第43話 カーラ先生の本音
「カーラ先生。この資料はここに置けばいいですか?」
「ああ。頼むよ。」
学園祭が近づくにつれ、忙しさは増していった。皆色々な作業をしているが、アネットは最近カーラ先生の下で動いていることが多い。アネットがカーラ先生の色気に惑わされないのもあるだろう。彼女自身、自分の恋愛事情でそれどころではないのもあるが。
手伝いが一段落したところでカーラ先生がアネットに紅茶と茶菓子を御馳走してくれた。
「皆には内緒だよ。」
「ありがとうございます。・・・美味しい。」
「そうかい。それは良かった。」
アネットは嬉しそうにお茶菓子を食べる。それをカーラ先生は微笑んで見ていた。
「そういえば、クラーク令嬢との関係は良好かい?最初に会ったときに気にしていただろう。」
「はい。ご心配して頂きありがとうございます。もう大丈夫です。」
アネットは微笑んで頭をさげる。クラーク令嬢こと花恋はもうこちらを見てくることはなくなった。彼女も転生者だったが、同じ転生者の私が表にでてこないので興味を失ったのだろう。アネットは寂しがっていたが、これでいい。
「そうか。それはよかった。彼女がまた君に害をなすのであれば教師として彼女を止めなければいけなかったからね。」
「それは大丈夫です。彼女はもう私に興味がありませんから。なにもしてこないと思います。」
「彼女は再びレグルス殿下の婚約者におさまろうとするのかな?」
「それもないかと・・・。あのレグルス殿下の様子では婚約者になりたがる方はかなり稀かと思います。」
「それもそうか。じゃあ君の平穏は守られそうなのかな。」
「はい。おかげさまで。」
私はアネットの鈍さに頭が痛くなってきた。苛立ちながら彼女に話しかける。
(アネット・・・。なんでそんなにのんびり話しているのよ。この先生。さらっと時戻り前の話を前提に話をしているのよ。時戻り前の記憶を持っているの確定じゃない。)
(あ!!)
アネットは言われて初めて気づいたようで、あからさまに動揺している。カーラ先生はいきなり震え始めたアネットを見て不思議そうに首をかしげる。
「どうしたんだい?紅茶が濃すぎたかな?」
「いいえ。・・・先生。」
「なんだい?」
「先生は・・・時戻り前の記憶を持っていらっしゃるのですか?」
アネットの言葉に、彼はアネットが震えている理由に納得がいったのだろう。優しく微笑んだ。
「時戻りの前というのは、君がレグルス殿下と結婚したが、幽閉され、最後には処刑された時代のことかな。」
「!!」
アネットは息をのむ。やはり攻略対象は記憶をほぼ受け継いでいるというのは確定といって間違いないだろう。だが、この段階でその話をする意味が分からない。私は警戒態勢をとる。
(アネット!!何か変な気配がしたら強制的に切り替わるからね!!)
(は・・・はい。)
「先生の目的は・・・何ですか?」
「目的?何のことだい?」
言っている意味が本当に分からないのか、彼は首をかしげる。その様子に敵意は全く感じられない。
「いきなり時戻り前の話をしだすので、何か狙いがあるのかと・・・。」
「いや別に。ただ教師として心配しただけだよ。君にも記憶が残っているのは初めて会ったときにすぐわかった。入学前に侯爵家の娘と男爵家の娘に接点などあるはずがないからね。再び君達がレグルス殿下を巡って争うなら止めなければと思っていたが・・・。どうやらその様子もなさそうだしね。安心したよ。」
「どうして・・・。私を気に掛けてくれるのですか?」
「簡単さ。教師だからだよ。」
「え・・・。」
「僕が君を救うなんて言うつもりはないさ。ただせっかく時が戻ったんだ。今度こそ楽しく過ごして欲しいと思うのは教師として自然の事だろう?」
(本心のようね・・・。)
私は警戒態勢を解除した。どうやら本心でこちらを気にかけてくれていたようだ。アネットも安心したのだろう。カーラ先生に向かって微笑んだ。
「ありがとうございます。おかげさまで、今は毎日が楽しいです。レグルス殿下が私に接触してこようとしてくるのが大変ですが・・・。とりあえず今のところは大きな問題はありません。」
「そっか。それならよかった。レグルス殿下についてはまあ気をつけなさいとしか言いようがない。あの手の輩は追いつめられると何をするか分からないからね。油断しないように。」
「はい。」
(本当にね・・・。)
レグルス殿下は隙があればこちらに関ろうとしてくる。特にジネット達との話が回ってからそれが顕著になっている。婚約される前に呪いをかけたいと焦っているのだろう。だがこちらとしてもいい加減面倒だ。対策を考えなければいけない。場合によってはレグルス殿下を廃嫡させて、イザーク殿下を王太子にするように動かなければいけないだろう。
イザーク殿下は病気で伏していると聞いているが、それをこっそり治したりはできないだろうか。
「あの・・・カーラ先生は時が戻ったから何かやりたいことはないのですか。」
「うん?特にないよ。」
「そうなんですか・・・。」
「僕は自分の人生に満足していたし、やり直したとしても大きく変えたいとは思わない。時が戻る前と同じように、生徒達を見守り、送り出す。それだけだよ。まあ少しはスパイスが欲しいと思って、前回はやらなかった生徒会の窓口担当に立候補したけどね。」
