第38話 温かい心

 激しい戦闘と、間一髪の撤退を終え、心身ともに疲労困憊となった一行は、ベースキャンプに戻った。軽く食事を済ませると、それぞれ自分の寝袋に潜り込む。

ミルもリンティもへとへとで、すぐに眠りに落ちた。


静かなテントの中で、マムルは二人の寝顔を見守っていた。ミルの額には汗が滲み、リンティも眉間に微かに皺を寄せている。

今日の戦闘は、マムルにとっても恐ろしく、不安だった。だが、それ以上に、ミルとリンティが危険な目に遭うのが怖かった。


(ミル、リンティ……疲れてるよねぇ……)


マムルは小さな胸を痛めた。二人のために、何かできることはないだろうか。

自分は魔物と戦うことも、魔法を使うこともできない。それでも、二人が少しでも楽になるなら、何かしてあげたい。


マムルはそっとミルの寝袋から抜け出し、テントの外へと向かった。

暗い坑道の中で、焚火が暖かく燃えている。焚火の番をしていたのは、治療師のシアナだった。


シアナは、火の粉が飛ばないよう、薪の位置を調整していた。その横顔は、優しさに満ちていた。


(シアナなら、何か知ってるかもしれない……)


マムルは勇気を出して、シアナのそばへ飛んでいった。


「シアナ、あのね……ミルとリンティ、すごく疲れてるみたいなんだ。何か、してあげられること、ないかな?」

マムルが不安げな声で尋ねた。


シアナはマムルの声に気づき、優しくマムルを見た。その大きな瞳には、マムルの心配する気持ちが映っている。


「マムルちゃん……ミルさんもリンティさんも、本当に頑張ったからね。心も体も、きっとすごく疲れているはずよ」


シアナはそう言って、持っていた袋から小さな瓶を取り出した。瓶の中には、丸い粘土のようなものが収められている。


「これはね、『疲労回復の練香』。体に塗る薬とは違って、焚いて香りを吸うと、体の疲れを和らげてくれるものなの。精神的な緊張も解いてくれる効果があるわ」

シアナはマムルに練香を見せた。


「これ、ミルとリンティにいいの?」

マムルは目を輝かせた。


「ええ。あなたたちの分も少し分けてあげるわ。練香を少しだけ取って、この香炉で熱して使ってね」


そう言って、練香を少量と、小さな携帯用の香炉をマムルに手渡した。香炉は、焚火の熱で温めることができるようになっていた。


「ありがとう、シアナ!」

マムルは嬉しくなり、シアナに精一杯のお礼を言った。これで、二人の疲れをとってあげられる。


受け取った香炉を温め、そっとテントに戻った。テントの中では、ミルとリンティが静かに眠っている。


温めた香炉に、小さな練香を乗せた。すると、練香から、ふんわりと優しい香りが立ち上ってきた。それは、薬草と、どこか甘い香りが混ざり合った、心地よい匂いだった。


香炉を、ミルとリンティの間にそっと置いた。優しい香りが、テントの中に満ちていく。


(この香りで、ミルとリンティが、少しでも楽になりますように……)


マムルは、小さな体で、二人の寝顔を見つめた。感謝、心配、そして二人の役に立ちたいという強い思い。言葉にはできないたくさんの感情が、小さな胸に溢れていた。


マムルは、二人のそばで、優しい香りに包まれながら、そっと目を閉じた。二人の無事を祈り、安らかな眠りにつけるようにと願った。


翌朝。ミルとリンティは、いつもよりもスッキリとした目覚めを迎えた。

体の重さや、前日の疲労感が嘘のように消えている。頭もクリアで、昨日の激しい戦闘のことも、冷静に思い出せる。


「あれ……? なんか、すごく体が軽い……」

ミルは驚いて自分の体を見つめた。


「ええ、私もよ。昨日の疲れが、全く残ってないみたい……」

リンティも不思議そうに言った。


そして、二人はテントの中に微かに残る、優しい香りに気づいた。

「この香り……?」


ミルは顔を上げた。その時、隣でマムルが恥ずかしそうにしているのを見つけた。マムルの手元には、小さな香炉が置かれている。


「あ……あのね、マムルね……昨日の夜、シアナさんに、練香をもらってきて……二人が疲れてるから、焚いてあげたんだよぉ……」

マムルは小さな声で、顔を赤くしながら説明した。


ミルの胸に、温かいものが込み上げてきた。

リンティも、マムルの健気な行動に、そっと目を細めた。


「マムル……!」


ミルは言葉にならないほどの気持ちで、マムルを抱きしめた。マムルはミルの胸の中で、嬉しそうに身を寄せている。


「ありがとう、マムル……マムルのおかげで、こんなに体が楽になったんだね……」

ミルの声は、感謝の気持ちで震えていた。


リンティもマムルに優しく語りかけた。

「ありがとね、マムル。あなたは、本当に私たちの天使だわ」


マムルはリンティにも褒められて、さらに顔を赤くした。


(ミルとリンティが、喜んでくれた……! マムルね、二人の役に立てて、とっても嬉しいよ!)


マムルの心の中は、喜びでいっぱいだった。疲労回復の練香。それは単なる薬効を超え、マムルの二人のことを思う純粋な気持ちが込められたことで、より大きな効果を発揮したのかもしれない。


こうして、マムルの優しさのおかげで、ミルとリンティは体を回復させることができた。今回の調査は大きな成果は得られなかったが、仲間との絆、そしてマムルの温かい心に触れることができた、忘れられない経験となった。

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