第35話 日本
「貴方・・・。”日本”という言葉に聞き覚えはありますか?」
(!!)
「”ニホン”・・・。ですか?」
「ええ。」
クラーク令嬢はアネットを見てニッコリと笑う。だが、目は鋭くこちらの動きを見逃すまいとしている。私はようやく納得がいった。全てのピースがつながった。こちらをずっと観察してきた理由、好きな人をいきなり聞いてきた理由、そしてまるで別人のような性格。彼女も私と同じだったのだ。
「申し訳ありません。”ニホン”というのは聞いたことはなくて・・・。」
「本当に?」
「え、ええ・・・。」
アネットは急に雰囲気の替わったクラーク令嬢に気圧される。当然だ。アネットは本当に日本を知らない。知るわけがない。アネットは時戻りではあるが、転生者ではないのだから。
(アネット。申し訳ないんだけど私に替わってくれない?)
(え?どうしたんですか急に。)
(その日本っていうの。私の元いた世界の話なの。)
(!!・・・わかりました)
アネットは頷き私と替わってくれた。クラーク令嬢は、アネットが何も知らないのがわかったのだろう。あからさまに肩をおとし、ため息をついた。
「そう・・・ですか。もしかしたらと思っていましたが、違いましたか。失礼しました。質問は以上・・・」
「待ってください。ここからは私が回答します。」
「?」
「今度は私から質問させていただいても?」
「え・・・ええ。」
立ち上がろうとしたクラーク令嬢を静止する。今度はこちらが質問する番だ。急に雰囲気が変わったように感じたらしく彼女は動揺している。私は話を聞かれないために、テラス席の周りに音の結界を張った。声は空気の振動だ。振動を外に出さないようにすれば外に会話がもれることはない。こういう時に魔法が自由に使える生徒会委員で良かったと思う。結界が張れたのを確認すると、私は話を進めるために口を開いた。
「クラーク令嬢。貴方は転生者ですね。」
「!!」
クラーク令嬢はぎょっとした顔でこちらを見る。そしてその後慌てて周りを見る。私は安心させるようにニッコリと笑った。
「ご安心を。音を遮断させる結界を張りました。これで声は漏れません。好きに話して大丈夫ですよ。」
「確かに・・・。周りの声が聞こえなくなりました。しかし、転生者という言葉を知っているということはやはり貴方は・・・。」
「それがちょっと事情が複雑なんですよね。お互い知りたいことがあるでしょう。まずはゆっくりと話しましょう。」
クラーク令嬢はコクリと頷くと座り直した。だが、突然態度が変わった私に少し怯えが見える。ここは私がリードしたほうがいいだろう。
「まず、面倒だからタメ口でいきましょう。音漏れないし。私は佐々木望。詳細な年齢は省くけど、成人していたわ。日本に住んでた。貴方は?」
「わ、私は本間花恋。大学2年生だった。同じく日本に住んでた。じゃあやっぱり貴方も転生者?」
「私は・・・ね。そうと言えるわね。」
「?ま、まあいいや。よかった〜。半年前いきなりこの世界に放り込まれて不安だったの。」
「どうして私が同郷だと思ったの?」
「いや、これってあれでしょ。ゲームの世界でしょ。それなのに貴方ゲームと動きが全然違うし、攻略キャラの動きも全然違うし。意味がわからないから誰かが転生者でしょって思ってた。だから1番疑わしい貴方をずっと見てたんだけど、全然わからなくて・・・。」
「貴方ね・・・。とりあえず、ずっと観察するのはやめなさい。怖いから。」
「だってこの身体ってあれでしょ?攻略を邪魔するキャラじゃん。迂闊に話しかけたら警戒されると思ったし。」
「急に現れてずっと話しかけずにこちらを見てくるのも怖かったわよ。」
「えへへ・・・。」
クラーク令嬢こと花恋は恥ずかしそうに笑う。こっちが本来の彼女のようだ。人懐っこい性格のように見える。この世界に溶け込むために必死に取り繕ってきたのだろう。
「それにしても貴方、ザク狙いなんだ。ザクってあれでしょ?確か・・・。」
「ストーップ!!それ以上は止めて。」
「え?なんで?原作プレイ済みでしょう?だったら話しても問題ない気が・・・。」
「最初に言ったでしょう。少々複雑だと。一言で言うと、この身体にはアネット・セレナーデと佐々木望、2人が共存しているの。」
「え!?なにそれ。どういうこと?」
花恋が不思議そうに首を傾げる。私は彼女にこれまでの事情を説明した。死んだと思ったら、不思議な場所にいた事。そしてそこでアネット・セレナーデと出会った事。アネットが時戻りをしていること。2人の魂を1つの身体に共存させろと叫んだらうまくいったこと。それからはアネットを幸せにするために行動していること。
「なにそれ・・・。信じられない。」
「でしょうね。私も話していて信じられないわ。花恋の方は?クラーク令嬢の魂はいないの?」
「いないわよ。私はトラックが目の前に突っ込んできて、気がついたらクラークとして目覚めたわ。目覚めたのも入学半年前だし。」
