第36話 孤独 〜 キャリー・クラーク視点 〜

「お母様。只今戻りました。」

「お帰りなさい。学校には慣れましたか?」

「はい。問題ありません。」

「そう。良かったわ。」


 母に挨拶して自分の部屋に戻る。父は仕事だ。男爵家である我が家は、使用人は最低限しか雇っていない。だから着替えなどは全部自分で行う。私は制服を脱ぎ、着替えを取り出しながら、ポツリと呟いた。


「アネット・セレナーデ・・・か。」


 私と同じく転生者。違うのは転生した魂と元の魂が1つの体に同居している事だ。本来であればありえない。神と呼ばれる者の仕業だろう。

 そう。私はそのような存在に会ったことがある。彼女には話さなかったが、死後、謎の空間でその存在と対面したのだ。

 私は、大学2年生の時、トラックに轢かれて死んだ。一瞬の出来事だったからおそらくとしか言えないが。歩いていたら目の前にトラックが交差点を曲がってきてこちらに突っ込んできた。ぶつかると思った次の瞬間、私は謎の空間にいた。痛みはなかった。おそらく即死だったのだろう。

 周りを見ると真っ白い空間だった。先が見えない真っ白な空間。そこには何もなかった。歩いてもしょうがないと思い、座り込む。これからどうすればいいのだろうと思ったら声が聞こえた。


「人の子よ。お前は運が良い。俺の目に留まるのだからな。」

「・・・貴方誰?」

「私は・・・そうだな。お前の世界で言うところの神に近い存在だ。」

「神ねえ・・・。姿を見せずに神様と言われても・・・。」


 私はそう言ってため息をつく。声が聞こえるだけで姿は見えない。しかも偉そうだ。こちとら、死んだショックもあるというのに。


「人ごときが吠えるな。お前は既に死んだ人間。それなのに、この世界に招かれただけでも幸運だと思え。」

「はあ・・・。アリガトウゴザイマス。」


 思わずカタコトの言葉で返してしまったが、向こうは満足したようだ。


「それでよい。さて、貴様に祝福を与えてやろう。別の世界に魂が死んだ肉体があってな。その身体に転生を」

「いらないです。」

「・・・何?」

「そんなことしなくていいので、元いた世界に帰してください。」


 そう。そんなものはいらない。それならば生き返らせてほしい。まだ花の大学生。やりたいことがいっぱいあった。家族や友達もいた。別れも告げられていない。今頃は悲しんでいるだろう。だが、返ってきた言葉は残酷だった。


「無理だ。1度死んだ人間を蘇らせる事はできない。お前に出来ることは、このまま無となって消えるか、別の身体に転生するかだ。」

「・・・何故私なんですか?」

「偶然だ。転生させる者は誰でもいいのだがな。基本的に悲惨な死を遂げたものを選ぶ。まあお前はギリギリだが合格だ。」

「ギリギリ・・・って。」


 ふざけるなと怒鳴りたい。だが怒ってもどうしようもない。無気力感が私を包んだ。もうどうあっても元の世界には帰れないのだ。


「それでどうする。もし拒否するのであれば、別の魂を探しに行かねばならぬ。早く決めろ。」

「転生しますよ。転生します。」

「そうか。ならお前を転生させる。感謝しろよ。」

「ちなみに転生ボーナスとかあったりします?」


 どうせ転生するのならチートで私つええとか、好き放題したい。せっかく転生するのなら楽しく生きていきたい。


「そんなものはない。強いて言うなら今の記憶を持ったままで転生できることだ。ああ。言葉は通じるようにしてやる。変なものを与えるとバランスが崩れるからな。」

「ちぇっ・・・。ケチ。」

「何か言ったか?」

「いいえ。」

「それでは転生させる。ああ。転生先の人間の名前だけ教えておいてやろう・・・。」


 そうして私はキャリー・クラーク男爵令嬢として転生した。ただし、12歳の年齢でだ。当然12歳までの彼女の記憶などない。しかも言葉は通じるが、文字は読めない。彼女の両親は私に記憶がなく、文字やマナーができないことに大慌てだった。悪いが私もだ。小さい頃からの転生なら父・母と懐くかもしれない。しかし12歳に、はい2人が両親ですと言われてもピンとくるわけではない。しかも前世の記憶もあるから本当の両親の記憶もあるのだ。だから今になっても、この世界の両親とは距離を置いていた。

