【リライト】花沫雪月さま 『帰っておいでよ、尾久多見さん』
【原作品タイトル】『帰っておいでよ、尾久多見さん』
【原作者】花沫雪月さま
【原文直リンク】
https://kakuyomu.jp/works/16818093091768271087
【リライト者コメント】
ラストを変えてみてほしい、とのことでしたので、大阪愛・たこ焼き愛🐙を全面に出して、ギャグ感強めにふざけ倒してみました笑笑 しょうもないネタを存分に入れているので、長くなってしまいました。首相とのやり取りあたりは、原文のままのところも多いです。
==▼以下、本文。============
【前編】
大阪—————活気あふれる、日本国西の大都市。万博、大阪城、吉本新喜劇、道頓堀、数々の魅力はあれど……なにしろ、飯が安くて美味い。
大阪のソウルフードと言ったら?串カツ、お好み焼き?
いや、そこは「たこ焼き」やろ!
「毎度あり〜!」
大阪人たるもの、大手チェーン店でたこ焼きは買わない。最近心斎橋の東に越してきた、尾久多見一家3人も、それを見習っていた。家の近くのたこ焼き露店に幾度となく通ったおかげで、店主のおばちゃんとはもう顔見知り。
尾久多見家の3人は、それぞれ関西弁がぎこちないこと、関係性と職種がイマイチわからない、という以外は、特にこれといって特徴のない、平凡な中肉中背の容姿をしていた。
しかしおばちゃんはそんなこと気にしない。週に3回、たこ焼き6個入りを3つ買って帰るお得意様。しかも彼らは、どんなにしょうもない世間話や近所ゴシップでも興味津々に聞いてくれ、ある時は手元のデバイスに熱心に記録さえしている————何に使うのかは知らないが。
3人はたこ焼きを手に、ホクホクしながらアパートへ帰ってきた。いつものように、色褪せたちゃぶ台にそれを広げて3人で昼食を囲み、小さな古いテレビをつけた。
そこでは、日本国の政策と新たな制度に関するニュースが報道されていた————
「……士桜田狼喜首相の政治改革の一環として、日本国民であることを証明する従来のIDカードの携帯に加え、2037年より、新生児には日本国民であることを示すIDチップの埋め込みが義務化される予定です。なお制度の導入は早くも来春……」
2035年、超右翼政党の桜田首相は、民族的鎖国政策を打ち出した。すなわち日本国から一度外国人を全て追い出し厳選した国、外国人とのみ交流を行おうとそういう腹積もりの政策だった。
「……なんや、不味いことになりましたね」
尾久多見家の若い男女のうちの、男の方が最後のたこ焼きを名残惜しそうに口に含んでから、眉を寄せた。
「数年前のIDカードはなんとかなりましたが……チップの埋め込みの際には遺伝子レベルのチェックとかある言うてるし」
女の方も、いささか不安そうなため息をついて、お茶を啜る。
「潮時やろか……どう思いますか、隊長?」
「うむ……」
隊長と呼ばれた一番年配、ざっと50代見える男は腕を組みながら難しい顔で唸っている。
あとの20代に見える男女は心底残念そうに嘆いてみせた。
「あーあ、日本の食いもんも文化も好きやったんやけど……」
「ホンマそれや!まあ他の国も行ったけど、日本がいっちゃん居心地ええわ。それに、東よりも西、たこ焼き食うならここやろ」
「君たち、えせ関西弁をやめなさい」
隊長は少し厳しい口調で彼らに言った。異文化に対し敬意を払うことは、彼らの故郷の文化の矜持でもあるからだ。
「関西弁とはただの方言日本言語ではない、ノリとリズムと周波数が大事な言語だ。我々の脳ではコピーしにくい独特の音声記号。完全に取得するまで慎みなさい」
「はい」
「すみません」
二人はしおらしく、反省した。やはり関西弁の取得は、単なる文法と語彙のインプットよりも、シャドイングと発音、実践会話におけるスピーキングを重視したほうがいいのだろう。
「とはいえ遺伝子検査されたらさすがにバレちゃいそうだし帰るしかなさそうですよね。でしょ、隊長?」
「うむ……」
そこで先ほどから難しい顔で、うむ、としか言わない年配の男に若い2人は心配そうに声をかけた。
「隊長、どうしたんですか?」
「さっきから唸ってばかりですよ?」
「隊長、体調悪いんやろか」
「う、上手い!」
尚も関西節を真似したがる二人を横目に、唸っていた隊長は、ようやく意を決したように口を開いた。
「いや……君たちには黙っていたんだが……」
「はい」
「えぇ」
「実はこの星には調査ではなく不時着したのだ。だが文明レベルが違う為、部品が集められず宇宙船は直せなかった。つまり母星には帰れない」
若い2人はしばしパクパクと口を開閉し、何を言おうか何を言うべきか考えていたようだが
結局全く同時に「「えぇえええええ!?」」と抗議と驚嘆の入り交じったような悲鳴を上げた。
「ぼ、母星に救助を要請して」
「通信機器もダメになっているから不可能だ」
