第32話 新たなる出会い

 翌日、アネットはいつも通り学園で過ごせていた。レグルス殿下を追い返したのは彼女の自信になったらしい。レグルス殿下とすれ違うこともあるが、特に気にしないですむようになった。彼の方はじっとこちらを見ていたり、偶然を装って触れようとしてくるが、私がアネットに事前に警告することで事なきを得ていた。

 だが、レグルス殿下もアネット以外の事で必死らしい。これ以上自分の支持が落ちるまずいと思ったのか、積極的に色々な人達に話しかけ、グループに入ろうとしているようだ。笑顔を常に絶やさずいい人アピールをしていた。時々顔が引き攣っていたが。

 元々攻略キャラの1人のため顔はいい。それに入学式の日から時間が経っていたこともあり、その件を詳しく知らない人達は、彼と仲良くなっていた。だがあくまで少数だ。ほとんどの人は彼に対して侮蔑の視線を向けていた。私もすぐに化けの皮が剥がれるだろうと考えている。

 そんな日々が過ぎたとある休みの日。私はアネットに外出を提案した。気分転換に城下町へ遊びに行かないかと。ゲーム上でしか見たことがない町並みが、実際はどうなっているのか気になっていたのだ。アネットも了承し、両親の許可を得て外出した。彼女の両親は忙しかったため、護衛を付けたうえでだが。


(ノゾミさん。町並みを見たいのなら替わりましょうか?)

(いいのよ。私は貴方の中から見られれば充分だから。)


 実は提案した理由はもう1つある。ゲームではこの時期に街に来ると、攻略キャラとのイベントが発生するのだ。明確な日付を知っているわけではないため、発生するかは賭けだが、発生しないのであれば別にそれでもいい。彼女の気分転換になればいいのだ。


「お嬢様。街につきました。」

「ありがとう。カーネス。」

「人も多いですから、くれぐれも私から離れませんように。」

「わかっているわ。」


 護衛についたのはカーネスという執事だった。執事といっても武道が達者で、魔法を使われても、そこら辺にいるならず者程度なら一蹴できる。年齢はアネットの父の少し下ぐらいだ。同年代の護衛は彼女の父親が猛反対したため、カーネスに白羽の矢がたった。相変わらずの溺愛っぷりである。

 アネットはそこから色々な場所を見た。本屋、宝石店、市場等々。いい気分転換になっているようだ。この町は城下町だからなのか、治安が良く貧民街などはない。だから安心して出歩ける。公爵家の娘なのに護衛が1人なのもそれが理由である。

 散策が一段落して、どこかで休憩しようとしていた時、私は道端で苦しそうに座り込んでいる男性を見つけた。年齢はアネットと同じか少し下くらいだろうか。胸を押さえ、苦しそうに呻いている。その人物に心当たりがあった私は、アネットに呼びかける。


(アネット。あそこに苦しそうにして座りこんでいる男性がいるわよ。)

(あ、本当ですね。)


 アネットは男性に気がつくと、慌てて彼のところに近づいた。そして手を差し伸べる。


「大丈夫?そこに座っていたら危ないわ。」

「お嬢様。そのような者など放っておきなされ。」

「カーネス。そんな悲しいこと言わないで。さ、立てる。」

「うぅ。」

 

 男性はアネットの手を取ると立ち上がる。男性がアネットの手を取った時、2人の間で何かが小さく光った。すると彼は何かに気がついたのか、急に自分の身体をペタペタと触りだした。そして不思議そうに首を傾げる。先程の苦しそうな様子はもうない。演技かと思ったが、彼も不思議そうに自分の身体を見回しているから演技ではなさそうだ。だが、アネットの存在を思い出したのか、慌ててアネットに向き直る。しかし、彼女を見て固まった。アネットは不思議そうに首を傾げる。


