第19話 石探しとガス処理人

 翌朝、ミルとマムル、リンティはドワーフ鉱山での活動に備え、まずはダイガーツのギルド支所へ向かった。今日の目的は、鉱山についての詳しい情報収集と、もしあれば手頃なクエストを見つけることだ。


ギルドの掲示板には、昨日見たようなクエストがいくつか貼られていた。坑道の魔物退治や調査など、いずれも鉱山に関連する内容だ。しかし、ミルたちの当面の目的は、あくまでドワーフ鉱山での活動、特にスベンに加工してもらうための魔鉱石の採掘だ。無理に難しいクエストを受注する必要はない。


リンティも掲示板をざっと見て、ミルに言った。

「うーん、どれも今の私たちにはちょっと荷が重いか、あるいは目的と違うわね。今回はクエストは受注せず、情報収集に専念しましょう。私たちの目的は、魔鉱石を採取することだもの」


ミルも頷いた。確かにその通りだ。まずは鉱山に慣れることから始めるべきだろう。

ギルドの受付で、改めてドワーフ鉱山についての情報を尋ねた。

入口の場所、安全なエリア、魔物の種類など、昨日得た情報に加えて、さらに詳細な情報を尋ねる。また、坑内での作業に必須となる採掘用のハンドピッケルが、ギルドでレンタルできることも教えてもらった。


「ハンドピッケルはレンタルで銅貨10枚、鉱山の地図は販売で銅貨5枚になります」

受付の女性はそう説明した。銀貨に換算すると(銅貨100枚で銀貨1枚)、それほど高くない。


ミルはハンドピッケルを一つレンタルし、地図を一枚購入した。これで、鉱山で魔鉱石を掘り出す準備は整った。


「よし! これで準備万端ね! あとは携帯食料を持っていけば完璧ね!」


リンティが張り切って言った。三人はギルドを出て、街の食料品店で携帯食料を調達した。そして、いよいよドワーフ鉱山へと向かう。


ダイガーツの街には、山の斜面にいくつもの坑口が開いており、そこが鉱山への入り口となっている。ギルドで教えてもらった、比較的安全なエリアに近い坑口を目指した。


坑口に近づくにつれて、肌寒さを感じるようになった。坑口からは、ひんやりとした空気が吹き出してくる。


「うわあ、なんか寒いねぇ」

マムルがミルの髪の中で震えた。


坑口に足を踏み入れた瞬間、太陽の光は遮られ、周囲はたちまち闇に包まれた。持ってきた灯り苔を取り出す。岩モグラのチャームを触媒として灯り苔に近づけると、それは仄かな緑色の光を放ち始めた。


「わあ……きれい……」

ミルの口から感嘆の声が漏れた。マムルも目を丸くした。

「ほんとだ! キラキラ光ってる!」


灯り苔の光は、坑道全体を照らすほどではないが、足元を照らし、周囲の様子をぼんやりと浮かび上がらせるには十分だった。そして、その光に照らされた坑道の壁や天井に埋め込まれた鉱石の粒が反射し、まるで星空のようにキラキラと輝いていた。


「すごい……なんだか、夜空の中にいるみたいだね」


ミルはその幻想的な光景に魅入られた。リンティも感心した様子で見回していた。


「へぇ、これが灯り苔の光ね。幻想的だわ。確かに、これなら坑内を歩くには十分ね」


坑道の中は、じめじめとしていて、ひんやりとした空気が肌を刺すようだった。

壁や天井は岩盤がむき出しになっており、ドワーフたちが掘り進めた跡が粗々しく残っていた。トンネルワームが掘ったという、滑らかなトンネルもあるのだろうか、とミルは少し期待した。


ギルドで買った地図を頼りに、安全なエリアと思われる場所を進む。坑道はいくつもの枝道に分かれており、地図がなければ迷ってしまうだろう。


魔石の原石となる魔鉱石は、主に二つの方法で手に入れることができるらしい。一つは、鉱員たちが岩盤を削り出した際にできる石の山から、選別しきれなかった魔鉱石の欠片を探す方法。もう一つは、魔鉱石が眠る「脈」を探し当てて、ハンドピッケルで掘り出す方法だ。


まずは手軽な、石の山から探す方法を試すことにした。坑道を進んでいくと、ところどころにドワーフたちが掘り出したらしい大きな石の山が見つかる。


「よし、この石の山を調べてみましょう!」


リンティが張り切って言った。三人は石の山に近づき、灯り苔の光を頼りに魔鉱石の欠片がないか探し始めた。魔鉱石は微かに魔力を帯びており、他の石とは少し違う輝きを放っているらしい。


しかし、いくら探しても、それらしいものは一向に見つからない。見つかるのは、ただの石の欠片ばかりだった。


「あれ? なかなか見つからないねぇ」

マムルが残念そうに呟いた。


「うーん……もしかしたら、他の冒険者たちが念入りに選別しちゃった後なのかしら」

リンティも首を傾げた。


いくつかの石の山を調べて回ったが、結果は空振りだった。欠片にも満たない微細な粒が見つかるくらいで、スベンに加工してもらえるような大きさの魔鉱石は全く見当たらなかった。


「残念……」


ミルは少しがっかりした。簡単に手に入ると思っていたのだが、そう甘くはなかったらしい。


「仕方ないわね。石の山からは期待できないわ。こうなったら、自分で魔鉱石の脈を探して掘り出すしかないわね!」


リンティはそう言うと、レンタルしたハンドピッケルを手に取った。岩盤を掘り出すのは、石の山から探すよりも大変だが、その分見つかる魔鉱石も大きい可能性がある。


三人は、次に魔鉱石の脈を探すため、坑道の奥へと足を踏み入れることにする。ギルドでもらった地図を頼りに、比較的安全とされているエリアを、あてもなく進んでいった。


坑道はさらに暗く、じめじめとした雰囲気が増してきた。頼りは、灯り苔の仄かな光だけだ。時折、壁に魔力の痕跡のようなものを感じると、立ち止まってハンドピッケルで岩盤を叩いてみるが、それらしい手応えはない。


途中、再び大きな石の山を見つけ、念のため調べてみたが、やはり魔鉱石の欠片は見つからなかった。他の冒険者や鉱員によって、すでに選り分けられてしまった後なのだろう。


「うーん……なかなか見つからないわね」

リンティが、少し疲れた様子で呟いた。マムルも心配そうにミルの顔を見上げる。

「大丈夫かなぁ? 見つかるかなぁ?」


「大丈夫! きっとどこかにあるはずだよ!」


ミルは、自分に言い聞かせるように前向きに答えた。スベンにライフルの魔石を加工してもらうためにも、何としても魔鉱石を手に入れたかった。


さらに坑道を進んでいくと、道の先から、ぼんやりとした緑色の光が近づいてくるのが見えた。誰か人が歩いてくるようだった。しかし、その光は灯り苔のそれとは少し違い、もっと人工的に見えた。


徐々に近づいてくる人影を見て、ミルたちは思わず立ち止まった。現れた人物の姿は、非常に異様だった。


背中に大きな金属製タンクを背負い、頭にはツバの広い革の帽子を被り、全身を覆うオーバーコートを着ている。何よりも目を引いたのは、顔全体を覆うガスマスクだ。マスクの目が光を反射して、不気味に光っていた。


坑道に場違いなその姿に、ミルとマムル、そしてリンティは、思わず緊張し、身構えた。相手が誰で、何者なのか分からない。魔物ではないようだったが、その異様な雰囲気から、思わず警戒してしまった。


三人が警戒して出方を待っていると、その人物が立ち止まった。そして、マスク越しに、意外なほど軽い口調で話し始めた。


「おや、こんなところで珍しい、おチビさんたちに会うとは。ふふふ、驚かせてしまったかな?」


軽い笑い声と共に、人物は自己紹介を始めた。

「私はムルロッド。ムルロッドと呼んでくれたまえ。見ての通り、ガス処理を生業としている者さ。この鉱山で発生する毒ガスなんかの処理を請け負っているんだ」


ガスマスク姿のムルロッドは、異様な見た目とは裏腹に、友好的な雰囲気で話しかけてきた。ガス処理を得意としているということは、ギルドのクエストにもあった、毒ガス除去の依頼を受けているのかもしれない。


ミルたちは少し緊張を解き、自己紹介をした。

「ミルです。こっちはマムル」


「リンティです!」


「おやおや、可愛い妖精さんも一緒か。珍しいねぇ」

ムルロッドはマムルを見て、少し感心したような声を上げた。


「こんな奥まで来て、何をしていたんだい?」


ムルロッドに尋ねられ、ミルは正直に、魔鉱石を探していることを話した。スベンにライフルの魔石を加工してもらうために、良質な魔鉱石が欲しいのだと。


ムルロッドはしばらく考え込んだ様子だったが、やがて口を開いた。

「ふーむ、魔鉱石か。魔鉱石は高値で取引されるからね。そういうことなら、この先に、まだ掘り尽くされていない鉱脈がある場所を知っているぞ」


ミルの目が輝いた。魔鉱石の脈!

