第34話 対面
それから1週間ほど時が流れた。レグルス殿下は相変わらずだが、それ以外は相変わらず平穏な日々だ。問題を起こす生徒もいないし、何かが起きることもなかった。
回復魔法の訓練は順調で、アネットはある程度の傷はすぐに治せるようになった。大きな傷については、つけようとすると彼女が烈火のごとく怒るので、試せていない。だが、私の傷も治すこともできたし、コツはつかんだようだから大きな傷もきっと大丈夫だろう。そろそろ呪いを解除する訓練に移ろうと考えている。
そんな中、アネットはお昼休みにカーラ先生にお願いをされて、資料準備の手伝いをしていた。といっても簡単なものだ。ただ物量があるので、少しでも人手がほしいとのことだった。
「ごめんねえ。手伝ってもらっちゃって。」
「いえ。生徒会も放課後の見回り以外は暇なので、構いませんよ。これ、こっちに運べばいいですか?」
「うん。お願い。」
生徒会も問題が起きていない今は暇なので、放課後は見回りをしないメンバーはカーラ先生の手伝いをすることが多い。ガーランドはトラブルがないため私の魔法が見れなくて不満そうだったが。ただ、ジネットのお陰で友人が増えたと嬉しそうに語っていた。
カーラ先生の手伝いをしている中、彼が何かを思い出したのか、アネットに話しかけた。
「そういえばセレナーデ君。」
「なんですか?」
「クラーク令嬢が学校に登校しているけど大丈夫かい?昔何かあったんだろう?」
「そ、そうですね・・・。今のところは特に。」
クラーク令嬢もレグルス殿下と同時期に登校しはじめている。レグルス殿下と違い、こちらに接触はないが、時々何も言わずにこちらをじっと見てくる。憎しみの視線などではなく、ただこちらを観察しているような視線だ。正直気味が悪い。
「まあ、何かあれば遠慮なく来なさい。話ぐらいは聞いてあげるから。」
「ありがとうございます。」
「なに。私は皆の味方だからね。公平に話を聞くよ。」
カーラ先生が優しく微笑む。普通の女子生徒であれば、顔を赤らめたりするのだろうが、アネットは何も変わらない。その辺りザクと何が違うのだろうか。私にはよくわからない。
アネットが片付けを終えて次の授業に向かう途中、クラーク令嬢とすれ違った。彼女は相変わらずこちらをじっと見ていた。
(相変わらず気味が悪いわね。何かしてくるのであれば叩き潰せるのに。)
(まあいいじゃないですか。こちらに被害はないですし。)
(でも何か性格違わない?時戻り前もこんな風だったの?)
(いいえ。時戻り前はなんというか・・・。もっと夢見がちな少女っていう感じでしたかね。やはり時戻り前の記憶を持っているのでしょうか。)
(なんとも言えないわね。まあ貴方の言う通り、こちらに被害はないのだから良しとしましょう。魔力眼は引き続き使いなさいね。)
(はい。)
そんな事を話していたのだが、事態はいきなり動いた。
その日の放課後、クラーク令嬢がアネットのクラスにやってきたのだ。
「失礼。セレナーデさんはいらっしゃるかしら。」
「は、はい?私ならここにいますが。」
アネットは怯えつつも立ち上がる。クラーク令嬢はアネットを見つけると、こちらに近づいてきた。何が目的かはわからない。私は警戒度をMAXにする。
(アネット!!気をつけなさい!!何かあれば即替わるからね!!)
(は・・・はい。)
クラーク令嬢はアネットの前で立ち止まると、何も言わずにじっとこちらを見つめてきた。
アネットは恐る恐る声をかける。
「あの・・・何か御用でしょうか?」
「失礼・・・。ご挨拶させていただきます。私はキャリー・クラークと申します。突然で申し訳ないけれど、この後少し時間をもらえないかしら。そんなに時間はとらせないから。」
「あの・・・生徒会があるので・・・。」
「そんなに時間はとらせないわ。どうにかお願いできないかしら。」
(アネット。受けなさい。)
(え?)
