第31話 ドスンとガサガサ

 ドワーフ鉱山の坑口に足を踏み入れた瞬間、冷たく湿った空気が肌を刺した。頼りは、灯り苔の仄かな光だけだ。容赦ない暗闇が視界を奪い、ミルには不安と恐怖が忍び寄ってくる。クニャックに襲われた時の記憶が、脳裏を掠めた。

しかし、今回は違う。背負う新しいライフルが、ミルの心を強くしてくれた。冥色の光沢を放つそのライフルは、まるで頼もしい相棒のように、ミルに心強さを与えてくれる。


「大丈夫だよ、ミル。新しいライフルがあるからね!」

マムルがミルの耳元で励ました。リンティも隣で、真剣な表情で周囲を警戒している。


坑道を奥へ進むにつれて、空気はさらに重く、じめじめとしてくる。時折聞こえる、遠い場所からの不気味な物音に、思わず足が止まる。それでも、新しいライフルを握りしめ、ミルは勇気を振り絞って前へ進んだ。


依頼主の鉱夫から教えられた場所は、以前クニャックに襲われた場所よりも少し手前だった。警戒しながら進み、目的のエリアに到着する。


「この辺りかしら……」

リンティが地図と周囲を見比べながら呟いた。ミルはライフルを構え、いつでも撃てるように準備する。


「《サーチ・マジック!》」

リンティが感知魔法を使った。周囲の魔物の気配を探る。


「魔物の気配は……ないわね。少なくとも、すぐ近くには」


リンティの言葉に、ミルは少しだけ安堵した。魔物の気配がないということは、ナピリカスはまだ来ていないか、あるいは別の場所にいるのだろう。


「よし、チゼルを探しましょう!」


ミルは魔物の警戒を続けながら、依頼主のチゼルを探し始めた。チゼルは、鉱夫が岩盤を削るための、ノミのような道具だ。魔物に襲われて落としてしまったらしいから、きっとこの辺りに落ちているはずだ。


灯り苔の光を頼りに、地面を注意深く探す。岩の隙間や、地面に転がる石などを調べていく。


「あった!」


探していると、岩陰に隠れるようにして、目的のチゼルを見つけた。金属製で、先端が鋭く尖っている。


ミルがチゼルに手を伸ばし、拾い上げようとした、その時だった。

天井から、巨大な岩塊が、音もなく落ちてきた。


「危ない!」


リンティの声にミルは咄嗟にチゼルから手を離し、横に飛び退いた。ドスン!と重い音を立てて、巨大な岩塊が、先ほどまでミルが立っていた場所に落下した。


岩塊は、落ちた衝撃で少しひび割れたが、形を保っている。そして、その中から、ヌルリと触手のようなものが伸びてきた。


「ロックスネイル! 待ち伏せ型の魔物よ!」


リンティが叫んだ。岩塊に擬態していたのは、ギルドの情報では比較的危険度が低いとされる、カタツツリのような魔物『ロックスネイル』だったのだ。

その名の通り、一度落ちれば動きは鈍いが、獲物を待ち伏せるタイプだ。まさか、こんな形で襲ってくるとは。


「よし! 新しいライフルの試し打ちには、格好の的ね!」


ミルは冥色のライフルを構えた。ロックスネイルの外殻は硬いらしいが、この新しいライフルなら!