「せやかて!でも!ですが! 定期報告の通信をされているのを見ましたよ!?」
「うむ、フリだ」
「めっちゃ演技するやん!!」
「ほんなら、僕らの作成した地球調査レポートは……」
「大事に取ってあるぞ」
「どうりで給料でーへんな思たわ!!」
「おばちゃんの話詳細にメモとったわ!!」
「いや、せっかく色々聞いたのだ。無事に帰れた暁には、祖国で『オールウェイズ二丁目のなにわばあちゃん』として刊行しよう」
「それ流行るんか!?」
ひとしきり大阪的(なはず)の突っ込みを終えた若い2人は、今度は顔色を青く、誇張でもなんでもなく実際にセルリアンブルーに染めるとワタワタニョロニョロとし始めた。
「どうしましょうどうし☆※□((◆☆◎%にょ!」
「まずいで🐙☆🌊✨👽!」
「落ち着いてくれ。読者にわかる言語で喋ってくれ」
「このままでは憲兵に捕まって両手をバンザイさせられてしまいます!」
「地球外生命体だとバレたら解剖されて標本ですよ!」
「「どうするんですか! 隊長!?」」
「うむ、それについては手を打ってある」
「「ホンマかいな!?」」
若い2人に詰め寄られた隊長は落ち着き払って答えた。
「役所に帰国困難者支援申請をしておいた」
「「☆<※・◎ □((◆☆◎%( ͡° ͜ʖ ͡°)!?」」
不時着した際に、秒で脳にインストールした日本語も、億を超える語彙も、最近頑張って練習していた関西弁も、この時ばかりはすんなり出てこなかった。
【後編】
「首相、お忙しいところをありがとうございます」
「それで用向きはなんだね?」
首相官邸執務室にて、利賀多外務大臣は激務の続く中首相桜田に面会のアポを取り付けた。
それだけ急を要する案件であろうと桜田はしっかりと聞く体勢を整えて待っていた。
「まずお断りしておきたいのですが、今からお話するのは非常識かつ荒唐無稽ではありますが決して悪ふざけの類いではなく……」
「前置きは結構。君が私に伝えるべき案件だと判断したなら私がすることはまず話を聞くことだ」
「わかりました。単刀直入に申し上げますと宇宙人より帰国困難者支援申請が届きました」
「……すまない、もう一度頼む」
「宇宙人より、帰国困難者支援申請が、届いております」
区切りながらそう言って利賀多は3枚の申請書を差し出した。
尾久多見真、尾久多見柳治、尾久多見水希、3名分の帰国困難者支援申請である。
「日本人ではないのかね? IDの登録もある」
「戸籍データベースをハッキングして登録したそうです」
「したそう?」
「昨晩、私の個人携帯にこの尾久多見真氏から連絡が……無論、番号は伝えておりません」
「……」
桜田は閉口して申請書に目を通していく。
「現住所が……大阪市東心斎橋2丁目○-〇〇。だいぶ繁華街の中心だな。いろんな意味で大丈夫か?」
「たぶんきっと」
「帰国、いや帰星先が……タコ座銀河第8番惑星か」
「たぶん、そのようで」
「このなんだね? 顔写真は?」
「昨晩、私の個人携帯に送付されてきました」
「ふむ、あーえー、なんと言ったかね? ヒト型の……」
「グレイ型?」
「それだ。そのグレイ型じゃない方の宇宙人だな」
資料として添付されていた写真にはハッキリといわゆるタコ型宇宙人が写っていた。
「それが彼らの本来の姿だそうです」
「ではこの日本人は……」
「彼らには高度な擬態能力があるようです」
「……」
再び閉口した桜田はもう一枚の添付されていた写真を手に取った。
「これは……遊具かね? その……」
「タコさんウィンナー」
「それだ」
「これは彼らの宇宙船だそうです」
「子供が足の部分に股がっているが」
「近所の公園に停めてあるそうです」
「……」
桜田は老眼鏡を外し眉間を揉むと利賀多に少し険しい顔を向け口を開いた。
「利賀多君、冗談もここまで行くと……」
流石の流石にこれは悪ふざけだと思ったのか咎めようとした台詞は卓上に据え付けてあった電話の着信音に止められた。執務室の電話は海外の首脳との電話会談などに用いられるものであり、当然だが一般に電話番号は公開されていない。予定もなく突然鳴り出した電話にまたしても閉口した桜田は恐る恐るといった様で電話を取った。
「もしもし」
「我々ハ 宇宙人ダ。コノ星ハ 征服サレタ。大人シク 投降シロ」
桜田は電話向こうの抑揚のない声に、思わず全身を強張らせる。万が一宇宙戦争に突入すれば地球上での排他政治や鎖国など行っている場合では—————
「いやあすみません、宇宙人として一度は言いたかった台詞でして、冗談です」
あはは、と笑う中年の男らしき電話向こうの声に、とりあえず息をついたが、しかしその得体の知れなさには緊張が解けなかった。
「……お、尾久多見氏かね」
「いかにも……丁度利賀多さんから話は聞いて貰えたようだね」
現在の状況を言い当てられて思わず桜田は執務室に首を巡らせる。当たり前だがカメラのようなモノは見当たらなかった。