 転生してからの生活も地獄だった。文字も読めないし、男爵令嬢としてのマナーもできない。そのため文字とマナーを叩き込まれた。貴族は12歳から学園に通うようで、それらができないと家の面目が丸つぶれらしい。

 必死に文字とマナーを覚えて、学園に通い始めると、学園には見覚えのある人達がいた。記憶をたどると、それがゲームのキャラクターだったことを思い出した。私はこのゲームをそれなりにやっていたので、キャラクターやルートも覚えていた。そして主人公であるアネット・セレナーデのライバルポジションである令嬢が、私ことキャリー・クラークであることを思い出した。ゲームでは、アネットが好きになったキャラクターを奪おうとするのだが、私にそんなつもりはない。相手は公爵令嬢だ。下手なことをして殺されたくない。

 日々を平穏に過ごすために、私はアネットを観察し続けた。攻略キャラがいた場合、そのキャラとの関係を邪魔しないためだ。だが、観察し続けても誰のルートをいこうとしているのかさっぱりわからなかった。というか、攻略キャラを含め皆がゲームとは全く違う行動をとっている。

 

 「レグルス殿下は何故か謹慎処分になっているし、ジネット、アネット、それにランロットまでもが生徒会にいるなんて意味わかんない。カーラ先生も生徒会に関わっているし。ここ本当にゲームの世界なの?」


 私は1人呟くが誰も答えてくれない。もう無視して行動しようと思ったが、ゲームではない行動をとっている場合、攻略キャラじゃない人を好きになる可能性だってある。それが私の気になっている人と被るものなら目も当てられない。

 そんな時に気づいた。わからなければ聞けばいいのだと。そしてもう1つの可能性に気づいた。彼女も転生者かもしれない。神らしき者は転生者が1人とは言っていなかった。だから日本の話題をだしてみようと考えた。違ったら謝ればいいのだ。今はまだ面識がないのだから。現時点で嫌われている可能性は低いはず。


「そうしたら彼女が転生者で、しかも1つの身体に2つの魂が入っているなんて・・・ね。」


 私は着替えた状態でベッドに倒れ込んだ。清掃などは使用人がやってくれるため快適に暮らせている。そんな中思考を戻した。

 予想通り、アネットは転生者だった。いや、正確には転生者の魂が存在していた。ただ、元の魂も存在しているとは思っていなかった。転生者の小説や漫画などを読んだことはあるが、そんなジャンルはあっただろうか。

 しかも2人は喧嘩もせず共生しているようだ。しかも転生者、望はアネットを幸せにするためだけに生きているようだ。彼女が表にでてくることもほぼないらしい。

 正直言ってありえない。神らしき者が言うのが本当ならば、転生者は悲惨な死を遂げたもののはずだ。なら彼女も転生したのなら自分の幸せを願うはず。それなのに自分ではなく他人の幸せのみを考えるとは。

 考えてみてほしい。表に出ないということは、何もできないということだ。言うなれば、映画館で身体を拘束され、映画を見させられているようなものだ。自分は物語にほとんど干渉できない。実際の生活は知らないが、かなり苦痛のはずだ。それを支える原動力とは一体何なんだろう。自己満足と言っていたが・・・。


「やめやめ!!考えても仕方ない!!私は自分の身体を手に入れたんだから、幸せを追い求めないと!!」


 私はベッドから飛び降りて、部屋を出る。そろそろ夕飯の時間のだ。この家で1番楽しみの時間だ。望はそれすら感じることができない。それを想像するとゾッとする。彼女と日本の話ができないのは悲しいが、下手につついて敵扱いされたくない。ほおっておくのが吉だ。それよりもいい相手を見つけて早々に婚約することだ。ゲームではライバルキャラだったからか、顔は悪くない。気まずいまま親子関係を続けるよりは、さっさと結婚して家をでていったほうがいい。


「よし!!頑張ろ!!」


 私は気合を入れ、夕食に向かうのだった。

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