第26話 勝負
「俺が・・・弱い・・・だと?」
「そうよ。時戻り前の知識や経験を持ちつつ、なおかつ今鍛えているとしてもね。少なくとも私に手も足も出ない位は弱いわ。」
「アネット嬢。それは流石にいいすぎでは・・・。」
「お・・・おい女。ふざけた事言うじゃねえか。俺がお前より弱いだと。」
「事実よガーランド。」
私はジネットから離れて魔法訓練場の中心に立つ。ジネットは訓練場の端ににいるため、距離は30mくらい離れているだろうか。その中心で私は訓練場の結界を起動させた。訓練場全体が結界に覆われる。これで魔法を使おうとも、魔法が外に影響を与えることはない。結界が完全に起動したのを確認して、私は彼に向き直った。
「貴方が弱いことを証明してあげるわ。勝負をしましょう。」
「勝負だと?」
「ええ。ルールは簡単。貴方がそこからスタートして、私に触れられれば貴方の勝ち。その前に貴方が気絶したり、動けなくなったら私の勝ち。どう?単純でしょう?」
「お前・・・俺の速度を舐めているだろ。」
「舐めていないわ。だからこうして距離を取らせてもらってる。それにこちらからも攻撃もするし、逃げもするわよ。私が勝負に勝ったら、私の言うことを認めて真面目に授業に出なさい。そして友人をたくさん作りなさい。新たな未来を作るために。」
「俺が勝ったら?」
「その時は貴方が今のままでいられるように私から先生に嘆願するわ。私の言っていたことも世迷い言と切り捨てればいい。必要とあれば土下座でも何でもするわよ。」
「言ったな?いいだろう。受けようその勝負。」
彼の目が変わる。完全に戦闘モードになったようだ。それを見てアネットとジネットが慌てる。ジネットは慌てて私のもとに駆け寄ってきた。
「おい。アネット嬢!!なにを勝手に!!」
「黙って見ていて。貴方では彼を説得できなかった。こうするのが手っ取り早いわ。」
「だが負けたら!!」
「その時は素直に謝りましょう。2人で説得できませんでしたって。」
「く・・・。勝算はあるんだな?」
「もちろん。あ、審判をお願いね。スタートのタイミングを言ってもらう人がいないと困るわ。」
「・・・わかった。」
ジネットは諦めたかのように私の後ろに下がる。ジネットが諦めたかと思ったら今度はアネットが話しかけてきた。
(ノゾミさん!?大丈夫なんですか!?)
(安心なさい。言ったでしょう。貴方の前に立ちふさがるのは全力で叩き潰すって。)
(いえ・・・今回はどちらかというとノゾミさんがガーランドさんに喧嘩を売ったかのように見えましたが・・・。)
(う・・・。まあ良いじゃない。生徒会のお役目もあったんだし。)
アネットの指摘に私は思わず私はたじろぐ。だが、無理矢理ごまかした。それでもアネットは心配そうだ。
(でも本当に勝てるんですか?)
(安心してみてなさい。あ、魔力全開でいくから、体内の魔力には触れないでね。)
(わかりました・・・。)
アネットも私を信じることにしたのだろう。それ以上は何も言わなかった。私はジネットを指さしながらガーランドに声をかける。
「スタートの合図はこっちの彼にしてもらうわ。それでいい?」
「ああ。構わない。言っておくが後悔するなよ。」
「ええ。ぜひ後悔させて頂戴。」
笑いながら頷くを私を見つつ、ガーランドはいつでも走り出せるように前かがみの姿勢になった。足に魔力を集中させている。スタートの合図と同時に一気に迫るつもりなのだろう。私も魔力眼を通して彼の周辺の魔力を操る。
「いつでも良いぞ!!」
「こちらも。じゃあジネットさん。お願い。」
「わかった。3カウントで始める。3・・・2・・・1・・・スタート!!」
スタートの瞬間ガーランドが地面を思い切り蹴り走り出す。その直後、周りに大きな音が辺りに響き渡った。
「な・・・。」
ガーランドが走り出した直後、彼は私と反対方向に吹き飛ばされていた。何が起きたのかわからなかったのだろう。目を白黒させて固まっている。そんな彼に対し私は笑って声をかける。
「もう終わり?」
「!!舐めるな!!」
彼は立ち上がるとその場から大きく横に飛び、そして再び私に向かって走り出した。だが、すぐに最初と同じように反対側に吹き飛ばされた。
「一体何が・・・。」
「ふふふ・・・。」
ジネットが唖然としているが、私は笑うだけで答えない。だがガーランドは諦めるつもりはないようだ。しかも彼は硬い。直撃を受けたように見えたが、咄嗟に何かを感じたのか今回は防御したのだろう。彼はすぐさま立ち上がった。そして、戦略を変えたようで、立ち上がるとゆっくりと私の方向に向かって歩き出す。
「あら、もう見抜いたのかしら。さすがね。ならこれはどう?」
そう言うと、私は彼の周辺に100本程度の水の剣を作り出した。
「は・・・・?」
呆気にとられるガーランドを無視し、私は彼に向かって水の剣を一斉に射出する。彼は後ろに飛んで避けようとするが、それでも水の剣の速度が早く、ほぼ全ての剣を受け衝撃で吹き飛ばされつつびしょ濡れになっていた。