(いい加減、こちらを観察されるのも嫌気がさしていたわ。用事があるのであればさっさと終わらせて、関わらないでもらったほうが精神的に楽でしょう。)
(そう・・・ですね。)
私の言葉にアネットも同意する。そしてクラーク令嬢を見て頷いた。
「わかりました。ただ生徒会室に寄って断りをいれさせてください。」
「ありがとうございます。なら学園の喫茶店で待っていますわ。」
学園には食堂の他に、お茶ができる喫茶店がある。テラス席もあり、女子生徒達に人気の場所だ。たまに先生達も利用している。話をするのには最適だろう。
アネットは生徒会長に断りをいれるため、クラーク令嬢と別れ、生徒会室に向かった。だが、生徒会室に向かう途中にジネットに会う。彼に事情を話して、今日の生徒会は遅刻か休むことになることを伝えた。ジネットは心配そうにこちらを見つめてきた。
「大丈夫か?最初に話した時、時戻りの記憶を保持している人物候補には入れていなかったが・・・。色々トラウマもあるだろう。」
「大丈夫です。お話をするだけのようなので・・・。それにあの時よりは耐性がついたと思いますから。」
「・・・あまりに遅いようなら様子を見に行くからな。無理はするなよ。」
そう言ってジネットは生徒会室に向かっていった。アネットは一度深呼吸をすると、クラーク令嬢と話をするために学園の喫茶店へと向かった。
喫茶店に着くと、テラス席の1席に彼女は座っていた。優雅にお茶を飲んでいる。アネットを見つけるとこちらに向かって手招きをした。アネットも紅茶と茶菓子を注文して、向かいの席に座る。
席に座るなり、彼女はアネットに向かって頭を下げた。
「まずは感謝と謝罪を。今回お忙しい中、時間をとっていただきありがとうございます。そして、申し訳ありません。私が登校を始めてから、ずっと私からの視線を感じていたと思います。いらぬ気苦労をかけてしまい申し訳ありません。」
「頭を上げてください。それは問題ないのですが・・・。私を見ていたのは何か理由があるのですか?」
「はい。貴方を見極めようと思ったのです。」
「(見極める?)」
アネットと私の言葉が被る。意味がわからなかった。時戻りの記憶があるとすれば、レグルス殿下と同じで傲慢な性格になっていてもおかしくない。しかし彼女にそんな様子はない。時戻りの記憶がないのであれば、ゲームと同じで天真爛漫な性格のはずだ。そんな彼女が見極めるとは・・・。
(アネット。彼女が何か不審な動きをしたら強制的に切り替わるからね。)
(は・・・はい。)
「失礼。見極めるとは上から目線でしたわね。簡単に言うと貴方の事をもっと知りたかったんですの。」
「知りたかった?」
「ええ。ですが、見ているだけでは全くわかりませんでした。なので直接お尋ねさせていただこうと思い、こうして時間をとっていただきました。」
「何が知りたかったんですか?」
「2つ程質問をさせていただいてもよろしいですか?今日の目的はそれだけですので。」
「は、はい・・・。」
アネットは頷きつつもぎゅっと手を握りしめている。緊張しているのだろう。時戻り前に処刑の身代わりにさせた人物だ。緊張しないわけがない。アネットの願いだから無理矢理交替はしないが、こうして見ているしかできないのがもどかしい。
「では1つ目の質問です。セレナーデさん。貴方、好きな殿方はいらっしゃいますか?」
「(・・・はい?)」
再び、アネットと私の言葉が被る。意味がわからず混乱した。アネットも混乱しているだろう。なにかと思えば、好きな人とは。彼女と恋話をする日がくるとは思わなかった。
「ですから好きな殿方ですわ。学園が始まってだいぶ経ちますもの。いらっしゃっても不思議ではありませんわ。」
「え・・・えっと。好きというわけではなく、気になる方なら。」
「まあ素敵ですわね!!どなたなんですか?広めませんから教えてくださらない?」
「町で出会った方でして・・・。名前はザクとしか知らないんです。だから何処の誰かもわからなくて・・・。」
アネットはクラーク令嬢の勢いに押されて素直に答えてしまっている。最初の緊張は何処へやら。ただの普通の恋話だ。警戒というのは何だっけと私は思わず遠い目をしてしまう。だが、クラーク令嬢はそれを聞いて楽しそうだ。
「ザク・・・ですか。なるほどなるほど。学園の方ではないのですね。身分もわからぬ方との恋。素敵ですわね〜!!」
「あ・・・ありがとうございます?」
それにしてもクラーク令嬢はどうしたのだろう。ゲーム内で出てきたときやアネットから聞いた話とはまるで別人だ。時戻り前の記憶を持っていたとしてもここまで変わるだろうか。気が抜けそうになるが、油断をしてはいけないと自分に喝をいれる。
クラーク令嬢は興奮し過ぎている事に気づいたのか、1度咳をして、再び笑顔を見せた。
「失礼しました。ちょっと興奮しすぎました。わからない方の事をこれ以上聞いても仕方がないので、2つ目の質問に移ってもいいでしょうか?」
「ど、どうぞ。」
アネットは肩の力が完全に抜け、続きを促す。クラーク令嬢は急に目を鋭くさせて、こちらを見た。
「貴方・・・。”日本”という言葉に聞き覚えはありますか?」
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