「なるほど。アネットが時を戻ったのと時期は被るのね。そして入学を遅らせた理由もいきなり目覚めたからなのね。」
「そう。今の両親もびっくりしていたわよ。高熱でうなされて、ようやく目覚めたと思ったら、文字が読めなくなっているし、マナーもできなくなっているんだもの。慌てて叩き込まれたわ。まあ中身が別人なのは言っていないんだけど。」
「懸命ね。頭がおかしくなったと思われるのがおちだわ。それにしても頑張ったのね。すごいわ。」
私が褒めると花恋は涙を浮かべた。よっぽど辛かったのだろう。私は文字に関してはアネットに教えてもらったし、表に出ることはほぼないから、マナーなどはやっていない。だいぶ気楽なのだ。
「本当に辛かった〜!!よかった。そういうの話せる人がいて!!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど。そうは言っても私が貴方と話すのはおそらく今回が最後よ。」
「え?なんで。」
「私はあくまでアネットを幸せにするために行動しているの。だから私が表に出ることはほぼないわ。今回は日本というワードがでたから確認するために出てきたの。クラーク令嬢が敵なのかどうかをね。」
「・・・なにそれ。意味わかんない。」
「ただの自己満足よ。それ以上でも以下でもないわ。」
「なおさら意味わからないんだけど。」
花恋は不機嫌そうに呟く。だが事実だ。私の目的はアネットを幸せにすること。花恋の事は二の次なのだ。だから変に仲間意識を持たれても困る。私がちょくちょく前にでると、アネットは生活ができない。
「ごめんなさいね。私にとってはアネットを幸せにすることだけで精一杯なの。だから確認させて。花恋はアネットと敵対する気はある?あるならば私は貴方を排除しなければいけない。」
「するつもりなんかないわよ。・・・気に食わないけど、別に敵対する気なんかない。私も日々の生活で精一杯だし。好きにすればいいわ。」
「そう。よかった。」
敵対する気がないと聞いて私はホッとした。クラーク令嬢の魂が存在しないのであれば、アネットも必要以上に花恋に怯えなくてすむ。敵対する人は少ないほうがいい。不安材料が1つ消えたのは良かった。
「その代わりお願いが1つだけあるの。」
「・・・なにかしら。」
「本当にたまにでいいから、私と喋って。本当に辛いときだけでいいから。日本の話しをできる人がいないのは淋しいの。」
「・・・本当にたまにね。半年とか1年に1回ぐらいよ。」
(ノゾミさん。私は別に・・・。)
(駄目よ。それだと花恋は私に依存してしまうわ。それでは駄目なのよ。)
(・・・・。)
花恋には悪いが、ここは突き放さないといけない。ここで受け入れると花恋はアネットではなく私と会いにきてしまう。するとアネットは邪魔者だ。アネットを排除しようとしかねない。可能性の芽は潰しておくにこしたことはない。
「もういいわね。アネットに替わるわ。お迎えも来たようだしね。」
「お迎え?」
私は喫茶店の入口を指差す。そこにはジネットがいた。アネットを探しているのだろう。喫茶店の中を見回している。そして私を見つけるとまっすぐにこちらに近づいてきた。
私は魔法を解除し、アネットと交替した。
「アネット嬢。」
「ジネットさん。」
「その・・・大丈夫か?」
ジネットは花恋をチラチラ見ている。彼女はため息をつくと立ち上がった。
「長話をしてしまってごめんなさいね。お話は終わりましたわ。セレナーデさん。」
「はい。あ、アネットで構いません。」
「そう。なら私もキャリーでいいわ。アネットさん。最後に1つだけいいかしら。」
「はい。なんでしょうか。」
「貴方は今幸せなのかもしれない。もしくは幸せに向かって進んでいるのかもしれない。だけど、貴方のしていることは・・・ひどく残酷よ。」
「残酷・・・ですか?」
「自覚がないのね。余計にたちが悪いわ。ノゾミさんとは仲良くしたいと思っている。だけど貴方とは絶対に相容れることはない。話した通り敵対はしないけど、これからはお互いの道を行きましょう。」
「え・・・どうして。」
「自分で気がつかなければ意味がないわ。失礼。」
そういうと、花恋は立ち去ろうと歩き出した。だが数歩歩くとジネットの隣で立ち止まる。
そしてジネットをじっと見つめる。ジネットも警戒しているのだろう。花恋を見つめる。
「ローレルさん。これは八つ当たりなのだけど。」
「八つ当たり?何だ一体。」
「貴方当主になりたいんですわよね?」
「!!・・・どこで聞いた?アネット嬢が話したのか?」
「そんな事彼女が話すわけないじゃないですか。独自の伝手で入手した情報ですわ。」
「・・・そうだが。それがどうした。何か文句でも?」
「いえ文句などありませんわ。ただ・・・。何故当主になりたいのかと。」
「何?」
「ですから何のために当主になりたいのですか?」
「そ・・・それは。」
