第33話 女子会(恋話、回復魔法)
「さて、アネット。今日のデートはどうだった?」
アネットが眠った後、いつもの場所で私はアネットに詰め寄っていた。彼女にとっては時戻り後、初めていい印象を持った男性だ。聞かずにはいられない。
「デ、デートだなんて!!カーネスもいましたし。」
「いやカーネスも気を使って全く喋らなかったじゃない。誰がどう見てもデートでしょ。」
「デート・・・だったんですかね?」
「アネットは楽しくなかった?」
「楽しかったです・・・。とても。」
アネットは自分の後ろについている髪留めを優しく触る。ザクに会えたこと、髪留めをもらえたのがとても嬉しかったらしい。この世界では自分がイメージした姿になるのか、アネットは寝間着ではなく、昼に外出していた姿でいた。
「なら良かったじゃない。恋とか深く考えなくていいわ。今はその思い出を大事にしなさい。また会えるんだから。」
「ノゾミさんは、ザクが誰なのか知っているんですか?」
「知っているといったら?知りたい?」
私の言葉にアネットは首を横にふった。
「それを聞いてしまうとズルのような気がするので、やめておきます。」
「そう。賢明ね。」
「でも、ずっと会えないと寂しいので、数年立っても再会できなかったら教えてください。私から会いに行くので。」
「わかったわ。」
アネットはザクの事がとても気に入っていたようだ。いい傾向だ。結婚が女の幸せなんて言うつもりはないし、1人で生きていくことを選んでもかまわないが、結婚という選択肢をなくしてほしくはない。だからわざわざ攻略キャラとのイベントが発生しうる場所へ誘ったのだ。
「さて、恋話はこれくらいにして。本題に入りましょうか。」
「本題?」
「ええ。魔法についてよ。貴方、最初にザクと会って助け起こした時に何か願った?」
「ザクを助け起こしたときですか・・・?う〜ん。大変。助けないととは思いましたかね。」
「そう。助けないと思ったのね。」
「はい。でもそれが何か?」
アネットが不思議そうに首を傾げる。彼女にとってはなんでもない事だったのだろう。ただ、魔力量が多いアネットが助けないとと思ったことで、無意識に魔法を発動した可能性がある。その魔法について、私にはとある仮説がある。
「アネット。貴方は回復魔法を使える可能性があるわ。」
「回復魔法・・・ですか?でもシエル先生に教わった時、回復魔法は難しいと言われたと思いますが・・・。」
「ええ。そのとおりよ。魔法はイメージの世界。他人を癒すイメージなんて滅多にできることじゃないわ。私もできないしね。ただ、ザクが言っていたじゃない。貴方に触れられたことで楽になったと。」
「あのセリフってお世辞じゃないんですか?」
「かもしれないわ。でも試してみる価値はあるじゃない?」
これからアネットは危険なことに巻き込まれるかもしれない。誰かが怪我するかもしれない。そんな時に回復魔法が使えると行動の幅が一気に広がる。できなければそれでよし。できたならラッキーだ。
「確かにそうですけど、でもどうやって試すんですか?」
「簡単よ。こうするわ。」
私は自分の腕をアネットに向かって突き出し、魔法で自分の二の腕辺りを切り裂いた。辺りに血が飛び散る。
「な、何をしているんですか!?」
「何って試すのよ。この傷を治してみなさい。」
アネットが慌てて私の元に駆け寄ってくる。少し深めに切ってしまったみたいだ。激痛がはしり、血が止まらない。口から声が出そうなのを必死に堪える。
「そんな!!いきなり傷を治すなんて無理ですよ!!」
「駄目なら私が倒れるだけよ。いいから。魔力を私に当てて。」
「もう!!」
アネットは必死に魔力を操り、私に当てる。だが、傷口は治らない。傷が治らなくてアネットは焦っているようだ。やはり勘違いだったのだろうか。これ以上血が止まらないのはまずそうだ。私は服の裾の一部を破り、傷口に当てて二の腕を縛る。応急処置だ。
「普通に魔力を当てるだけじゃ駄目みたいね。普通の魔法とは違うのかも。イメージじゃなく治れと願ってみるとか。」
