第37話 目的 〜ジネット・ローレル視点 〜

「はあ・・・。」


 俺は帰宅後、着替えてベッドに寝転んでいた。今日の事を整理するためだ。

 今日は色々なことがあった。クラーク令嬢とアネット嬢が接触したこと。そしてクラーク令嬢に言われた言葉。その後アネット嬢に言われた言葉。


「何のために当主になりたいの・・・か。」


 時戻り前は、政略結婚の道具にされ、辺境の子爵令嬢と結婚させられたことに憤慨していた。だから、時戻り後はチャンスだと思った。今度はどんな手を使おうとも自分が当主になるのだと。そのために色々なことをした。時戻りの人間が誰であるかを探ったり、ランロットから情報を得るために友人を紹介したりもした。父に未来の知識を提供し、優秀さもアピールした。評価は上々だ。昔は話に上る前に兄が次期当主であることが決定していたが、今回は違う。使用人にこっそり聞いたところ、父はどちらを当主にするか悩んでいるらしい。

 だが、今になって俺は当主になるべきなのか、なりたいのか迷っている。今更だ。しかし、今を逃したらもう考えることはできないと感じていた。


「ただ、いい機会なので、今一度振り返ってみてもいいとは思います。本当に当主になりたいのか。他にも選択肢はないのか。考えるのは悪いことではないですから。」


 アネット嬢の言葉が胸に突き刺さる。俺は机の前にいくと、引き出しから大量の紙を取り出した。時戻り前の記憶を覚えているものを全て書きだしたものだ。それに加え、ランロットから聞き出した内容もある。それをペラペラとめくった。


「時戻り前はこんなに色々やったんだよな・・・。情報も必死に集めて・・・。」


 時戻り前は辺境の地であっても腐ることなく、必死に頑張った。そのかいもあって安定した運営ができていた。獣等の被害を出さず、民も飢えさせることもしなかったため、いい当主であったと自負している。


「・・・よしっ!!」


 俺は、自分に活をいれると部屋を出る。向かうは父の部屋だ。アネット嬢に言われて初めて気づいた。最近の俺は父と親子らしい会話をしていない。もっと父の考え、思いを知るべきだ。

 父の書斎前に着くと、1度深呼吸をして部屋をノックする。


「誰だ。」

「ジネットです。少しよろしいでしょうか。」

「入れ。」

「失礼します。」


 父の部屋に入る。今までは、未来の知識を伝えるときや、特別な時しか入らなかった。何故か緊張してしまう。


「どうした?また何かいいものを見つけたのか?」

「ああ。それは別の機会に。新たな資源を発見しましたのでご報告します。今回は別件です。父上と少し話をしたくて。」

「別件?どうした急に。」

「無駄は嫌なので、単刀直入に聞きます。俺は・・・当主を目指さないほうがよいのでしょうか?」

「!!」


 父が驚愕の表情を浮かべて俺を見る。そして深い溜め息をつき、俺に背を向けると口を開いた。


「お前は当主になりたいのか?」

「最初はそう思っておりました。自分は当主になるべきだと。政略結婚の道具になるぐらいならば、当主になり人を導くべきだと。しかし・・・最近わからなくなったのです。本当に当主を目指すべきなのかと・・・。恐れながら父上の考えを聞かせていただきたくてここに来ました。」

「そうか・・・。」


 父は振り返り、俺を見る。その表情は優しげだった。父のこんな表情を見るのはいつ以来だろうか。


「私の考えではジネット・・・。お前にローレル家は継いでほしくない。貴族としてのしがらみはあるが、自由に生きてほしいと願っている。お前は継ぎたいという意思が強かったから悩んではいたがな。」

「自由に・・・。で、ですが場合によっては辺境に飛ばされる事もあるのではないですか。」

「お前にやりたいものがないのであればそうするかもな。国の中心は陰謀が蠢いている。皆で足の引っ張りあいだ。ローレル家は子爵という立場もあり、とある公爵家の派閥に所属している。他の派閥からの嫌味や引き抜きの誘いはひどいぞ。そんな場所にお前をいさせたくはなかった。」

「どうして・・・俺にそこまで・・・。」

「お前と自分を重ねているかもしれんな。私も次男の身でありながら当主となった。しかし当主になってからは休まる日々がなかった。妻やお前達がいなかったら潰れていたかもしれん。」

「父上も次男だったのですか?」


 初めて聞く話だった。貴族の世界では、基本的に長子が爵位を継ぐ。だが、うちは当主を実力主義で決めると宣言されていたから何かあるのではないかと思ってはいたが・・・。


「ああ。兄が問題ある人間だったからな。それならば私が当主になると父を説得したのだ。かなり揉めたがな。そんなことがあったから、お前達の代でも実力主義で当主を決めると説明したし、両方に当主としての教育をした。」

「そうだったのですか・・・。」

「だからお前が当主を目指すというのであれば、どちらが当主にふさわしいかを公平に判断する。だが、私の勝手な望みを言うのであれば、お前には好きな相手と結婚し、好きな事をしてほしいと思っているよ。」

「兄は・・・。兄はなんと言っているのですか?」

「お前の兄は、自分が当主になると思っている。だが、それはなりたいからではない。貴族の責務としてなるものだと考えているだけだ。お前が当主になるのであればそれでもいいという考えだな。あいつはあまり欲がない性格だからな。それが心配でもある。」

「そうですか・・・。」


 父と兄がそんなふうに考えているなんて思ってもいなかった。父は俺を認めてくれていないと勝手に考えていた。だが、俺の幸せを願ってくれていたのだ。兄も競争相手ではなかった。俺が好きに生きられるように行動していただけだった。自分で勝手に奮起していただけだ。俺の瞳から涙がこぼれ落ちる。


「ありがとうございます。もう少し考えてみます。」

「ああ。それとお前の兄とも話をしてみるといい。最近はまともに会話をしていなかっただろう。話さないと伝わらないことがある。私が言える立場ではないがな。」


 俺は父に頭を下げ、部屋から退出した。そしてそのまま、兄の部屋に向かった。突然訪れた俺に兄は驚いていたが、歓迎してくれた。そこから兄の部屋で色々な話をした。兄の考えは父と同じで俺に好きに生きて欲しいとのことだった。それが当主になることであれば、それを尊重するし、違うことをしたいのであれば応援してくれるらしい。もし俺が当主になったらどうするのかと聞いたら、文官にでもなると笑っていた。兄は小さい頃2人で遊んでいた時から何も変わっていなかった。

 俺は思っていた以上に愛されていたらしい。思えば時戻り前は、流されるままで自分の意見をもっていなかった。当主になれないことを勝手に嘆き、くさっていた。だから今回はもっとよく考えてみることにしよう。自分が本当は何をしたいのかを。


「それにしても、アネット・セレナーデか・・・。」


 俺は部屋に戻る道すがらひとり呟く。彼女には随分助けられた。最初に会った時もそうだが、今日のこともそうだ。彼女の言葉がなかったら、俺は1人で負のループに陥っていただろう。彼女には感謝してもしきれない。

 時々こちらが飲み込まれそうな雰囲気があるが、基本は優しく素敵な女性だ。生徒会の見回りで一緒にいることが多いが、彼女と一緒にいるととても落ち着く。そんな事を考えるとふと気づく。彼女の事を考える時間が多いことに。


「もしかして・・・。俺は・・・。いや落ち着け。まだ決まったわけではない。整理してみよう。」


 俺は文官気質なのか、何かあると文字に起こして状況や気持ちを整理する。それをすることで物事を客観的に見ることが出来るのだ。俺は部屋に戻ると、自分の気持ちに向き合うために、机に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る