「ハクション!!冷てえ!!」
「何が・・・起こっている?」
ジネットが呆気にとられているのを見つつ、私は再び水の剣を100本程度作り出して射出する。
「くそったれ!!」
ガーランドは自分の周りに炎を出して水の剣を蒸発させようとした。だが、100本の剣全てを消すことはできず。再び水の剣が彼にぶつかり衝撃で吹き飛ばされる。剣といっても形を似せているだけで、先端は棒のように丸く固くしてあるが、後ろは加工していないただの水だ。先端が当たっても刺さったりはしない親切設計だ。先端が当たると痛いかもしれないが死ぬことはないし、後ろの水は当たっても冷たいだけだ。
私は水に濡れて震えている彼に声を掛ける。
「終わりにする?」
「ハクション!!まだだ!!舐めるな!!」
彼はそう言うと同時に複数の炎を作り出し、私に向かって投擲した。それを私は水の剣で打ち消す。水と炎がぶつかり巨大な蒸気が生まれ辺りを包みこんだ。それによって彼の姿が見えなくなる。だが私には魔力眼がある。彼の魔力を追えば位置は丸わかりなのだ。
「上!!」
「おおおおおおおお!!」
彼が雄叫びを上げながら私に迫ってくる。真正面では防がれてしまうと思ったのだろう。蒸気が出た後、魔力を足に集中させて、全力で私に向けて飛んだのだろう。水の剣をぶつけたとしても真正面だけ防いでいれば、重力で私の元までたどり着いてしまうだろう。
「でも残念。まだまだね。」
「がっ!!」
彼は、空中で何かにぶつかったかのように弾き飛ばされた。また私との距離が戻る。だが今回は予想していたのかしっかりと着地する。よく見ると両端を剣と鞘でガードしていた。そして私を見てにやりと笑った。
「化物め。」
「お褒めに預かり光栄よ。それでまだ続けるの?」
「無論だ!!」
彼は今度は左右にジグザグに動きながらこちらに向かってきた。妨害されないためであろう。横に動くタイミングはランダムだ。そして剣を私に向かって突き出している。その剣先には魔力が集中されていた。魔力を剣先に集中させているため足は先ほどと比べ遅いが、代わりに目の前になにか置かれても突き破れるように対策しているのだろう。
「予想以上ね。でもまだまだ横からの攻撃に対する認識が甘いわ。」
「ぐが!!」
私が呟いた直後、彼が思いっきり横に吹き飛ぶ。そして吹き飛した先でもう一度吹き飛ばして、初期位置に押し戻す。彼は予想していなかった方向から攻撃を受けたからであろう。今度はすぐには立ち上がれず、剣を杖代わりに立とうとしていた。
「まだだ・・・。まだ俺は・・・。」
「残念だけど。もう終わりよ。」
今度は彼の360度全てに水の剣を出現させる。手も動かせない程の至近距離にだ。彼は再び炎を出して打開しようとしたが、その前に私が水の剣を打ち出す。全方向から水の剣を受け、彼は力なくその場に崩れ落ちた。それを見てさすがにまずいと思ったのか、ジネットが私の肩を掴む。
「アネット嬢!!やりすぎだ!!もう勝負はついた!!」
「ジネットさん。そういうのであればガーランドさんの様子を確認してきていただけますか?」
「あ・・・ああ。」
ジネットがガーランドにゆっくりと近づく。近づいても反応しないことを見ると軽くゆすったり肩を叩いた。だが、それでも彼は全く反応しなかった。
「気絶している!!勝負は終わりだ!!」
「そう。頑張ったけどこんなものね。」
(ノゾミさんすごい・・・!!)
アネットが感動しているのを心の中で苦笑しながら、訓練場の結界を解除する。そしてゆっくりと2人の下に近づいた。ジネットが信じられないようなものを見る目でこちらを見ていた。
「まさかここまでとはな・・・。それだけの魔法が使えるなんて思ってもいなかった。」
「立ち塞がるものは叩き潰すという言葉、信じていただけました?」
「ああ。いやというほどな。ともあれこの状態ではまずい。俺は彼を保健室に連れて行く。君はどうする?」
「帰ります。後はジネットさんだけでも大丈夫でしょう。勝負を反故にするような性格ではないでしょうし。」
「わかった。気を付けて帰れよ。」
そう言うと、ジネットは彼を抱きかかえると保健室に向かって歩き出した。その姿が見えなくなってから、私はアネットに声を掛けた。
(さて・・・。帰りましょう。替わるわ。アネット。)
(あ、はい。それにしてもさっきの魔法はどういう仕組み何ですか?)
(焦らずとも説明してあげるわ。眠った後でね。今日は一旦これで終わり。)
「!!」
交替しようとした時、突然何処かから視線を感じてそちらを見た。だが、建物があるだけで、誰かいるようには見えなかった。だが先ほどまで視線を感じ取らせなかったという事はわざと感じ取らせたのだろう。不気味な存在だった。
(ノゾミさん?)
(・・・何でもないわ。替わりましょう。)
考えても仕方ないので、私は首を振る。私はアネットと交替すると、心の奥底に潜り込んだ。
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