第31話 レグルス殿下再び
「っ!!」
(アネット。大丈夫?)
(大丈夫・・・です。)
アネットはトラウマに負けないためか、何度も深呼吸をした。レグルス殿下はアネットを見つけると、彼女のもとに近づいてくる。だが、今回はフェラール、ミランジェがレグルス殿下の前に立ちふさがった。彼は2人を鬱陶しそうに見たが、すぐに笑顔に切り替えた。
「君達は・・・?」
「アネットさんのお友達です。失礼ですが殿下。殿下は彼女に近寄ることを禁止されているとお聞きしていますが?」
「自分勝手な殿下はお帰りください。」
「っ!!」
彼は2人の対応に激高しそうになりつつも、必死に笑顔の仮面を貼り付けている。そう、笑顔の仮面だ。顔が引き攣っているのだ。私が見ても仮面だとわかってしまうのが滑稽だった。アネットは前とは違い味方が2人いることに安心したのだろう。再び深呼吸をすると真正面からレグルス殿下を見据えた。
「殿下。何用でしょうか。先程フェラールさんが話した通り、殿下は私に接近することが禁じられているはずです。お帰りください。」
「ア・・・セレナーデ嬢。申し訳なかった!!」
そう言うなり、レグルス殿下は頭を下げた。流石に想定外だったのか、フェラール、ミランジェ、そしてアネットは呆気にとられて彼を見ている。周りの生徒達もざわめいていた。
「入学式の日の事を謝罪したくてきたんだ。あの時の私はどうかしていた。どうか許してほしい。」
「・・・謝罪は受け入れます。それで終わりでしょうか。」
「なら、仲直りの握手をしてもらえないだろうか。」
そう言って彼はアネットに向けて手を差し出す。仲直りを演出することで、自身の評判を戻そうという作戦だろうか。これをアネット側が拒否したら、アネットの器量の狭さを宣伝できるとふんだのだろうか。周囲の生徒達は固唾を呑んで2人の様子を見守っている。
アネットはその手を取ろうとはしなかった。冷たい視線でレグルス殿下を見つめている。私は何か悪意があるのではないかと魔力眼を通して彼を見る。すると彼が差し出した手には魔力が覆われていた。
(アネット!!手に魔力が!!)
(・・・わかっています。)
アネットはわざとらしくため息をついて、レグルス殿下を睨みつけた。
「私は謝罪を受け入れますとはいいました。ですが、許すとは一言も言っておりません。あの時の殿下の言葉で私はひどく傷つきました。そう簡単には癒えないほどに。」
「それは!!」
「それに、魔力を帯びた手を握るとお思いですか。今度は何を企んでいるのですか?」
「!!」
アネットに見抜かれるとは思っていなかったのだろう。彼は慌てて差し出した手を引っ込めた。そして笑顔の仮面を貼り付けたまま口を開く。
「そ、そうか。仲直りが出来ないのは残念だが、謝罪を受け取ってもらえただけで良しとしよう。これからは、君の信頼が得られるように行動で示すよ。」
「どうぞご自由に。ですが王家に言われた通り、私には近づかないでください。可能であれば顔も見たくありません。」
「!!し、失礼する。」
そう言い残し、レグルス殿下は逃げるように教室を去っていった。彼が去ると同時に、教室の生徒達は口々に彼の事を話し始める。アネットの対応が良かったのか、アネットの事を悪く言う人はいなさそうだった。フェラール、ミランジェの2人が心配そうにアネットを見る。
「アネットさん。大丈夫でしたか?」
「フェラールさん。お騒がせしました。そして庇ってくれてありがとうございました。」
「私もだよ!!」
「もちろんミランジェさんも。お2人がいらっしゃらなかったら何もできませんでした。本当にありがとうございます。」
「いいえ。それにしても笑顔の仮面を使いこなせないなんて、この国の未来は暗いですわね。あれくらいの言葉で素が出るなんて。」
「本当〜。それにしてもよくあの人の手から魔力がでてるなんて気づいたね。私全くわからなかった。」
「自衛のために訓練していますので・・・。」
本当に訓練をしていてよかった。おそらくだが、あの手に触れられると呪いが入ってくる仕組みだろう。強力ゆえに直接触れなければいけないのかもしれない。ただ魔力を覆っていただけと言われてしまうと何も言い返せないので、呪いの魔法とは断定できないのだが。
(・・・ノゾミさん。ちょっとだけ替わっていただいてもいいですか。)
(・・・ええ。良く頑張ったわね。中で少し休みなさい。)
そう言い、私はアネットと替わった。替わると同時に彼女は気を失ったようだ。無理もない。味方がいたとしても、トラウマの元凶だ。まだまだ対応するのは厳しかったのだろう。頑張ったのだから、今ぐらいはゆっくり休んでほしい。
私はその後、帰宅するまでアネットとして過ごすのだった。
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