「本当ですか!?」


「ああ。ただし、少し奥になるがね。他の鉱夫や冒険者も、まだあまり手を出していない場所だ。魔鉱石が採れる可能性は高いだろう」

ムルロッドはそう言って、さらに坑道の奥を指差した。


「ありがとうございます!その場所を教えてもらえませんか?」

ミルは前のめりになって尋ねた。


ムルロッドは快く、その鉱脈の場所を地図に印を付けて教えてくれた。坑道のどの枝道を選び、どのくらい進めばいいかまで、詳しい道順を教えてくれる。


「ただし、忠告しておこう。教えてやった場所は、比較的安全なエリアとはいえ、この辺りよりは奥になる。何が出るかは分からない。気を抜かないことだ」

ムルロッドはそう忠告を付け加えた。


「ふふふ、健闘を祈るよ、おチビさんたち」

と言い残し、来た方向へと歩き去っていった。背中のタンクとガスマスク姿が、暗い坑道の中に溶け込んでいく。


ムルロッドから教えてもらった、魔鉱石の脈があるという場所。それは、このまま坑道の奥へと進んだ先にあるらしかった。幸いにも魔物と遭遇することなくここまで来られたため、ミルは行けると思った。

スベンにライフルの魔石を強化してもらうためにも、その鉱脈で魔鉱石を採取したいという気持ちが強かった。


「リンティ、マムル! ムルロッドさんが教えてくれた鉱脈まで行ってみようよ!」

ミルは張り切って言った。しかし、リンティとマムルは、あまり乗り気ではない様子だった。


「ええ!? さらに奥に行くの? ムルロッドさんも言ってたじゃない、この辺りよりは奥で、何が出るか分からないって!」

リンティが不安そうに言った。マムルもミルの髪の中で、不安そうな顔をしていた。

「そうだよ、ミル! 奥は危険かもしれないよ! やめとこうよぉ」


二人は反対した。これまで幸運にも魔物と遭遇しなかったのは、あくまで安全なエリアの、さらに手前だったからかもしれない。奥に進めば、危険な魔物が出没する可能性は高くなる。


しかし、ミルは簡単には諦められなかった。せっかく教えてもらった魔鉱石の脈だ。ここで引き返すのは、スベンに会って、ライフルの強化を知った時のワクワク感を無駄にするような気がしたのだ。


「でも、ムルロッドさんが教えてくれた場所なら、きっと良質な魔鉱石があるんだよ! スベンさんにも加工してもらえるし……それに、私たち、魔物にも対応できる武器と魔法があるじゃない! 警戒しながら進めば、きっと大丈夫だよ!」


ミルは必死に訴えた。スベンにライフルを強化してもらい、魔物にもっと対応できるようになりたい。そのためには、魔鉱石が必要なのだ。


リンティはミルを見つめ、その熱意を感じ取ったようだった。そして、少し悩んだ末、ため息をついた。


「はぁ……仕方ないわね。ミルのそのやる気は買うけど……でも、絶対に無理はしないこと! 何か危険を感じたら、すぐに引き返すのよ! 約束よ!」


リンティは少し厳しい口調でそう約束させた。マムルも不安そうな顔をしていたが、ミルの決意を見て、頷いた。

「うん、分かった。何かあったら、すぐに逃げようね!」


「ありがとう! 約束するよ!」


ミルは二人の承諾を得て、嬉しくなった。危険はあるかもしれないが、新しい目標に向かって進むことへの期待感が、不安を上回った。


ムルロッドから教えてもらった道順を頼りに、三人は坑道の奥へとさらに進んでいった。未知なる坑道の奥へ、灯り苔の光だけを頼りに。魔鉱石の脈を目指す。

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