「そうなんですね・・・。」
「覚えておいて。人生は基本一度きりだ。これが当たり前とは思わず、感謝して生きなさい。特に君は新たな出会いがたくさんあったのだろう。」
「はい・・・。」
「私から君に送るのは一言だけだよ。今度こそ幸せになりなさい。私も含め、君が幸せになることを望んでいる人はたくさんいるのだから。」
「ありがとう・・・ございます・・・。」
アネットの瞳から涙がこぼれる。改めて自分が愛されていると知ったのだろう。そう。アネットに幸せになって欲しいという人はたくさんいるのだ。勿論私も。彼女はハッピーエンドを迎えなければいけない。バッドエンドはもうたくさんだ。
カーラ先生はアネットにハンカチを差し出す。そしてなにか思い出したかのように手を叩いた。
「そうだ。私もやってみたいことは1つあったな。」
「え?なんですか?私に手伝えることであればお手伝いしますよ!!」
「本当かい!!それは助かるなあ。君にしかできないかもしれない。」
「私で良ければ喜んで!!なんでしょう!!」
アネットは力になれるのが嬉しいのか力強く頷く。カーラ先生はそれを見て悪戯っぽく笑った。
「恋だよ。」
「・・・はい?」
「だから恋。恋愛だよ。いやあ、時戻り前は誰かと恋愛するとか考えたことがなくてね。せっかく若い体に戻ったのだから恋愛してみたいじゃないか。」
「え・・・あの・・・。」
「セレナーデ君が手伝ってくれるのなら嬉しいなあ。言い寄られているみたいだけど、まだ婚約はしていないのだろう?僕はどうだい?中々の良物件だよ?」
「え・・・あの・・・冗談・・・ですよね?」
「大真面目さ。」
そう言いつつも、カーラ先生は満面の笑みを浮かべている。アネットは彼が本気だと思ったようでかなり焦っている。顔も真っ赤だ。
「ええ・・・と。私は既に複数の方から告白をされていまして・・・。私としてもそれに応えず先生とお付き合いするのはちょっと・・・。私も気になる殿方もいますし。」
「でも見極めるから待っててと言っているんだろう。そこで新たに気になる殿方ができたのでそちらにしますというのもありじゃないかな!?」
「いやいやいやいや。」
カーラ先生は完全に遊んでいる。アネットは最近色恋でドタバタしたので全然耐性ができていない。これは久々に助け舟を出した方がいいか。私はため息をついてアネットにっ話しかけた。
(アネット・・・。替わる?貴方この手の話に耐性がないでしょ。このまま、押し切られて婚約させられたらたまったものじゃないわよ。)
(ごめんなさい!!今回はお願いしますううううううううう。)
(はあ・・・。)
アネットの叫びに私は再びため息をつき、久々に表に出ることにした。替わって早々、カーラ先生を呆れた目で見る。
「先生。揶揄いも行き過ぎると事案になりますよ。ほどほどにしてください。」
「嫌だなあ。先生は大まじめだよ。」
「その割に先生は本気に見えません。まるで他に本命がいるのにその相手を必死に諦めようとしているみたいです。」
「!!」
私の言葉にカーラ先生は固まる。そう。彼には本命がいるのだ。だが本命の相手は別の相手と婚約している。彼のルートでは、彼に会い続けて仲良くなった後、自分をアピールし、本命の彼女を諦めさせて、自分を選んでもらわなければいけない。中々大変なのだ。好感度が足らないと、結婚しても表面上の夫婦で終わるエンドとなってしまう。
カーラ先生は急に真顔になり、ため息をついた。
「・・・そんなに僕は分かり易いかな。」
「いえ。私以外は気付いていないと思いますよ。私は最近恋愛関係でドタバタしていますから恋愛関係には敏感なんです。先生は私を通して別の誰かを見ている気がしたので。」
「参ったなあ・・・。降参だよ。」
カーラ先生は降参を表すかのように手を上にあげる。私はため息をついてお茶菓子を手に取った。
「差し出がましいことですが、先生こそ時戻りのチャンスを活かすべきでは?婚約していようと、内に秘めるよりは、消化したほうが健全だと思います。」
「まあ・・・そうだよね。」
「そこで耳よりの情報を・・・。」
そう言って私はあることをカーラ先生に話した。本命の相手に関する情報だ。カーラ先生を選ばないルートでは、カーラ先生がこの話を知るか否かで、本命の相手と結ばれるかが決まる。私の話しを聞いた途端、カーラ先生の顔色が変わった。
「それは・・・本当かい?」
「信じるか否かはお任せします。というか裏取りはした方がいいでしょう。動くならその後かと。」
「やれやれ・・・。これは一本取られたな。お礼を言うべきかな?」
「いえいえ。気にかけていただいただけで充分です。ではそろそろ続きをやりましょうか。ちょっとのんびりし過ぎました。」
「そうだね。ねえ・・・。」
「何でしょう。」
「教師の立場から言わせてもらうと、君も・・・幸せにならなきゃだめだからね。」
「・・・努力します。」
それからは、2人で続きを始めた。かなり休憩してしまったので、終わるのが遅くなってしまい、帰りが遅くなったのは別の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます