第39話 それぞれの道
ベースキャンプからダイガーツの街まで、一日かけて無事に帰還した。疲労は残っていたが、マムルが焚いてくれた練香のおかげで、体の痛みやだるさはほとんど感じなかった。
ギルドに戻り、先遣調査護衛任務の完了報告を済ませた。
ヤーマンによると、調査の成果は限定的だったものの、未知の空間の地形を確認し、そこに棲む魔物について貴重な情報を得られたという。
クエストは無事完了と見なされ、報酬の銀貨五十枚を受け取った。一人当たり五十枚。危険はあったが、それに見合う大きな報酬だ。ミルのギルドカードに残高が加算されていくのを見て、冒険者として稼ぐことの確かな手応えを実感した。
ヤーマンは今回の経験を活かし、新たにケイブアント討伐隊を編成して、トンネルワームの横穴周辺の安全確保に乗り出すとのことだ。
ギルドでは他のメンバーとも互いの健闘を労った。イーノとディディは軽傷で済んだことに安堵しつつ、次なる戦いへの意欲を燃やしている。シアナは皆の無事を心から喜び、医療の重要性を再認識したと語った。エンリコは未知の空間を目の当たりにした興奮がいまだ冷めやらぬ様子だ。
「今回は助かったぜ、ミル! あんたのライフルとリンティの魔法がなきゃ、どうなっていたか」
イーノが言うと、ミルは首を振った。
「いえ、イーノさんとディディさんの活躍があったからです」
ミルの返答に、イーノとディディは照れくさそうに笑う。
「マムルちゃんも、ありがとうね」
シアナがマムルに優しく声をかけると、マムルは嬉しそうに彼女に身を寄せた。
それぞれの今後について話し合い、互いの健闘を祈って解散した。
ヤーマンとエンリコは早速ケイブアント討伐隊の編成へ、イーノとディディは別のクエストへ、シアナは薬の補充へと、皆それぞれの道へと向かう。
宿「鉄の安らぎ」に荷物を置いて一息つくと、ミルの腹がぐぅっと鳴った。激しい戦闘と長距離移動で、すっかり空腹だったのだ。リンティとマムルも同じようにお腹を空かせている。
「お腹すいたねぇ……何か美味しいもの、食べに行こうよぉ!」とマムルが言う。
「賛成! 今日の報酬で、ご馳走を食べちゃいましょう!」
リンティも乗り気だ。
三人は宿の食堂へ向かった。任務中は質素な食事や携帯食料ばかりだったから、久しぶりに温かくて美味しいものが食べたかったのだ。
メニューに目を落としたミルとリンティは、ぱっと顔を輝かせた。そこには冒険者向けのボリューム満点なご馳走がずらりと並んでいる。
中でも二人の目を引いたのは「雪割牛のリブロースステーキ」だった。ドワーフ鉱山を越えた雪原地帯で飼育される雪割牛は、その極上の肉質で有名だという。
「これにしよう! 雪割牛のリブロースステーキ!」
ミルが迷わず注文すると、リンティもそれに続いた。マムルはミルのステーキを分けてもらう約束だ。
やがて運ばれてきたステーキは、大きな肉塊が鉄板の上でジュージューと音を立て、香ばしい匂いがたまらなく食欲をそそる。
ナイフを入れれば、すっと通る柔らかさ。一切れを口に運ぶと、とろけるような食感とともに、ジューシーな肉汁と濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。
「うわあ、美味しい!」
ミルは思わず声を上げた。お裾分けをもらったマムルも、目をまん丸にしている。
「ほんとだ! おいしすぎるよぉ、ほっぺたが落ちそう!」
リンティもステーキを頬張り、満面の笑みだ。
「んー、これよこれ! 汗水流して稼いだお金で食べるご馳走は格別ね!」
激しい戦いの後の空腹に、極上の料理。三人は夢中でステーキを堪能し、心も体も満たされていくのを感じた。
食事を楽しんでいると、隣のテーブルに座る冒険者たちの会話が耳に入った。
「……霧の中でしか咲かないという『キリカズラ』を、知り合いがチタ高原で見たらしい」
「本当か? 確か希少な薬の材料になるって話だが」
「ああ、霊薬の素材にもなるそうだ。入手はかなり難しいらしいぞ」
『キリカズラ』――その言葉に、リンティはぴくりと反応した。彼女は以前から、高難度の霊薬調合に挑戦したいと話していた。霊薬とは、通常の薬をはるかに凌ぐ効果を持つ反面、極めて希少な素材を必要とするものだ。
リンティは隣の会話に静かに耳を澄ませる。チタ高原、霧の中でのみ開花する花。断片的な情報が、彼女の探求心を強く刺激した。
食事を終えて部屋に戻り、一息ついたところでリンティがミルに切り出した。
「ねぇ、ミル。さっきの『キリカズラ』の話、聞いてた?」
「うん。霊薬の素材になるってやつだよね」
「そう! あれこそ、私が作ろうとしている霊薬に必要な素材の一つなの!」
リンティは興奮気味に言った。
「チタ高原で、霧の中でしか咲かない……とても珍しい素材なの。もし手に入れば、私の霊薬作りが大きく前進するかもしれない!」
リンティの目は期待に輝いていた。
「チタ高原かぁ……遠いの?」
「ダイガーツからなら徒歩で半日くらい。でも、絶対に行く価値はあるわ! キリカズラを手に入れれば、魔法使いとしてもっと成長できる!」
リンティはすっかりその気になっている。
「ねぇ、ミル。次の冒険はクエストじゃなくて、私の材料探しに付き合ってくれない? チタ高原まで!」
リンティの誘いに、ミルは迷わず頷いた。
「うん、行こう! チタ高原! リンティの探し物、手伝うよ!」
ドワーフ鉱山の調査は期待したほどの成果ではなかったが、思わぬ形で次の目的地が見つかった。霊薬の素材探しという、これまでのクエストとは違う個人的な冒険。
だが、リンティの夢を応援したいという気持ちと、未知の土地チタ高原への好奇心が、ミルの心を強く惹きつけた。
「やった! ありがとう、ミル! マムルも一緒に行ってくれる?」
「うん、行く行くー! チタ高原! キリカズラってどんなお花かなぁ?」
リンティが嬉しそうに言うと、マムルもミルの肩の上で元気いっぱいに答えた。
こうして三人の次の冒険は、チタ高原を目指すことに決まった。
美味しい食事で心身を満たし、新たな目標を見つけた一行は、その夜、期待を胸に宿でゆっくりと体を休めた。霧に包まれた高原に咲くというキリカズラ探しは、はたしてどんな旅になるのだろうか。
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