「そんなのもうやっています!!ああ血がこんなに・・・。」
「最悪傷口を焼いて塞ぐから大丈夫よ。」
「そういう問題じゃありません!!お願い・・・。私の大切な人を助けて・・・!!」
アネットが傷口に触り、魔力を当てながら必死に祈る。その時、傷口の周りが急に光りだした。光はどんどん強くなり、私の傷口を包み込む。その光は暖かく、まるでぬるま湯につけているようで、感じていた痛みが消えていく。そして光が収まると傷口は完治していた。
「治った・・・。」
「良かった・・・。本当に良かった・・・。」
アネットは感極まってその場に座り込む。私は手をブラブラ振ってみる。痛みはまったくなく、腕を動かすのも支障はなさそうだ。予想通り、アネットには回復魔法の素質があった。こう考えた理由はもう1つある。ゲーム上でアネットが覚えられる魔法の中に回復魔法があったのだ。覚えるにはとてつもなく訓練をする必要があったが、ゲームで出来るのなら現実世界でもできるのではと考えた。最悪覚えられなくても、傷口は焼いて塞げばいいと思っていたので試すにはいい機会だった。
私はくるくると腕を回してみたり、傷口をつついたりしていたが、ふと気がつくと、アネットが立ち上がっていて怒りの表情で私を睨みつけていた。珍しく怒っている彼女に私はたじろぐ。
「な・・・なに?」
「ノゾミさん・・・。正座。」
「え?なんで?」
「いいから!!」
「は、はい。」
アネットの勢いに勝てず、私は慌ててその場に正座する。アネットはよっぽど怒っているのか、鼻息荒く、私を睨みつけている。
「ノゾミさん!!前々から思っていましたが、貴方は自分を大事にしなさすぎです!!何処に実験のために自分の腕を斬りつける馬鹿がいますか!!」
「いや、結構いると」
「話は最後まで聞く!!」
「は、はい!!」
おかしい。あのアネットが怒り狂っている。そんなにまずかっただろうか。死なない程度に切りつけたし、何かあっても応急処置をすれば生き残る。人間、追い詰められれば信じられない力を出すものだ。そう思ってやってみたのだが・・・。失敗だっただろうか。
「いいですか!!ノゾミさんは自分の存在を軽視しすぎです!!もっと貴方を必要としている人がいることを知ってください!!」
「そんな人・・・。」
「いないとか言ったら泣きますからね。私大泣きしますからね。」
「あ、うん。ごめんなさい。」
アネットの言葉に何度も頷く。アネットはため息をつくと、私に近寄り、力強く抱きしめてきた。
「お願いですから、自分を大事にしてください。私はノゾミさんに助けられました。助けられ続けています。その恩を返さずにいなくなるなんて思ったら怖くてたまりません。だから2度とこんな事をしないでください。」
「・・・・。」
「返事!!」
「あ、はい。わかった。約束する。」
「ほんとにもう・・・。」
アネットはよっぽど怖かったのか涙ぐんでいた。ちょっといきなり過ぎたかと少し反省する。次からはもう少し順序立ててやるようにしよう。これ以上地雷を踏みたくないので、私は話題を逸らすことにした。
「そ、それより、無事回復魔法を発動できたわね。」
「そうですね。あの時は必死でしたけど。」
「使ってみて結局どうだった?何かイメージした?」
「いいえ。イメージではなく、もうただただ治ってと何かにすがる感じで祈っていましたね。」
「じゃあ忘れないように反復練習しましょう。」
「ノ!ゾ!ミ!さん!!」
「大丈夫よ。今度は擦り傷程度にするから。ちっちゃい程度。」
「それでも嫌なんですけど・・・。」
「悪いけどそれは引けないわ。回復魔法が使えると使えないとでは行動の幅が段違いなのよ。」
「・・・わかりました。ならその傷は私につけましょう。」
「え・・・。」
「・・・親しい人が傷つくのを見たくないんです。できる限り。」
