第10話 受注と説明

 日差しの気持ち良いうららかな午後。ミルとマムルは、孤児院の庭でシスターヨアンの手伝いをしていた。収穫したハーブを乾燥させたり、畑の手入れをしたり、穏やかな時間が流れていた。


「このハーブ、いい香りだねぇ」

マムルが小さな鼻をスンスンと鳴らすと、ミルも頷いた。


「うん。これを乾燥させると、薬の材料になったり、ハーブティーになったりするんだよ。シスターヨアンが教えてくれたんだ」


その時、孤児院の門を叩く音が響いた。応対に出たシスターヨアンの前に立っていたのは、リンティだった。


「あら、リンティさん。どうなさいました?」

シスターヨアンが優しく尋ねると、リンティは少し息を切らしながら言った。


「シスターヨアン! ミルはいますか? ちょうど良いクエストを見つけたんです!」


リンティは興奮気味だ。シスターヨアンは振り返り、庭のミルに声をかけた。

「ミル、リンティさんがお見えよ」

ミルはハーブの手入れを中断し、リンティの元へ駆け寄った。


「リンティ! どうしたの? 良いクエストって?」


リンティは目を輝かせながら、一枚の依頼書をミルに見せた。

「見て、これよ! ドワーフ鉱山のある採掘街『ダイガーツ』までの護衛クエスト!」


ミルの目が輝いた。ドワーフ鉱山。リンティが以前勧めてくれた場所だ。

「ダイガーツまで! それって、リンティが言ってたドワーフ鉱山の街!?」


「そう! まさにそこよ! しかも、今回のクエストはダイガーツへの帰路の護衛だから、私たちにとっては目的地への護衛になるわけ! 安全にダイガーツまで行けて、しかも報酬ももらえるなんて、こんな都合の良い話はないわ!」


リンティは興奮してまくしたてた。依頼書には、報酬は銀貨20枚と書かれている。護衛対象は、ドワーフの交易商人らしい。


「報酬20枚って、すごいね!」

ミルは思わず声を上げた。これなら一人あたり銀貨5枚の取り分になる。ドワーフ鉱山までの旅費を考えると、非常に大きな収入だ。


「でしょ? しかも、今回のクエストは募集人数が4人なの。私たち以外に、すでに2人の冒険者が決まっているから、残り2枠よ! これを逃す手はないわ!」

リンティはミルの肩を揺さぶった。


「出発は2日後の朝よ。馬車で2日かかる距離だから、すぐに準備が必要だけど、絶対にこのクエスト受けましょう!」


ダイガーツまで馬車で2日。結構な距離だが、護衛クエストなら安全に行ける。旅費も浮かせられる上に、報酬まで得られる。これは、まさにミルとマムルがドワーフ鉱山へ行くための絶好の機会だった。


「うん! 受けたい! このクエスト受けよう!」

ミルは迷わず決断した。マムルも嬉しそうに飛び跳ねている。


「ダイガーツまで行けるんだねぇ! どんな街かなぁ?」


「よし、決まり! じゃあ、早速ギルドに行って受注手続きを済ませて、依頼主と顔合わせしましょう!」


リンティは張り切ってミルを引っ張った。シスターヨアンは二人の様子を見て、少し心配そうな顔をしたが、ミルの決意を感じ取り、何も言わずに見送ってくれた。


酒場「アール&コール」のギルド出張所へ行き、リンティがクエストの受注手続きを行った。そのまま酒場で、依頼主との顔合わせを兼ねた打ち合わせをすることになった。


「アールさん! クエストの依頼主さん、もう来てますか?」


リンティがアールに声をかけると、アールはカウンターの中から笑顔を向けた。

「おう、来てるぜ。奥のテーブル席だ。ちょっといかついドワーフさんだが、話せばいい人だよ」

アールが酒場の奥の席を指差す。リンティはミルに目で合図し、二人でそのテーブルに向かった。


テーブルには、依頼書に書かれていたドワーフの交易商人、ダントが座っていた。背は低いが、がっしりとした体格で、長い髭を編み込んでいる。職人らしい無骨な雰囲気を漂わせている。


「あんたが、今回の護衛を引き受けた冒険者さんかい?」

ダントは低く響くような声でリンティに尋ねた。


「はい、リンティ・エルフィンです。そして、こちらが一緒に護衛を務めるミルと、相棒のマムルです」

リンティがミルとマムルを紹介する。ミルは緊張しながら頭を下げた。


「ミルと申します。よろしくお願いします!」


マムルもミルの髪から顔を出し、小さな声で挨拶した。

「マムルです! よろしくお願いしまーす!」


ダントはミルを一瞥し、少し眉をひそめた。リンティは冒険者特有の雰囲気を醸し出しているが、ミルは孤児院で着ていた服に皮のベスト、そして不釣り合いなライフルという、どう見ても新米冒険者にしか見えない格好だ。しかも、隣には小さな妖精。


「ふむ……若いな。いや、若すぎるぞ。本当に冒険者か?」


ダントはミルに不安を覚えたようだった。無理もない。まだ駆け出しの自分が、経験豊富なドワーフの交易商人の護衛を任されるなど、普通なら考えられないことだ。

ミルはダントの言葉に少し怯んだが、すぐに気を取り直し、真っ直ぐにダントの目を見た。


「はい! まだ冒険者になったばかりですが、一生懸命頑張ります! きっと力になります!」


ミルの真剣な瞳と、やる気に満ちた声に、ダントは少し驚いたようだった。そして、ミルの腰に差された魔法式ライフルに目を留めた。

「ふむ、魔法式ライフルか。珍しい武器を使うんだな。腕前は?」


「まだ練習中ですけど、魔物を倒したこともあります!」

ミルはフハイノサカズキを倒した時のことを思い出しながら答えた。

ダントは黙ってミルを見つめていた。リンティは何も言わず、ミルの様子を見守っている。


しばらくの沈黙の後、ダントはフッと小さく笑った。

「ふむ、面白い。やる気は買うとしよう。今回の護衛に、お前さんたちも参加を認めよう」

ダントはミルのやる気、そしてリンティの魔法使いとしての力量を総合的に判断してくれたらしい。ミルの胸に安堵と喜びが広がった。


「ありがとうございます! 全力で護衛させていただきます!」

ミルは深々と頭を下げた。


ダントは今回の護衛クエストについて、詳しく説明を始めた。

「ダイガーツからこの街までの道は、普段は比較的安全なんだ。大通りを通るし、よほどの危険地帯を通るわけじゃない」


ダントはそう言いながらも、少し顔を曇らせた。

「だが、念のためだ。最近、街道沿いで小規模な魔物の群れが出没するという報告がいくつか上がっている。特に、街道から少し外れた森や山裾あたりでな。だから、今回は交易馬車の護衛という形で冒険者を雇うことにしたんだ」


あくまで「念のため」の護衛。しかし、魔物が出没する可能性がある以上、油断はできない。ミルの新しい魔法式ライフルが活躍する機会があるかもしれない。


「護衛は君たちを含めて4人だ。他の2人は、もうすでに契約済みだ。彼らは経験豊富な冒険者だから、君たち新米の面倒も見てくれるだろう」

ダントはそう言って、少し安心させてくれた。経験豊富な冒険者が一緒なら、自分も心強い。


「その、他の2人の方々って、どんな方ですか?」

ミルが尋ねると、ダントは髭を撫でながら答えた。

「彼らは、ここには来ていない。出発当日に紹介するつもりだ。まあ、問題ない二人組だよ」

ダントはそれ以上は教えてくれなかった。どんな人たちだろう? 少しドキドキしながら、ミルは残りの2人の冒険者への期待を膨らませた。


打ち合わせは無事に終了した。ダイガーツまでの護衛クエスト。初めての遠出、そしてドワーフ鉱山への旅。

ダントとの顔合わせで少し緊張したが、無事にクエストに参加できることになり、ミルの心は期待に満ちていた。あとは、出発までにしっかりと準備を整えるだけだ。

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