第32話 お洒落な硬石

ナピリカスの襲撃を乗り越え、無事に依頼のチゼルを見つけ出したミルとマムル、リンティは、依頼主である鉱夫にチゼルを届けた。鉱夫はチゼルが無事に戻ってきたことを心底喜び、深々と頭を下げて感謝してくれた。誰かの役に立つことができた、という達成感がミルの胸に広がった。


ギルドでクエストの完了報告を済ませる。今回のクエスト報酬は銀貨30枚。さらに、ロックスネイルのコアが銀貨3枚、ナピリカスのコアが3個で銀貨6枚になり、合計で銀貨39枚になった。


今回の報酬の分け前について、リンティが提案した。

「今回のクエストは、メインはミルのライフルを使った戦闘だったわ。しかも、クニャックの影響があったとはいえ、一人で頑張ってロックスネイルを倒したし、ナピリカスとの戦闘でも大きな戦力になった。だから、ミルの貢献度が高いと思うわ」

リンティはそう言って、銀貨39枚のうち、ミルに19枚、リンティに20枚の取り分を提案した。


「え、こんなに多くていいの? リンティも魔法で助けてくれたのに?」

ミルは戸惑った。ロックスネイルはほとんど自分一人で倒したが、ナピリカスとの戦闘では、リンティの魔法に助けられた。


「いいのよ。これも『実直な報酬』よ。それに、あなたを守ることも含めて、このパーティにいるんだから。あなたは、あなた自身の成長のために、この報酬を使いなさい」


リンティはきっぱりと言い切った。そして、自分の取り分である銀貨20枚をギルドカードに入金し、ミルの取り分である銀貨19枚もミルのギルドカードに入金するように促した。


これで、スベンへのライフルの改造費、銀貨10枚を支払うことができる!

報酬を受け取ると、三人はそのままスベンの工房「大地の選鉱」へと向かった。


「スベンさん! クエスト完了してきました! ライフル、見違える威力でした! すごいです! ありがとうございました!」

ミルは工房に入るなり、改造されたライフルの感想と感謝をスベンに伝えた。

スベンはミルの言葉を聞いて、満足そうに頷いた。


「ほう、そうかそうか! 冥色の魔石の力と、わしの腕前が合わさって、素晴らしい性能を発揮したようだな! それは何よりだ!」

スベンは嬉しそうに、ミルの改造されたライフルを見た。そして、ミルから代金である銀貨10枚を受け取った。


「ありがとうございます。これで、自信を持って魔物と戦えます!」

ミルは心からの感謝を込めて言った。


スベンは、ミルの言葉と、改造されたライフルの状態を見て、その仕上がりに満足したようだった。そして、職業柄、ミルの着ている革のベストが目についた。


「ふむ……お嬢さん、その革のベストは、もうずいぶんとへたっているようだな。冒険者としてやっていくなら、もっとしっかりした防具が必要だぞ」

スベンはミルのベストを見て言った。確かに、このベストは孤児院を出る時に用意した最低限のもので、身を守るにはほとんど期待できない。


「えっと……防具には、まだ気が回らなくって……」

ミルが言うと、スベンは親切に教えてくれた。


「ダイガーツには、初心者から中級者向けの冒険者専門の防具屋がある。『お洒落な硬石』という店だ。そこで、お前さんに合った防具を見繕ってくるといい」


「『お洒落な硬石』! ありがとうございます、スベンさん! 行ってみます!」

ミルは新しい目標ができたことに、目を輝かせた。ライフルを強化した次は、防具だ。


スベンに改めて礼を言うと、三人は「お洒落な硬石」という防具屋に行く約束をした。


翌日、教えてもらった防具屋へと三人は向かった。

「お洒落な硬石」は、名前の通り、石造りの頑丈そうな建物だったが、ショーウィンドウには、硬そうな鎧だけでなく、意外にも様々な種類の防具や服が並べられているのが見えた。