「我々の力を理解して貰えたようだね。無論、利賀多さんの悪ふざけでもない」
「……君たちの要求はなんだね?」
緊張した面持ちで桜田が電話越しの尾久多見に問えば、あっけらかんとした口調で尾久多見は答えた。
「いや、申請を受理してもらいたいだけなのだが……市役所に届け出しても全く受理してもらえなくて困っているんだ」
当たり前だろう、という感想をすんでのところで飲み込み桜田は言葉を選ぶ。
「その、イマイチ意味がわからないのだが……帰国の支援を申請するということはつまり帰れないということだろうか」
「うむ……14年ほどこの星のこの国に滞在していたのだが、あなた方の施行した法律によりこのまま滞在するのは宜しくなさそうだと思った次第でね。しかし宇宙船の故障により帰りたくても帰れないのだ。聞けばこの帰国困難者支援を受ければ資金面や移動手段を都合してもらえるそうじゃないかと申請してみたのだがいかがだろうか?」
宇宙人のことは考慮に入れていない、そう言いそうになるのを堪えた桜田はなんとか言葉を絞り出した。
「……こちらで対応を検討してみよう」
「おぉ、それは助かる。よい返事を待っていることにしよう」
受話器をゆっくりと戻し桜田は深く深く息を吐いた。
「利賀多君、これは大仕事になる」
「そのようで」
▽
2042年、日本全国のたこ焼きチェーンと、日本全国のお弁当作りが趣味の主婦、そして料理研究家の間に激震が走った。
なんと政府があらゆる予算を投じて企業や主婦への助成金を打ち立て、数年にわたる大規模なコンペの開催を決めた……「政府認可たこ焼き選手権&タコさんウィンナーオリンピック」。
とにかく、斬新かつ見た目にも質にもこだわり抜いた、この世で一番美味しい、次世代の「たこ焼き」、そして「タコさんウィンナー」を募集する—————なぜ、内閣情報調査室、公安調査庁がやたらとこの政策に関わり、選手権が厳重に管理されているのか誰も知らなかったが。
数ヶ月前。オクタ星人もとい尾久多見家は、日本政府と協力して、なんとか宇宙船の修復を試みたが、結局地球にある物質では難しいと考えられた—————タコ以外は。
「知っての通り、我々の身体は、美食を摂取した時のセロトニンを意識的に倍増することで、全細胞の強化が可能である」
いや知らんわ、どういう身体なのだ、というツッコミを、桜田首相は尚も飲み込んだ。
「これを応用するという手がある。我々の脳細胞が強化・拡張されれば知能が上がり、今現在地球で手に入れられる物質でも宇宙船の修復が可能になるだろう。試してみる価値は十分にあると思われる」
「……わかった、我が国でできる限りのことはしよう。ところで、どんな美食をお望みなのだろうか」
「たこ焼きとタコさんウィンナーだ」
そうして、彼らは選手権を勝ち抜いた、日本全国の主婦、料理研究家や、企業からの至高の一品を堪能し、思惑通りにセロトニンによる脳拡張を経て技術を応用した結果、見事、宇宙船の修復に成功した。
彼らは、地球の美食というエンジンを借りて、タコ座銀河第8番惑星に帰還したのだ。
……しかしなぜだろう、どれだけ高級な美食を味わっても、3人が故郷に帰って思い出すのは、あの懐かしき露店のおばちゃんのたこ焼きだった。
特にこれと言って珍しさもない、素朴な味。それは、おばちゃんの歯切れのいい関西弁で語られる世間話とともに、いつまでも記憶に残っていた。
▽
「いやあ奥さん、儲かりまっか〜?」
尾久多見は、地球を去るときに、おばちゃんと電話番号を交換していた。帰還してから数ヶ月後、「オールウェイズ二丁目のなにわおばちゃん」を出版した彼らは、彼女が懐かしくなり電話をかけた。
「あらその声は、尾久田見さん、久しぶりやないの!まあぼちぼちでんな〜」
「こっちもぼちぼちや。帰省してから、どうも、おばちゃんの味が恋しゅうなって。そういや、おばちゃんの店Uber○ats、始めたんやろ〜?」
「よう知ってんなあ、ウチも歳やで、でりばりーや何やようわからんけど、もうこの店は若いのに任せて、ちょっと旅行でも行こ思てな!あはは」
「ええやんか〜、また土産話聞きたいわ〜」
「あんたら、またメモ取りはるんやろ!あいあい、ほな届け先の住所言うて〜な」
「タコ座銀河第8番惑星、オクタ国B居住区セクター88-D」
「どこやねん」
数年後、Uber○atsは、星間デリバリーサービスを開始した。
1969年、人類は初めて月面に着陸した。大阪の露店のたこ焼きが、遥か彼方のタコ座銀河第8番惑星に初めて着地したのは、2049年のことである。
世界は今日も、多様性に溢れている。どんな民族、文化、種族であっても、美味しいものを、誰かと笑っていただく時の、シンプルな幸せは共通かもしれない。
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