「ど、どうしたの?」

「すごい・・・綺麗な瞳。」

「え?そ、そうかしら。」


 急に褒められた事に驚いていたが、アネットは恥ずかしそうに頬を赤らめた。男性も自分が恥ずかしいことを言ったのを自覚したようで、ポリポリと頬をかいた。


「いきなりごめん。助けてくれてありがとう。俺はイ・・・いや。ザクだ。ザクと呼んでくれ。」

「ザクね。私はアネット。痛みは大丈夫なの?」

「ああ。君が手を貸してくれたら急に痛みがどこかいった。」

「まあ。お上手ね。」

「ほ、本当なんだ!!」

「本当?なら良かったわ。」

(アネットが触れたら痛みがなくなった?そして先程の小さな光。もしかして・・・。)


 私が1人で考え事をしている横で、アネットとザクは自己紹介で盛り上がっていた。カーネスは複雑そうな顔をしていたが。


「そうなの。ザクはこの辺に来たことがないの。」

「ああ。家が厳しくてな。あんまり外に出たことがなかった。だから今日は抜け出してきたんだ。」

「なら、近くに美味しい喫茶店があるわ!!そこに行きましょう!!」

「お嬢様!!こんな事がお父上に知られたら怒られてしまいます。」

「少しだけなら良いじゃない。悪い人じゃなさそうだし。お願い!!」

「・・・仕方ありませんな。」

「ありがとう!!大好きよ!!カーネス!!」


 アネットはよほど嬉しかったのか、カーネスに抱きついた。カーネスも抱きつかれて嬉しそうにしている。小さい頃からアネットを見ているから第2の親の気分なのだろう。

 カーネスがザクに近づくと小さくぼそっと何かを呟いた。それを聞いてザクは力強く何度も頷いている。カーネスはそれを見て頷くとアネットの後ろに立った。


「ザク。カーネスに何か言われたの?」

「い、いや。なんでもないよ。」

「変なの。まあいいわ。行きましょう!!」


 それからアネットはザクと一緒に喫茶店へ向かった。喫茶店は小さい個人経営のお店だったが、綺麗な内装で店内は賑わっていた。偶然席があいていたので、席につき、そこで紅茶といくつかのケーキを注文した。支払いはアネットがした。といっても公爵家の支払いだが。ケーキが運ばれると、アネットはザクにお勧めのケーキをいくつか差し出した。


「これは私からのプレゼント!!だからいっぱい食べてね!!」

「いいのか?俺も少しだがお金は持っているよ?」

「大丈夫。私が誘ったんだしこれくらいさせて。」

「じゃあお言葉に甘えて。」


 そう言って、ザクはケーキを一口食べる。食べたケーキがよほど美味しかったのか、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「うまい!!本当に美味しいなこれ。」

「でしょう!!このお店は、以前お母様に連れてきてもらってから私のお気に入りなの。」


 アネットも自分のお気に入りのお店が褒められて嬉しいのだろう。彼女もケーキを美味しそうに食べる。それをザクは微笑ましそうに見ていた。


「?何かあった?」

「ううん。ケーキを食べる姿が可愛らしいなあって思って。」

「!!そ、そうかな!?」

「うん。あ、ちょっと動かないで」

「?うん。」


 アネットは食べる手を止めて首を傾げる。ザクはアネットの頬についていた小さいクリームを取ると、それをペロッと食べた。


「〜!!」

「クリームがついてた。」

「食べなくても!!」

「いや美味しそうだったからつい。」

「〜!!」


 アネットが顔を真っ赤にして俯く。それを見てザクは楽しそうに笑った。どうやらアネットにはこういうのに耐性がないらしい。まあ時戻り前のレグルス殿下にそんな事を期待しても無駄だとは思うが。


「うぉっほん!!」

「!!すみません!!」


 彼女達の後ろに立っていたカーネスがわざとらしく咳をした途端、ザクは急に背筋を伸ばし、両手を上げた。カーネスがまたザクに近づいて何かを呟く。それを聞いてザクは再び力強く何度も頷いていた。


