【リライト】日向風さま 『夜の果て』


【原作品タイトル】『夜の果て』


【原作者】日向風様


【原文直リンク】https://kakuyomu.jp/works/16818622176291132921/episodes/16818622176291490159


【リライト者コメント】


 二人のバディ感(?)を足し、既にテッドが迷い込んじゃってたら……というifで書いてみました。

 原作の世界観が素敵すぎて、色々自分で深掘りして妄想してどっぷり浸かってしまったら、かなり原文から飛んでしまいました…(しかし、とても面白かったです)



==▼以下、リライト文。============




『夜の果て』



 「バーボンを」


 テッドは草臥れた様子でカウンターに沈み、酒を頼んだ。警官服を着ていないと、なぜこうも落ち着かない気持ちになるのか————そんなことを考えながら。

 

 目の前に、静かにグラスが置かれた。琥珀色のそれが微かに揺れる。


 バーテンダーは変わった男だった。くすんだ灰色のスーツ、色を失った古い写真のような青白い顔。


 周りの客は、無言でカウンターに座っていた。皆俯いて、弱々しくグラスを傾けている。


 来たことのないバーだった。それは街の闇に紛れるようにして、ぽつんと赤い光を灯していた。塗装は剥げていて店の名前さえ曖昧だ。が、彼にとってはどこでもよかった、酒さえ飲めれば。


「……ここはなんてとこだい」


 じわり、と酒で喉を焼きながら、彼は何気なく聞いた。


「……“ルインズ・バー”」


 灰色のバーテンダーは抑揚のない声で答えた。「ルインズ・バー」。どこかで聞いたことのある名だな。一体、どこで聞いたんだか————



「知ってるかい」


 ふと、相棒の顔がよぎった。懐かしい思い出だ。


「この街には、決して足を踏み入れてはならないバーがある」


「何だそれは」


「この世に絶望したやつだけが行く————朽ちたバーだ」


 マイクは「ただのおとぎ話だがね」と、冗談めかして笑った。あいつは警官のくせに、そういう都市伝説が好きだった————あれが最後になるとは、思ってもいなかったが。


 長年の相棒、マイクは“ある事件”を境に、煙のように姿を消した。家に強盗が入り、運悪くそこに居合わせた彼の妻は、その犠牲となってしまった。


 大切なひとを失った彼が、心配でならなかった。街中を探したが、手がかりはなし。心の優しいあいつが、悲しみに暮れて自害でもしたら……日に日に不安は募っていった。


「……人を探してるんだ」


 テッドは徐に呟き、バーテンの男を伺った。“絶望したやつだけが行く”朽ちたバー————本当にそんなものが存在するのか。


「マイクという。気さくなやつだ、俺の警官仲間で……」


 まあ、こんな寂れた店のバーテンダーが知るわけないよな。「何でもない、忘れてくれ」と笑おうとした時だった。


 その灰色の男が、テッドの背の後ろを、すっと指差した。


「え……」


 いやに骨張った、白い指先を辿る。————虚な顔をした客たちが座る、テーブルの奥の席。


 会いたかった友がいた。


「マイク!」


 テッドは思わず声を上げ、駆け寄った————記憶の中の彼とは、どこか様子が違うが————彼が無事であったことに、胸を撫で下ろす。


「よかった、ここにいたんだな」


 俯いたままのマイクは、一瞬だけ声に反応したが、こちらを振り向くことはない。


「よう、相棒。こんなところで会うとはな……いや、遅かったな、というべきか」


 マイクの青白い顔に、どこか自嘲めいた薄い笑いが見えた気がした。


「何言ってんだ。とりあえず無事でよかった。探したんだぜ」


「そうかあ……お前も、お前もか」


 マイクは背を丸めてふふっと低い笑みを溢し、そんな言葉をつぶやいた。


「ルインズ・バーは……嗅ぎつける」


「何だって?」


「誰の胸にも、触れたくない過去がある。忘れたい罪がある。ここは、そんな罪を背負った連中が集まる場所……代償さえ支払えば、もう天国さ」


 彼は尚も俯いたまま、まるでうなされるように、ブツブツとそんなことを口走った。……何かがおかしい。不気味な違和感に苛まれ、彼の肩に触れようとした時だった。


「会えてよかったぜ、相棒」


 マイクが顔を上げた。


「—————っ!」


 目が、なかった。


 まるで闇に溶けたように、眼窩が空っぽだった。


 背筋が凍り、思わず後退りする。しかし足はもつれて、身体は思うように動かない。


「俺が撃ったんだよ」


 マイクははっきりと言った。目がないというのに、彼は紛れもなく自分の友ということを、なぜわかってしまうのだろう。


「あの日も、あいつは男を連れ込んでやがった。気づいたら手が出てた。必死に強盗の仕業にしたんだ」


 嘘だ、お前がそんなことをするわけない————いくら否定したくても、テッドは何も言えなかった。恐怖からではない、“心あたり”があるからだった。


「ずっと……罪に怯えてた。だけど、ここに来て分かったんだよ。俺は——何にも間違っちゃいなかったってね」

 

 マイクはゆらりと、相棒に近づいた。罪に怯えているのは、俺だけじゃない、だって見ろ、このバーは“賑わっている”。


 彼は、ここで相棒テッドに会えたことに満足していた。微かにそんな気はしていたのだ、いつかこいつも、ここへやって来ると。


「五年前、お前が捕まえた犯人がムショで自殺しちまったんだろ? 無実を訴えてたらしいじゃねぇか」


 目のない目が、テッドを真っ直ぐに捉えた。周りの客も、じっと彼の“罪”を見つめるように、その黒い二つの闇で彼を覗いていた。


「違う、俺は……」

 

「あれは冤罪だったよな。お前はそう確信していたが何も動かなかった」


 その言葉に、テッドはストン、と肩を落とした。先ほどまで絶望と恐怖に塗られていたその顔が、ゆっくりと俯く。


「……代償を支払えば、天国なんだな?」


 テッドの声はもう震えていなかった。当然だ、彼は独りでここにいるわけではない。相棒がいて、琥珀色の酒があり、飲み仲間がいる。何も恐ろしいことはない。


 それに、彼は自分が今日、どうやってこのバーに辿り着いたか覚えていない。帰り道なんて知っているわけがなかった。


 バーテンダーの抑揚のない声が、暗がりに響いた。


「ルインズ・バーへようこそ。今夜のお客様は、あなたで最後です」


 ——闇の中から、無数の手が伸びてきた。





 この街には、決して足を踏み入れてはならないバーがある。


 その店はネオンもなく、闇の奥にぽつんと赤い灯がともるだけ。赤い灯が照らすのは、『ルインズ・バー』という名の看板。その名の通り、朽ちた遺跡のような店だ。


 誰が店主なのか、誰が客なのかさえ定かではない。ただひとつ確かなのは、そこへ迷い込んだ者は——決して戻ってこない、ということだ。




 (了)

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