何度か押し問答をしたが、結局私が折れた。アネットの指先に小さな切り傷をつけてそれを自分で治すのだ。今度はすぐに治せた。アネットいわく、何か蓋が開いた感覚らしく一気に使えるようになったらしい。1度治せたことで、コツをつかんだのだろう。できないと思ったらどんなにイメージしても魔法は成功しない。できたという成功体験が自信になったのだろう。何度か繰り返すことで、回復魔法は即座に発動できるようになった。
「やっぱり次は私で試して。」
「ノゾミさん・・・。」
「これだけできればもう大丈夫でしょ。それに自分を治すのと他人を治すのは全然違うわ。唐突に貴方のご両親が怪我した時、治せなかったら嫌でしょ。経験は大事よ。」
「・・・わかりました。た、だ!!小さな傷にしてくださいよ!!」
「わかったわよ・・・。」
そんなこんなで私も指先に傷をつけることでアネットに癒やしてもらった。アネットいわく、他人でも回復魔法の使い方は大きく変わらないらしい。回復魔法を使う時は、魔力を変換するのではなく、魔力を何かに捧げるように祈るとのことだ。具体的なイメージはしないらしい。言われてもピンとこない。
「やはり私には無理ね。アネット。当分攻撃魔法の練習はやめて回復魔法の練習をしましょう。」
「いいですけど、どうしてですか?」
「さっきも言ったけど、回復魔法が使えると行動の幅が全然違うわ。それに助けたい人がいた時に悔しい思いをすることもない。祈るだけでいいのなら、呪いだって治せるかもしれないわ。」
「呪いも?まさかその練習をするとか言い出しませんよね。」
「もちろん言うわよ。」
「ノゾミさん!!」
「安心しなさい。自分にかけたりしないから。呪いをイメージしたのを具現化させるわ。それを消せるか訓練しましょう。それなら大丈夫でしょう?」
実際に呪いをかけて、治せなかったりしたら一大事だ。この世界のことが現実に引き継がれるかはわからないが、流石にそこまでのリスクはおかせない。呪いについても前世の漫画やゲームで知っている。それらしいものを作り出すことは可能なはずだ。
アネットも自分にかける訓練ではないとわかったため、渋々といった感じで頷いた。
「まあ・・・それなら・・・。」
「まあ少しずつね。今回は私も反省したわ。ちょっと焦りすぎたのかもしれない。」
「そう思っていただけたなら何よりです。」
アネットは安堵したようにため息を付いた。そうは言ったが、緊急でアネットを追い詰めなければいけない時は、私は同じ事をするだろう。重要なのは私ではない。アネットが幸せになることなのだ。そのためなら私の命など気軽に使い捨ててくれて良い。
それよりもアネットに大事なことを話しておかなければいけない。回復魔法の扱いについてだ。
「アネット。回復魔法について大事なことを話しておくわ。」
「なんですか?」
「回復魔法を使えることは決して誰にも言ってはいけないわ。」
「利用されるから・・・ですね。」
「そうよ。」
回復魔法が使える人間は貴重だ。もしそれがわかったら国に捕らえられるかもしれない。聖女という望まぬ地位を与えられるかもしれない。そんな事はアネットが望むことではない。彼女には自由に生きてほしいのだ。
「両親にも・・・ですか?」
「できる限りね。危ない目にあった場合はしょうがないけど、自分から教えるのはやめなさい。貴方の両親を危険に晒すわ。」
「わかりました・・・。」
両親に隠し事をするのが辛いのだろう。だが、仕方のないことだ。うっかり喋ってしまったら、両親からもれる可能性がある。そして悪意のあるものが、アネットに回復魔法を使わせるために、両親を人質にとるかもしれない。私がいる限り、そんな事をさせるつもりはないが、リスクを下げるにこしたことはない。
気持ちを変えるために私は1度大きく手を叩いた。
「ま、今はまだ実用段階じゃないんだし、深く考えるのはやめましょ。一旦今日はここまで。後は普通に訓練しましょう。」
「そうですね。」
アネットも頷く。そこからはいつも通り、魔力の操作と魔力眼の訓練をして終わった。
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