店内に入ると、そこは予想以上に広々としており、重厚な金属鎧から、軽い革鎧、さらには普段着としても使えそうな機能的な服まで、多種多様な品揃えだった。


「わあ、色々な防具があるねぇ!」

マムルが感心したように言った。


「ふふん、さすがスベンさんお勧めの店ね。実用性とデザイン性を兼ね備えた品揃えね」

リンティも興味深そうに店内を見回している。


ミルはどんな防具を選べば良いか分からず、戸惑っていた。鎧は重そうだし、動きにくそうだ。ライフルを使う自分には、どんな防具が合っているのだろう。


ふと、ミルの目に、いつもリンティが着ている青色のローブが止まった。魔法使いであるリンティは、なぜあのローブを選んだのだろう。


「ねぇ、リンティ。リンティがいつも着てるローブって、どうしてあの色と形なの? 防具としても何か意味があるの?」


ミルが尋ねると、リンティは自分のローブに目をやった。

「このローブ? これはね、いくつか理由があるのよ」


リンティは説明を始めた。

「まず、この青色ね。青は魔法使いのローブとして一般的な色で、私が魔法使いだと認識されやすいの。それに、全般的な耐性がそこそこ付いているのよ。物理には弱いけど、特殊な攻撃に対する耐性が少しだけ高まる効果があるわ」


なるほど、色にも意味があるのか。そして、耐性が付いているとは知らなかった。

「そして、形ね。ローブは、動きやすくて距離を取りやすいのが利点よ。私は魔法使いだから、敵とは距離を取って戦うのが基本でしょう? だから、素早く動けて、魔法の詠唱を邪魔しないローブが一番合っているの」

リンティは自分の戦闘スタイルに合わせてローブを選んでいた。


リンティの説明を聞きながら、ミルは自分の戦闘スタイルについて考えた。

自分は魔法式ライフルを使う。敵とは距離を取って戦うスタイルはリンティと似ているが、完全に遠距離ではない。中近距離で戦うことも必要になるだろう。そして、ナピリカスのように、魔物によっては近くに寄ってくることもあるかもしれない。


(動きやすくて、でも、部分的にでもしっかり防御できるものがいいかな……)


ミルはそう考えながら、防具を見て回った。重い金属鎧は動きにくそうだし、全身を覆う革鎧は防御力が足りないかもしれない。


いくつかの防具を試着してみた。腕を上げたり、体を捻ったりして、動きやすさを確認した。そして、ある胴鎧に目が止まった。


それは、全身を覆う鎧ではなく、胴体部分だけを覆うタイプの鎧だ。革製だが、肩の部分や胸、腹部など、重要な箇所には硬そうな金属板が埋め込まれている。


「これ、ダイガーメタルを使ってるわね」

リンティがその説明書きを見て言った。ダイガーメタルは、このドワーフの街周辺で採れる、軽くて丈夫な金属らしい。


この胴鎧は、重すぎず、肩の動きを邪魔しない。そして、部分的な防御に特化している。ライフルを構える動作もスムーズにできそうだ。


「これにしようかな……」

ミルはそう思い、その胴鎧を選んだ。


さらに、普段着として使える丈夫な服と、予備のカートリッジを入れるための弾薬ベルトも購入した。これらを合わせると、銀貨10枚になった。今回の報酬と貯金で賄うことができる。


「これで、防御力もばっちりね! スベンさんの改造ライフルと、この防具があれば、もっと安全に冒険できるわね!」

ミルは新しい防具を身につけて、少しだけ自信を持った。マムルも嬉しそうだ。

「かっこいいねぇ、ミル!」


買い物を終え、店を出ようとした時、リンティが立ち止まった。そして、店の奥にある、ドレス風の魔導衣に目を留めた。それは、ローブのようにゆったりとしているが、デザインが非常に凝っており、美しい刺繍が施されている。


「ねぇ、リンティ。せっかくだから、何か試着してみない? いつもローブだから、たまには違う服もいいんじゃない?」

ミルがリンティに提案した。リンティはいつも青いローブ姿だが、たまには違う格好も見てみたいと思ったからだ。


「ええ? 私が? でも、こういう服は……」

リンティは少し戸惑ったが、ミルのキラキラした瞳に負けたのか、承諾した。


リンティが選んだのは、淡い水色のドレス風の魔導衣だった。

それを試着してみると、いつもの高飛車なリンティとは全く違う、お嬢様のような雰囲気になる。マムルも大興奮だ。


「わあ! リンティ、お嬢様みたい!」


「なっ!? お嬢様じゃないわよ! ただの天才魔法使いよ!」

リンティは顔を赤くして否定するが、どこか嬉しそうだ。


ミルも、普段着として使える服を試着してみた。動きやすいパンツスタイルで、冒険者らしさが増した気がする。マムルも、ミルの髪飾りを選んだり、自分のために小さな帽子を被ってみたりと、買い物を楽しんでいた。


結局、リンティは魔導衣は買わなかったが、三人で色々な服を試着して、楽しい時間を過ごした。初めての防具屋での買い物は、単なる道具の購入ではなく、冒険者として、そして一人の女の子としての、ミルの成長を感じさせる経験となった。

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