第27話 魔法使いの休日1

ミュージックレストラン『アンワィンドアルペジオ』での初アルバイトを終え、ミルとマムルが宿へ戻ったのは、すっかり日が落ちた頃だった。


部屋の明かりが灯っていた。部屋にいるリンティが、出迎えようと扉を開ける。すぐにミルに駆け寄りながら、彼女は弾んだ声で言った。


「おかえりなさい、ミル、マムル! どうだった? 初めてのステージ!」

その顔には、ミルのことを案じていた気持ちがはっきりと見て取れた。


「リンティ! ただいま! 聞いてよ! うまくいったんだ!」


ミルは興奮気味に、今日の出来事をリンティに話した。

レストランのオーナーであるエーメリーさんに正式に採用されたこと、お揃いの可愛いドレスを着せてもらったこと、ピアニストのステフさんと音合わせをしたこと、そして、初めてお客さんの前で歌って、たくさんの拍手をもらったこと。


「それでね! これ、今日の報酬なんだよ!」

ミルは、エーメリーさんから受け取った銀貨2枚をリンティに見せた。


「銀貨2枚ですって!? すごいじゃない、ミル! たった2曲で! やっぱりミルは逆境に強いのね!」

リンティは目を丸くして驚き、心から自分のことのように喜んだ。マムルも嬉しそうに、リンティに今日の出来事を付け加えた。


「そうなの! エーメリーさんも、マムルの歌声、ほめてくれたんだよ! キラキラしてたって!」


「ふふふ、それは本当に良かったわね! マムルはやっぱり天使の歌声よ!」

リンティはマムルの頭を優しく撫でた。


ミルの話を聞くうちに、リンティの表情は明るさを増していく。別行動を取ると言われた時は心配だったが、ミルが自分の力で新しい道を見つけ、成果を上げたことが、何よりも嬉しかったのだ。


「本当にすごいわ、ミル。初めて一人で挑戦して、ちゃんと結果を出したんだもの。私もミルのこと、見習わなくちゃ!」

リンティは心からミルを称賛した。


その夜、三人は今日の成功を喜び合い、ささやかなお祝いをした。明日、明後日も歌うことになったこと、そしてこれからの活動資金の心配が少し減ったこと。その全てが、ミルにとっては大きな一歩だった。



 正直に言えば、ミルとマムルが『別行動をする』と宣言してから、リンティは少し退屈していた。

本を読んだり、宿の食堂で食事をしたり、気が向けば一人で魔鉱泉に入ったり……。それらは全て時間潰しのようなもので、特にこれといった目的があったわけではない。

最近は、いつもミルやマムルと共に行動していたリンティは、一人で何をすればいいのか、少し戸惑っていたのだ。

ミルのように、自ら何か新しいことを見つけて挑戦する、という発想がリンティにはあまりなかった。

自分は魔法使いなのだから、冒険者として魔物を倒したり、クエストをこなしたりするのが仕事だ──どこかでそんな固定観念に囚われていたのかもしれない。


そんな折、ミルの『歌で稼ぐ』という、冒険とは全く異なる新しい発想を知る。そして、それが成功したという報告を聞き、リンティの心にある感情が芽生えた。それは、羨ましさ、そして自分も何か行動してみようという思いだった。


翌日、朝食を終えたリンティは、本を読む手を止め、宿の部屋で一人、考え込んでいた。ミルとマムルは、今日も『アンワィンドアルペジオ』で歌の練習や準備に忙しいだろう。


(私も、何かしてみようかしら……)


ドワーフ鉱山でのクニャックとの遭遇以来、坑道に入るのは少し躊躇われた。特に一人では、危険を感じてしまう。かといって、ギルドで無理に他のパーティに参加する気にもなれない。


「何か、気分転換が必要ね」


リンティはそう思い立ち、宿を出た。行き先は決まっていなかったが、ただ街中を歩き回るだけでは、気が晴れないだろう。

何かに導かれるように、(そうだ……森に行ってみよう)と、自然と足が森の方へと向かった。


魔法使いにとって、自然界の魔力は切っても切れないものだ。中でも森のような場所は魔力の流れが豊かで、リンティにとっては何よりも落ち着ける場所だった。

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