「どうかした?」

「なんでもない!!なんでもないよお!!」

「クスッ。変なの。」


 アネットは楽しそうに笑った。それを見てザクもカーネスも笑う。平和な時間だった。

 喫茶店でお茶をした後は、アネットがザクに町を案内した。本屋、宝石店、市場等々。ザクは本当に町に来たことがなかったのだろう。何処に連れて行っても目をキラキラさせていた。アネットは1度訪れた店だったが、ザクと一緒なのが楽しいのだろう。2人でお店を見ながら色々な話をして盛り上がっていた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気がついたら夕方になっていた。カーネスがアネットに声を掛ける。


「お嬢様。そろそろお時間です。」

「え〜。もう?」

「はい。これ以上は私が旦那様に叱られてしまいます。」

「そっかあ。ザクごめんね。そろそろ帰らないといけないみたい。」

「もうそんな時間か。俺も帰らないと行けない。あ、そうだ。最後にあの露店によってもいいかい?」

「ええ。いいわよね。カーネス。」

「まあ、あと1つくらいなら・・・。」


 カーネスの了承を得て、2人は小さな露店へ移動した。そこには花が彫られたアクセサリーがたくさんあり、アネットは目を輝かせる。


「すごい綺麗〜。」

「うん。本当に綺麗だ。ちょっと待ってな。」

「誰かへのお土産?」

「そんなところかな。」


 ザクはアネットとアクセサリーを何度も見て、なにか考えているようだった。私としてはアネットの鈍さにちょっとイライラしている。だがこの甘酸っぱさが若さだろうかなんて考えたが、すぐに自分の年齢を思い出し少しへこんだ。


「決めた。これにしよう。おばちゃん。これ頂戴。」

「はいよ。」


 ザクが選んだのは小さな花が彫られた髪留めだった。ゴテゴテしておらず、可愛らしいデザインだ。ザクはお金を払うとその髪留めを受取った。


「アネット。手を出して。」

「?はい。」


 アネットが首を傾げながらザクに向けて手を差し出す。ザクはその上に先程の髪留めを置いた。予想していなかったのか、アネットは慌てて手の上に置かれた髪留めとザクを何度も見る。


「え!?これを私に!?受け取れないよ!!」

「いいから。今日付き合ってくれたお礼。それにその花言葉知ってる?『再会』なんだよ。またいつか会えたら良いなって思ったからさ。受け取ってくれると嬉しい。」

「・・・嬉しい。ずっと大事にするね!!」

「大事にしてくれるのは嬉しいけど使ってくれよ。使ってこそ意味があるんだから。」

「うん!!勿論!!」


 アネットは長い髪を1度ほどき、そのうえでザクがくれた髪留めで髪をまとめ上げた。彼女も髪留め気に入ったのか、ザクに見せるように彼の前で何回かまわる。アネットは顔を赤らめながらも嬉しそうだ。


「大事にするね。また会いたいな・・・。」

「俺も・・・。ただごめん。俺、身分を明かせないんだ。だけど、アネットとまた会えることを信じてる。」

「わかった。さよならは言わないね。ザクも元気でね!!また会いましょう!!」

「ああ。アネットも。」


 こうして、アネットとザクは別れた。帰りの馬車の中でアネットは寂しそうに髪留めを何度も触っていた。


(大丈夫。また会えるわよ。その花言葉のとおりに。)

(そう・・・ですかね?また会えると良いんですけど。)

(ええ。絶対にまた会えるわ。)

(ノゾミさんがそう言うなら信じることにします。)


 まあ、私はザクが誰かを知っているからそう言えているのだが。こういうのはすぐネタバラシをしても面白くないだろう。青春を楽しんでほしい。そう考えつつも、その考え方がオバサンだと思い、私はまた1人でへこむことになった。

 帰宅後、アネットは両親にザクのことを嬉しそうに報告していた。彼女の母親は娘の新たな出会いに喜んでいたが、父親は「俺の娘が嫁に行ってしまう!!!」と叫んでカーネスに慰められていた。


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