第28話 魔法使いの休日2
リンティが向かったのは、ダイガーツの街から少し離れた、広くはないが緑豊かな森だった。ドワーフ鉱山のような暗くじめじめした場所ではなく、太陽の光が差し込む森の空気が、リンティの心を癒やすようだった。
岩は柔らかい苔に覆われ、広葉樹の隙間からは木漏れ日がキラキラと降り注いでいる。深呼吸すると、新鮮な緑の香りが肺いっぱいに広がり、心地よい。
(やっぱり、森は落ち着くわ……)
リンティは杖を片手に、気ままに森の中を散策した。
風のざわめきに揺れる葉、陽光を求めて枝を伸ばす木々、土から顔を出す新芽の力強さ──それらを肌で感じていると、自身も森の一部になったかのように心が穏やかになっていく。
しばらく歩いていると、森の中に不自然に開けた場所にたどり着いた。周囲は木々が生い茂る中、そこだけが円形に土が露わになり、何か意図的に作られたかのような雰囲気だった。
「ん……?なにかしら」
リンティは不審に思い、その場所に近づいた。周囲の木々にも、何か違和感があった。そこに立っているはずなのに、どこか存在感が薄い。
リンティは露わになった土に触れてみた。特に変わった感触はなかったが、微かに魔力が感じられる。
「ふむ……これは……」
リンティは確信を得て、頷いた。そして、杖に魔力を込め、地面を叩いた。
「≪ベール・ディスペル!≫」
リンティの杖から放たれた魔力が地面に広がり、周囲の空気を揺らめかせた。
次の瞬間、リンティの目の前で、透明なベールが剥がれるように、周囲の木々にかけられていた魔法が解けた。すると、今まで存在感が薄かった木々の中から、ひときわ大きく、年季の入った樫の大木が現れた。
その大木の幹には、人が入れるほどの大きな
現れたのは、緑色の髪をした女性だった。
髪は長く、蔓のように自然なウェーブを描いていた。肌は白く、目も緑色で、どこか儚げな美しさがあった。しかし、その女性の足元を見て、リンティはさらに驚く。
足があるべき場所には、木の根が地面にしっかりと張っていたのだ。
「あ、あなたは……!」
女性もリンティの姿を見て、少し驚いたような表情をしていたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「まあ、驚かせてしまいましたか。普段は人に気づかれないよう隠れているのですが。」
女性は優しく微笑んだ。リンティは驚きを隠せなかったが、目の前の存在が何者であるか、すぐに理解した。
「あなたは……もしかして、精霊ですか?」
「ええ、私は人から精霊ドライアドと呼ばれる存在です。名をテレダと申します。あなたのような人間の方にお会いするのは、本当に久しぶりですね。」
テレダは友好的な様子で、リンティとの出会いを喜んだ。
「よろしければ、どうぞ中へ。少しお話ししませんか?」
テレダはリンティを洞の中へと招き入れた。洞の中は、外から想像するよりも広く、木の根が自然な家具のように配置されていた。柔らかな光が差し込み、心地よい空間だった。
リンティは少し戸惑いながらも、テレダの招きに応じて洞の中に入った。テレダは根っこの足で泥の中を滑るように移動し、リンティが座りやすい場所に案内してくれた。
二人は様々な話をした。
この森のこと、人間の街のこと、そして冒険者のこと。テレダは、洞の前を通り過ぎる妖精たちと物々交換を趣味にしていると話してくれた。妖精たちは、森で採れた珍しいものや、人間の世界で見つけた面白いものを持ってくるのだという。
「ふふ、あの小さな子たちと話すのは、とても楽しい時間なのです。彼らは、色々な場所から、色々な物や話を持ってきてくれるのですよ。」
テレダは楽しそうに話した。もしかしたら、マムルのような妖精もこの森にやってくるのだろうか。
話が弾むうち、テレダが少し遠慮がちにリンティにお願いを切り出した。
「あの……もし、もしよかったらなのですが……何か、甘いお菓子をお持ちではありませんか? 最後に食べたのは、ずいぶん昔のことで……」
甘いお菓子。リンティはドワーフの街で買い食いしたことを思い出し、旅の携帯食料として少しだけ甘いお菓子を持っていることを思い出した。
「ええ、もちろん! ちょうど持っていますよ!」
リンティはバッグから、携帯用の小さな焼き菓子を取り出した。テレダはそれを見て、ぱっと顔を輝かせた。
「まあ! 本当に! ありがとうございます!」
テレダは嬉しそうに焼き菓子を受け取り、一口食べた。その表情は、まるで子供のように純粋な喜びに満ちていた。
「ああ……この味です……懐かしくて、美味しい……!」
テレダは心から感謝してくれた。リンティは、ただお菓子を渡しただけなのにこれほど喜んでもらえて、なんだか嬉しくなった。
「お礼と言ってはなんですが……」
テレダはそう言って、洞の一角にある木の根元に置かれていた古びた本を手に取った。それは装丁も傷んでおり、何十年、何百年も前のもののように見えた。
「これをあなたに差し上げましょう。これは昔、交流のあった人間からいただいたものです。私には読むことができませんが、あなたなら役に立つかもしれません。」
そう前置きして、その古びた本をリンティに手渡した。それは、古い魔法書のようだった。
リンティは恐る恐る本を開いてみた。
書かれていた文字は古語で、読むのに少し時間がかかった。しかし、内容は理解できた。そこには、強力な攻撃魔法や回復魔法ではなく、日常生活に役立つような古い民間魔法が載っていた。
例えば、「寝癖を瞬時に直す魔法」「頑固な水垢を簡単に落とす魔法」「服についたシミを取る魔法」など、地味だが非常に実用的な魔法ばかりだった。
(ふふふ、なんて可愛らしい魔法書なの!)
リンティは思わず笑ってしまった。強力な魔法を期待していたわけではないが、まさか寝癖直しや水垢落としの魔法が載っているとは!
「ありがとうございます、テレダさん! 大切にします!」
リンティは心から感謝を伝えた。この魔法書は、彼女の知識を広げるという意味で、非常に価値のあるものとなった。
テレダとさらにしばらくお喋りした後、リンティは別れを告げた。
帰り際に振り返ると、透明なベールが再び樫の木を隠した。
森を後にし、リンティはダイガーツの街へと戻った。精霊であるドライアドと交流し、古い魔法書を手に入れたこと。それは、リンティにとって思いがけない収穫だった。
(ミルも歌で新しい世界を見つけたけど、私も精霊と交流できた!)
リンティは心の中で、(マムルと一緒にいて少し影響を受けているかもしれないな)と思い、ドライアドとの出会いを喜び、足取り軽く宿に帰った。
一人での散策は、退屈どころか、思いがけない発見に満ちたものとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます