第18話 先行投資
ダイガーツの街を歩くうちに、ミルとリンティは、この街が単に鉱山で栄えているだけでなく、様々な職人がいる街でもあることに気づいた。頑丈な道具を扱う店、美しい装飾品を並べる宝飾店、複雑な機械部品を扱う工房など、多岐にわたる店が軒を連ねている。
「この街は、鉱山の街であると同時に、職人の街でもあるのね」
リンティが感心したように言った。
「そうだね!色々なものがあるね!」
マムルも目を輝かせながら、並ぶお店を眺めている。
明かりに必要な「岩モグラの髭」が見つからない状況を考えていたリンティは、ふと思いついた。
「待って……岩モグラの髭って、普通のお店には置いてないけど、この街にはたくさんの職人がいるわよね?」
「うん」
「もしかしたら、アクセサリー職人さんが、あの髭を何か別のものに加工しているかもしれないわ!」
リンティの目がキラリと光った。岩モグラの髭は、触媒として魔力を持っているらしい。アクセサリー職人なら、その魔力に注目して、装飾品に加工していてもおかしくない。
「宝飾店に行ってみましょう!」
リンティはそう言って、宝飾店らしい店構えの店へと足を踏み入れた。
宝飾店の店内は、他の店とは雰囲気が全く異なり、静かで上品な空間だった。ガラスケースの中には、キラキラと輝く宝石や、精巧な細工が施されたアクセサリーが見栄えよく並んでいた。可愛い小物から、実用的な装飾品まで、様々な種類の品物があった。
「うわあ……きれい……」
ミルは思わず感嘆の声を漏らした。マムルも目を輝かせている。
「キラキラがいっぱいだね!」
リンティも目を細めながら、店内を見回した。高価な宝石にはあまり興味がなさそうだったが、珍しい素材や加工が施されたものに注目しているようだ。
「すみません、お尋ねしたいのですが」
リンティは店員に声をかけた。店員は丁寧な口調で応対してくれた。
「何かお探しでしょうか?」
「ええ。あの、岩モグラの髭を使ったアクセサリーはありますか?」
リンティが単刀直入に尋ねると、店員は少し驚いた様子だった。
「岩モグラの髭でございますか? はい、ございますよ。お客様、もしかして、鉱山に入られるご予定で?」
やはり、岩モグラの髭を求めているのは、鉱山に関係する人が多いのだろう。
「はい。明かりの触媒に必要で」
「なるほど。それでしたら、こちらでございます」
店員はガラスケースの一つを指差した。そこには、小さなモグラの形をした、木彫りとも石彫りともつかない、不思議な質感のチャームが並んでいた。チャームの尻尾の部分には、細いが、確かに岩モグラの髭と思われるものが、丁寧に編み込まれて取り付けられている。
「これが、『モグラのチャーム』でございます。岩モグラの髭は、灯り苔の触媒になるだけでなく、微かに魔物を遠ざける効果もあると言われておりまして。鉱山での安全の願いを込めて作られた一品でございます」
店員は丁寧に説明してくれた。見た目は可愛いモグラのチャームだが、実用性もあるらしい。
「へぇ!これが岩モグラの髭なんだね!」
マムルが興味深そうにチャームを見つめた。
「可愛い……それに、ちゃんと触媒になるのね!」
リンティもチャームを手に取り、その精巧な作りと、微かに放つ魔力を感じ取っているようだった。
「お値段は一つ、銀貨8枚になります」
笑顔で店員が言った値段に、ミルは思わず固まった。銀貨8枚! それは、ギルドで得た一人分の報酬よりも高い金額だ。
「銀貨8枚……」
ミルは少し顔を曇らせた。必要なのはあくまで「岩モグラの髭」という触媒だけなのに、それがアクセサリーになっている上に、こんなに高価だなんて。
リンティも少し考え込んだ表情になったが、すぐに決断したように言った。
「仕方ないわね。必要なものだし、鉱山での安全を考えたら、先行投資よ!」
そしてミルを見た。
「ねえ、ミル。せっかくだからお揃いで買いましょうよ! モグラのチャーム、可愛いし!」
リンティはそう言って、ミルに提案した。お揃い?ミルは少し戸惑った。自分たちに必要なのはあくまで触媒であって、高価なアクセサリーは必要ないと思っていたからだ。
「え、でも……高いよ?」
ミルが遠慮気味に言うと、リンティはニコッと笑った。
「いいのいいの! これから一緒にドワーフ鉱山でガンガン稼ぐんだから、お揃いのお守りがあってもいいじゃない! それに、可愛いものはお金では買えない価値があるのよ!」
リンティは最後に、完全に自分の趣味による理由を付け加えた。マムルもリンティの肩から顔を出し、賛成した。
「お揃い!お揃いの方がいいよ、ミル!」
二人に押され、ミルは結局リンティとお揃いで「モグラのチャーム」を購入することにした。銀貨8枚の出費は痛かったが、岩モグラの髭が手に入ったこと、そしてリンティとお揃いの可愛いチャームを持てる嬉しさで、気持ちが晴れた。
「ありがとうございます!大事に使います!」
ミルは店員に礼を言い、チャームを手に取った。小さなモグラのチャームは、温かみのある手触りで、見ているだけでも心が和む。
無事に必要な触媒を手に入れることができ、三人は一安心した。高い買い物をした後は、少し気が緩むようだった。
「さて、必要なものは手に入ったし、少し露店で買い食いでもして帰りましょうか!」
リンティはそう言って、広場の露店へと向かった。オーキベリーのフィユタージュで味を占めたのだろう。
三人で露店で珍しいドワーフのスイーツなどを買い食いしながら、宿へ向かう道を歩いた。甘いものを食べてミルはすっかり機嫌が良くなった。マムルも美味しいものをたくさん食べてご満悦だ。
ドワーフ鉱山に入る準備は着々と進んでいた。明日はギルドで情報収集。明後日からは、いよいよ鉱山での活動が始まるかもしれない。新しい武器に、新しい仲間、そして新しい街での発見。ミルの冒険者としての日常は、少しずつ、しかし確実に広がっていた。
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