狙いを定め、引き金を引く。パン!という音と共に、冥色の魔弾が放たれた。


魔弾はロックスネイルの硬い外殻に命中した。以前のライフルなら弾かれていたかもしれないが、冥色のライフルから放たれた魔弾は、外殻を僅かに凹ませた。


「すごい! へこんだ!」


ミルは興奮した。続けて、二発、三発と魔弾を撃ち込む。凹みはさらに深くなり、外殻にひびが入り始めた。

そして、五発目の魔弾が命中した時、外殻のひびは大きく広がり、魔弾が内側にまで届いたのが分かった。


「今よ、ミル! 撃ち続けなさい!」


リンティが叫んだ。魔力充填式カートリッジの燃費の悪さが脳裏をよぎったが、ミルは躊躇なく魔弾を撃ち続けた。


次々と放たれる魔弾が坑内に響き、ロックスネイルの外殻を破壊していく。

やがて、岩の中で光る核のようなものが確認できた。そこへ魔弾を撃ち込むと、中のロックスネイルは悲鳴のような声を上げて霧散し、岩塊だけが崩れて残った。


「やった! 倒した!」


ミルは安堵の息をついた。新しいライフルの威力を、身をもって体験できた。

しかし、安心したのもつかの間だった。ロックスネイルを倒した時の音に誘われたのか、坑道の奥から、ガサガサ、という不快な音が複数聞こえてきた。

そして、奥の暗闇から、数匹のナピリカスが姿を現した。依頼書にあった、鉱夫を襲った魔物だ。閉所を好む彼らにとって、この坑道は格好の生息地なのだろう。


ナピリカスは、4足歩行で跳ねるように素早く移動し、壁や天井に張り付く。情報にあった通り、動きが予測しにくく、狙いを付けるのが難しい。


「来たわね! ナピリカス!」

リンティが声を上げた。


ミルはライフルに再装填し、構え、迫ってくるナピリカスに魔弾を放った。

ナピリカスは素早く跳ね回り、うまく狙いが定まらない。一発、二発と外れてしまう。ようやく三発目で一体を仕留めたが、残りのナピリカスは、ミルの射線を縫うように、あっという間に距離を詰めてきた。


「ミル! 危ない!」


リンティが叫んだ。ミルは迫り来るナピリカスに必死に魔弾を撃ち込む。もう一体を仕留めたが、残りはまだ数匹いる。依頼書には数体とあったが、実際にはもっと多かったのだろうか?


「残り2匹!」

リンティが数を数えた。ミルが残りのナピリカスに狙いを定めた、まさにその瞬間だった。


死角になっていた場所から、もう一体のナピリカスが飛び出し、ミルの側腹に体当たりを仕掛けてきた。


「きゃっ!」


ミルは衝撃を受け、ライフルを取り落とし、吹き飛ばされた。背中を坑道の壁に打ち付け、呻き声を上げた。


「ミル!」

マムルが悲鳴を上げた。リンティがすぐにミルの元へ駆け寄ろうとする。


「リンティ! バイスさんの時みたいに! 手当ては後でいいから!」


ミルは痛みに耐えながら叫んだ。リンティは一瞬迷ったが、ミルの言葉に従った。目の前のナピリカスを倒すのが先だ。


リンティは、目に見えていた2匹のナピリカスを引き受けた。杖を構え、魔法を放つ。一方、ミルは、自分に体当たりしてきたナピリカスに、痛む体を奮い立たせて立ち向かった。ライフルは落としてしまった。腰の短剣を抜くしかない。


「来るなら来い!」

ミルの覚悟を決めた表情を見て、ナピリカスが飛び掛かってきた。ミルは態勢を整え、短剣を構えて迎え撃つ。


リンティは、迫るナピリカスに魔法を放ち、一体を吹き飛ばした。そして、もう一体に魔法を放とうとしたリンティは、ミルが体当たりしてきたナピリカスに追い込まれているのを目にした。


「ミル! 危ない!」


リンティは残りのナピリカスを無視し、ミルの方へ駆け寄ろうとした。しかし、ナピリカスはリンティを逃がすまいと、行く手を阻む。


ミルは短剣で必死に応戦するが、ナピリカスの素早い動きと硬い外殻に苦戦している。


隙を付いて、リンティの杖から放たれた魔法が、ミルに襲い掛かろうとしていたナピリカスに命中し、それを吹き飛ばした。


「助かった……ありがとう、リンティ!」

ミルは安堵の息をついた。リンティは残りのナピリカスを仕留め、すべての魔物が霧散した。


「ふぅ……大丈夫!? ミル!」

リンティが駆け寄ってきた。ミルは痛む体を起こし、頷いた。マムルも心配そうにミルのそばに来ている。


「うん……大丈夫。ちょっとびっくりしたけど……」

体にいくつか傷を負ったが、命に別状はない。


「危なかったわね! もう少しで、あなたに突進されるところだったわ!」

リンティが言った。

「リンティも! ナピリカスに囲まれてたじゃない!」

「ふふん、天才の私にかかれば、これくらいどうってことないわよ!」

リンティは少し強がって笑った。


こうして、ナピリカスの群れを撃退することに成功した。

今回の戦闘は予想外の展開だったが、結果として冥色のライフルの威力を試すことができた。また、何よりも、リンティとの連携でピンチを乗り越えられたことが大きかった


「新しいライフル、すごい威力だったね!」

ミルは落ちていたライフルを拾い上げ、感慨深げに言った。


「ええ、スベンさんの改造は間違っていなかったわね。この威力なら、鉱山の魔物にも十分対応できるわ」

リンティも頷いた。

「大変だったけど、魔物も倒せたし、無事でよかった!」

マムルが嬉しそうに言った。


三人は顔を見合わせ、困難な戦闘を乗り越えた喜びを分かち合った。

この経験は、ミルの冒険者としての自信に繋がるだろう。そして、スベンへの代金を稼ぐという目標も達成できた

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