手伝いもできます。」
「本当に・・・。本当に大丈夫なのか?明日にはまた元に戻ったりしていないか・・・?」
「ご安心を。自信をもって言えます。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
「そうか・・・。よかった・・・。」
父上が再びソファに座り込み、目頭を抑える。隙間からは涙が見えた。本当に心配をかけてしまった。母上にも後で挨拶に行かねばならない。驚きで倒れるかもしれないから気を付けないと。
だが、重要なのはここからだ。俺は深呼吸をし、父上を見た。
「本当はこの喜びをもっと分かち合いたいのですが、申し訳ありません。悪いニュースがあります。父上。いったん喜びはしまい、国王としてお聞きください。」
「わかった。悪いニュースだな。」
父上は涙を引っ込め、俺を見据える。父上の尊敬すべきところはここだ。公私を完全に分けられる。俺もこのようになりたいものだ。俺は深呼吸をすると、口を開いた。
「私を蝕んでいたものは、病などではありません。呪いでした。」
「呪いだと!だが、この国で呪いは禁止したはず・・・。そう簡単にかけられるはずが・・・。」
「そこです。思い出してください。私に警戒されずに近づけて、呪いをかけられることが出来る人物。かつ父上と私を忌々しく思っている人物といえば・・・」
「イザークか!!」
父上の手が怒りで震える。今にも暴れたいのを必死に堪えている状態だ。だが俺も同じだ。まさか実の兄から呪われるとは思ってもいなかった。だが、確信はある。
誰にも話してはいないが、俺は時戻りをしている。時戻る前も俺は病で伏していた。もう後がないという時に、兄が俺の見舞いに来たのだが、その時俺を見て邪悪な笑みをうかべていたのをよく覚えている。そして俺は何もできずに死んだ。しかし死んだと思ったら時が戻っていた。
最初は意味が解らなかったが、すぐにこれはチャンスだと思った。しかし、無情にも病がかかった後に戻ったのだ。それならばまだ元気なうちに動こうと、辛い体に鞭打って、城を抜け出して情報収集をしていた。しかし、成果をあげられず焦っていた時にアネットに会えた。彼女のおかげで俺は自分を取り戻すことができたのだ。
「あの愚か者は・・・。そこまでして国王の座が欲しいのか・・・。」
「欲しいというより、自分の物だと確信しているのでしょう。なぜ確信できているのかは分かりませんが・・・。」
「まあいい。あいつは一昨日問題を起こした。元より廃嫡し、平民に落とすつもりだった。これ以上庇えなかったし、それを聞いて庇う必要もなくなった。ちょうどいい。処刑に変更するか。」
「いえ。今すぐ処刑に変更するのはやりすぎでしょう。母上も納得されないはずです。それに平民に落としたとしても、呪いの力を悪用されては危険です。」
「ではどうする。幽閉するのか・・・。」
「表面上は幽閉にしましょう。兄上のことです。我慢できずに行動を起こすでしょう。そこを捕えるのです。」
「何か策はあるのか?」
「はい。」
そこで俺は自分の策を父上に伝えた。父上は俺の話を聞いて満足したように頷く。
「うむ。それでいくとしよう。何もしないのであれば廃嫡し生涯幽閉。何かしでかすのであれば・・・。」
「ええ。悲しい事ですが、致し方ないことかと。」
俺と父上は互いを見て頷きあう。実の兄を殺したくはないので、生涯幽閉されていてほしい。しかし、兄上の権力の執着度合いは異常だ。確実に問題をおこすだろう。
「話は分かった。それで最後のお願いとは何だ。」
「はい。兄上が廃嫡されるとあれば、私が王太子になるのでしょう。そこは構いません。ですが、1つお願いがあります。」
「なんだ。まさかお前も早く引退しろというのではあるまいな。」
「それこそまさかです。私は国を継ぐつもりなどなかったのですから。むしろ国王にならなくていいのであればなりたくありません。」
「ではなんだ?」
「私の願いは1つだけ。結婚相手だけは自分で決めさせていただきたい。」
「ふむ・・・。意中の相手がいるのか?お前が時々抜け出していたのは知っていたが、余命も短いと思って好きにさせていた。まさか身体の関係を持ったとは言わぬよな?」
「勿論。現在アプローチ中です。清い関係ですし、相手は侯爵家の娘です。家柄としても問題ないかと。」
父上は安堵したようにため息をついた。だが、何か引っかかったのだろう。慌てたように口を開いた。
「待て。侯爵家だと?まさかとは思うが、アネット・セレナーデ嬢とは言うまいな?」
「ご存じでしたか。まあ兄上が執着していましたし、当然ですか。はい。彼女です。現在身分を明かした上で彼女に告白し、返事を待っている状態です。」
