第37話 群れ

 けたたましいケイブアントの鳴き声が地下空間に響き渡る。その声に応じるように、河岸の岩陰や石筍の隙間から、黒い影が次々と姿を現した。一体、また一体と、その数はみるみる増えていく。あっという間に数十匹の群れがこちらに向かって突進する。


「迎え撃つぞ! 前衛は迎撃態勢だ!」


ヤーマンが指示を飛ばす。イーノとディディが前に出て、巨大な戦鎚とガントレットを構えた。


「来やがったか! 叩き潰してやるぜ!」


イーノが戦鎚を振り回し、突進してきた群れをまとめて薙ぎ払う。数匹が弾き飛ばされ、バラバラになった。


「数は多いが、一体一体はそれほど強くない!」


ディディは叫びながらガントレットで殴りつけ、ケイブアントの外殻を砕く。奮戦する二人だったが、倒しても倒しても次から次へと現れる。まるで無限に湧いてくるかのようだ。


「数が多すぎる! リンティ、ミル! 援護しろ!」


イーノが叫ぶ。リンティは魔法の詠唱を、ミルは魔法式ライフルを構えた。


「《マジック・バレット!》」


リンティの杖先から魔弾が放たれ、群れに着弾する。巻き込まれた数匹が吹き飛び、消滅した。


ミルもライフルを群れに向け、魔弾を撃ち込む。冥色のライフルの威力は強力で、命中したケイブアントは弾け飛ぶように霧散した。


しかし、倒しても倒しても数は増える一方だ。前衛の二人は圧倒的な数の波に押され始める。ケイブアントは小さな体で隙間を縫うように突進してくるため、攻撃を防ぎきれない場面も増えてきた。


「くそっ、きりがないぜ!」

イーノは苛立ちながら叫ぶ。ディディは無言で殴り続けていた。


シアナは負傷した二人に応急処置を施し、回復薬をかけるなど、懸命にサポートする。ヤーマンとエンリコは後方で緊迫した状況を見守っていた。


「このままではまずい! 前衛が持ちこたえきれない!」

リンティが叫ぶ。魔法も無限ではなく、魔力には限りがある。


群れはさらに数を増す。そして、その中に混じり、一回り大きな影が現れた。


それはケイブアントより強靭そうな巨大な蟻の魔物だ。全身を覆う外殻はより濃い黒で鈍い光を放ち、口からは粘り気のある液体が滴り落ちている。


「まずい! プレダントだ! ケイブアントの上位種だ!」

ヤーマンが叫ぶ。プレダントはケイブアントの群れを率いる存在らしい。


プレダントはその巨体を揺らし、けたたましい鳴き声を上げた。口から粘り気のある液体を飛ばすと、地面に着弾した液体は、ジュワ、という音と共に岩盤を腐食させていく。


「強酸の腐食液よ! 避けて!」


リンティが叫ぶ。一行は咄嗟に腐食液を避けた。地面に落ちた腐食液からは刺激臭が立ち込めた。


数匹のプレダントが現れ、前衛の二人に攻撃を仕掛けてくる。強酸の腐食液は鎧をも溶かす威力があるらしい。イーノとディディは攻撃を避けながら、プレダント本体に攻撃を叩き込んだ。


「戦況は不利だ! このままでは全滅する可能性がある!」

ヤーマンは冷静に戦況を判断し、撤退を決断した。


「全員、戦線を維持しつつ撤退する! エンリコ、煙幕の準備を!」


ヤーマンは即座に撤退を命じた。未開地調査の鉄則は、危険と判断した場合の即時撤退だ。


「火気厳禁だ! 煙幕で視界を遮れ!」


ヤーマンが指示する。このような未踏破空間での火気使用は、環境破壊の可能性があるため禁止されているのだ。


エンリコは背負っていた大荷物から煙幕弾のようなものを取り出す。ヤーマンの指示で群れに投げつけた。


煙幕弾が炸裂し、白い煙が勢いよく広がる。一瞬にしてケイブアントとプレダントの視界は遮られた。


「今だ! 撤退しろ!」


ヤーマンが叫ぶ。イーノとディディは必死に後退しながら追撃を食い止める。リンティとミルも後退しつつ、時折振り返っては前衛の二人を援護し、追っ手を牽制した。


煙幕のおかげでケイブアントとプレダントは混乱しているようだった。だが、嗅覚が鋭いため、いつ追いつかれるか分からない。


全員が石筍の森を目指し必死に後退する。石筍の森まで辿り着けば、複雑な地形によって追撃をかわしやすくなる。

必死の撤退戦。恐怖と疲労が全身を襲うが、仲間と共に生き残る一心で、ミルはライフルを構え続けた。


石筍の森まで下がった頃には、追撃は止まっていた。おそらく彼らの縄張りを離れたのだろう。


「ふぅ……なんとか、逃げ切れたわね……」

リンティは息も切れ切れに言った。全員が地面にへたり込む。体は限界だった。


ヤーマンは皆の無事を確認し、深いため息をついた。

「今回の調査はここまでとしよう。未知の空間には、我々の想像以上の危険が潜んでいたようだ」


ヤーマンはそう結論付けた。

このままベースキャンプに戻り、一夜明けてから街に帰還することになった。激しい戦闘と間一髪の撤退。大きな成果は上げられなかったが、全員が無事で帰還できたことは何よりも大きな収穫だった。


ベースキャンプに戻り、テントの中でミルは今日の出来事を反芻した。圧倒的な数の魔物、そして強力なプレダント。死と隣り合わせのような、初めて体験する切迫した戦闘だった。

だが同時に、仲間たちと連携し、困難を乗り越えられた確かな手応えも感じていた。今回の調査は失敗に終わったかもしれない。だが、この経験はミルの冒険者としての成長に必ず繋がるだろう。

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