第36話 ノーム信仰

 巨大な蟹の魔物、プスアルズを撃退した後、一行は河の調査を進めることにした。この地下空間に流れる河がどこへ行き着くのか、ヤーマンは強い興味を示していた。


まずは下流へと進んだ。しばらく行くと、河はそのまま巨大な滝となっていた。その底は暗闇に閉ざされていて見えない。これ以上下流に進むのは危険だと判断し、上流へ進むことにした。


上流に進むにつれて、坑道の中とは異なる、奇妙な形の植物が河岸に増え始めた。太陽の光が届かないはずなのに、生きているかのように淡い光を放つ植物もあった。


「これは……興味深い。太陽光を必要としない腐生植物の類だろうか」


ヤーマンは興奮した様子で植物の採取を始めた。エンリコもヤーマンの指示に従って、丁寧に植物を採取し、記録していった。


「変な形だねぇ……」


マムルが植物を見て首を傾げた。リンティも珍しそうに観察していた。

「こんな地下空間に、こんな植物が自生しているなんて……本当に未知の空間ね」


さらに上流へと進むと、河岸から少し離れた場所に、盛り土の上に三角錐の石が置かれているのを発見した。その石は人工的に加工されたもので、周囲にはいくつかの小さな石が並べられていた。


「これは一体……?」


ヤーマンとエンリコが近づき、その場所を調査し始めた。盛り土の土質や石の配置などを詳しく調べた。


「おそらく、何らかの儀式的な場所だろう」

ヤーマンは仮説を立てた。


「この石の形や配置、そしてこの場所の雰囲気からして、もしかしたら、ノーム信仰の名残かもしれないな」


ノーム信仰とは、地下に住む精霊のような種族であるドワーフたちが信仰していたとされる、精霊や自然への信仰だった。


「ノーム信仰!?」


リンティが目を輝かせた。ドライアドであるテレダと交流したばかりのリンティにとって、「ノーム信仰」という言葉は興味を引くものだった。


ヤーマンとエンリコが熱心に調査を進める間、イーノとディディは周囲の警戒にあたっていた。坑道内は静かだったが、いつ魔物が出没するか分からない。

リンティとミル、シアナもヤーマンたちの調査を妨げないように、静かに周囲を警戒していた。ミルは魔法式ライフルを携え、いつでも対応できるように準備していた。


その時だった。

「来るぞ!」


周囲を警戒していたイーノが、低い声で警告を発した。河岸の岩陰から黒い影が素早く現れた。それは巨大な蟻のような魔物だった。全身が硬い外殻で覆われ、鋭い顎を持っていた。


「ケイブアント!」

ヤーマンが叫んだ。洞窟や坑道に棲む蟻の魔物だ。


現れたケイブアントは一体だけだった。しかし、地面に降り立つなり、けたたましい音を立て始めた。それは助けを呼ぶかのような甲高い鳴き声だった。


「まずい! 仲間を呼んでいる!」


リンティが叫んだ。ケイブアントは単独で行動することは少なく、コロニーを形成して集団で行動する習性がある。一体が現れたということは、近くに大量の仲間がいる可能性が高い。


「迎え撃つぞ! 前衛、防御態勢!」


ヤーマンが指示を出した。イーノとディディはすぐに前に出て、防御態勢を組んだ。ミルはライフルを構え、リンティは魔法の詠唱を開始した。シアナはいつでも負傷者の手当てができるように準備した。


ケイブアントのけたたましい鳴き声が地下空間に響き渡った。そして、その鳴き声に応えるように、河岸の岩陰や石筍の隙間から、次々とケイブアントの群れが姿を現し始めた。一体、また一体と黒い影が増えていった。

あっという間に数十匹のケイブアントが、こちらに向かって突進してきた。


「うわああ!」


ミルの顔に緊張が走った。その数はこれまでの戦闘とは比べ物にならなかった。マムルもミルの髪の中で小さく震えていた。


未知の空間での新たな脅威。ケイブアントの群れとの激しい戦闘が、今、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る