父上は天を見上げるように天井を見上げ、額に手を当てた。俺はその行動に疑問を覚える。何か問題があるのだろうか?地位も人格も問題ないはずだが・・・。
「またあの娘か・・・。あの娘は何か?王族を誑かす魅了魔法でも使っているのか?」
「彼女を貶めるのは止めてください。そもそも俺の呪いを解いてくれたのは彼女です。」
「なんだと?その娘は解呪を行えるのか?」
俺は頷く。それから彼女とのいきさつを話した。城下街で偶然出会った事。その時は身分を明かさず2人で遊んだ事。そして、昨日学園で再会したこと。彼女の解呪によって身体が回復したこと。最後には身分を明かし、告白したこと。
「・・・以上が彼女との経緯です。彼女は私が第2王子であることに驚いていました。さすがに疑うのは無理があるかと。」
「解呪が使えるということは回復魔法も使えると思って良いか。それであれば王家に取り込むメリットは大きいが・・・。」
「その通りです。政治的価値も大きいと言えるかと。」
俺は父上の言葉に頷く。この国に回復魔法の使い手は少ない。しかも解呪が出来るとなると、引っ張りだこだろう。その前に王家に取り込むのは有益だ。魔法はイメージの世界のため、血統で魔法の属性の得意不得意が決まるわけではないが、実際の使い手がイメージを教えることで後進の育成を狙える。
父上は俺の話を聞いて深いため息をついた。そして鋭い目でこちらを見た。賛成してもらえると思っていたため、俺はうろたえる。
「そうとも言えない。いいか。冷静に事実だけを見て見ろ。レグルスは以前からセレナーデ嬢を知っていた。それであればセレナーデ嬢もレグルスを知っていた可能性がある。私達が知らない時に2人は出会っていた。そこでレグルスを唆し、あいつが、国王になるのが当然だと言葉で洗脳した。そしてお前に呪いをかけることを示唆した。どうだ?それなら辻褄はあう。セレナーデ嬢は小さいことだからその事を忘れていた、もしくはレグルスを切り捨てたと考えれば納得がいくだろう。呪いの解呪ができたのも、お前と運命の出会いを演出するために、事前に訓練していたのではないか?」
「それは・・・。」
「好きな人を疑うのが難しいのは分かる。だが、事実だけを見ろ。どうしてレグルスはあそこまで権力に固執している?どうやって呪いの使い方を学んだ?お前の事は本当に知らなかったのか?」
「・・・。」
俺は反論することが出来なかった。あの性格の変わりようから見て、兄上も時戻りしている可能性がある。時戻る前にアネットに色々教わり吹き込まれていたのであれば?そして今のアネットが時戻りしていないのであれば・・・。そうであれば辻褄があう。合ってしまう。
彼女の本当の性格は?実は彼女も時戻りしているのか?彼女の笑顔は嘘だったのか?実は王家に入り込むために裏で色々企んでいたのか?様々な疑問が頭をよぎる。そして思い浮かぶ彼女の笑顔が邪悪な顔に歪む。だが俺は、自分の指を噛んで余計な思考を放棄する。たとえ愚かと言われようと俺は彼女を信じたい。初めて声をかけてくれた彼女、そして2人で遊んだ時の彼女を信じたい。
俺は父上の目をまっすぐ見た。
「そうかもしれません。それでも・・・俺は彼女を信じたい。例え王族の立場を捨てるとしても、彼女と一緒になりたいです。」
「・・・気軽に王族の立場を捨てるなどというな。こちらでも色々彼女について調べてみる。だが、一言だけ言わせてもらう。疑え。この国で騙し合いは基本だ。それに他人を疑うことは悪い事ではない。他人を疑って疑いぬいて、それでも信じられると思ったのなら信じればいい。」
「わかりました・・・。」
「それにまだ彼女から返事を貰っていないのだろう。貰ってからにしろ。だが、彼女を娶りたくても、簡単にはいかないと思え。私からの疑いもあるし、レグルスの件で王族は彼女の両親から恨みを買っている。認められない可能性もあるだろう。前途多難だな。」
「はい。」
俺は力強く頷く。俺は彼女を信じたい。そのために彼女と会って彼女の事をもっと知らなければ。そう決意を新たにした時、父上がポツリと呟いた。
「だが、まあ父親としては・・・。せっかく元気になれたのだから、好きな相手と一緒になってほしいと思うがな。国王としては失格だが。」
「・・・ありがとうございます。父上。まずは計画通り兄上のところへ。失礼します。」
「ああ。上手くやれよ。それとそれが終わったら母親のところへ顔をだしてやれ。」
「はい。」
そう言って俺は父上の部屋から退出した。確かに考えたことがなかった。アネットが全ての黒幕だという線を。その線を捨ててはいけない。だが先ずは兄上だ。俺は兄上をたきつけるために兄上が軟禁されている貴族牢へとむかった。
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