予想外の質問だったのか、ジネットは答えられずに固まる。花恋も何も言わずにただジネットを見つめる。この問いは本来アネットの役割だ。彼のルートに入るとアネットが彼にこの質問を投げかける。何のために当主になりたいのかと。それでジネットは自分のことを見つめ直し、当主にこだわらなくて良いと気づくことができる。そしてそれに気づかせてくれたアネットに好意を抱くのだ。そこから2人の仲は進展していき、最終的にジネットがセレナーデ家に婿入りするエンドとなる。
(花恋。またぶち込んだわね。アネットの役割を奪うなんて。ジネットが好きというわけではないんだろうけど。八つ当たり・・・か。)
「失礼。部外者の私が聞いていい質問ではありませんでしたわね。ただ、当主になるのが目的では、なった後、後悔するかもしれませんよとだけ。」
「お・・・俺は。」
「それではご機嫌よう。」
そう言って2人にカーテシーをして花恋は去っていった。綺麗なカーテシーだった。あそこまでできるのに相当な努力をしたのだろう。花恋を再び孤独にしてしまった申し訳なさもある。だが、私はアネットを幸せにすると決めたのだ。その意地は曲げずに突き通す。
アネットはジネットに近づくと心配そうに彼を覗き込んだ。彼の顔は真っ青になっている。
「ジネットさん。大丈夫ですか?」
「あ・・・ああ。すまない。アネット嬢こそ大丈夫か?遅いから心配していたんだ。」
「ありがとうございます。大丈夫です。クラーク令嬢はもう私に関わらないと思います。時戻り前の記憶は持っていませんでしたが、色々あったようなので・・・。」
「そうか・・・。良かったと言ってもいいのか?」
「はい。大丈夫です。」
「そうか。とりあえず、生徒会室に行こう。」
「はい。」
2人で喫茶店をでて、生徒会室に向かう。だが、向かう途中でジネットは急に立ち止まった。アネットが不思議そうに振り返る。
「ジネットさん・・・?」
「俺が考えていることは・・・本当に正しいのだろか?時戻り前、俺は当主になれなかった。そして政略結婚の道具にされてしまった。だから時戻り後は当主になるべきだと考え、そのために行動してきた。しかし、何故なりたいのかと聞かれて・・・答えられなかった。」
「・・・。」
「俺は何故当主になりたいんだろうか・・・。わからない・・・。」
「私はジネットさんが求める答えをさしあげることはできません。ですが・・・。」
アネットはジネットの手をとると、しっかりと握った。ジネットは驚いた顔でアネットを見る。アネットは真剣な表情で口を開いた。
「ジネットさんが感じた思い、努力は否定しないでください。私も時戻り前に絶望しました。そして時戻り後は、幸せになりたいと思って頑張っています。ただ何故幸せになりたいかというと・・・。わかりません。」
「アネット嬢・・・。」
「私はもう絶望したくない。そして私を応援してくれる人のために幸せにならなきゃいけないと思っています。ジネットさんもそれでいいのではないでしょうか。悔しかった。だから今度はそうならないように頑張る。それは間違いではないと思います。」
「そう・・・だろうか。」
「はい。ただ、いい機会なので、今一度振り返ってみてもいいとは思います。本当に当主になりたいのか。他にも選択肢はないのか。考えるのは悪いことではないですから。」
「そう・・・だな。ありがとう。アネット嬢。だいぶスッキリした。」
ジネットは迷いがなくなったのか、先程よりスッキリした表情になっていた。アネットも嬉しそうに笑う。
「良かったです。もしよかったら、お兄さんやお父様に話を聞いてみてもいいんじゃないですか?当主を目指すことについて。」
「兄と父上に・・・。そうだな。聞いてみるのもいいかもしれない。」
「はい!!ぜひそうしてください!!」
(アネット・・・。変わったわね。)
私はアネットの話を聞いて感動していた。最初に出会ったときのアネットにはできなかったことだ。他人に怯えて、私や両親に依存していた彼女だ。だが今は違う。怖がりつつではあるが、きちんと自分の意見を口にでき、他人にアドバイスができる。素晴らしい成長だ。
ジネットもアネットの言葉で気が楽になったのだろう。アネットに向かって微笑んだ。そして繋いだ手を自分から再び握り、自分の額にもっていく。アネットが不思議そうに首を傾げる。
「ジネットさん?」
「ありがとう・・・。アネット嬢に会えて・・・本当に良かった。」
「いいえ。こちらこそいつもフォローしていただいてありがとうございます。それで・・・その・・・。そろそろ手を離していただけると・・・。」
「なんだ?手を繋いだまま生徒会室に行こうと思ったのだが。」
「ジネットさん!!」
「あはは!!冗談だ。」
そう言ってジネットは繋いでいた手を離した。その顔が少し名残惜しそうなのは気のせいだろうか。ジネットはアネットに向かって再び微笑んだ。
「待たせたな。改めて生徒会室に向かうとしよう。」
「はい!!」
そして2人は生徒会室に向かうのだった。
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