第2話

「はい。こちら時空管理局ツアーオペレーション部、どうしました?」


 間髪入れず応答があった。


「こちら登録No28 白河です。

 本日のアテンド対象が規約を破り逃走しました。現在クロール対象の不可侵エリアに侵入。

 このままでは数分以内に検知、アドミニストレーションの発動が予想されます。

 至急、逃走者1名ならびにその同伴者1名の強制排出をお願いします!」


「了解しました。確認後速やかに処置します。続報をお待ち下さい」


 俺は通信を切ると、足元にうずくまるジョンのパートナーに声を掛けた。


「お客様は規定違反を犯されました。

 不本意ではありますが、これを以てツアーは中止、早急にご退出をいただきます。

 あしからずご了承ください」


 女は俺の足に組み付いたときの姿勢のまま、うなだれていた。特に抵抗したり、ジョンのように逃亡する様子は見られない。


 程なく、彼女の装着するロケーターが赤く点滅を始めた。

「あっ!」という短い悲鳴とともに、その姿形は徐々にデジタルノイズへと変わっていく。


 ノイズが彼女を包みこみ──そして静かに、何もなかったかのように消え去った。


 これが強制排出。

 特に問題がなければ、夫の方にも同じ処置が施されているはずだ。


 俺は両名の処置完了の連絡を待った。


 まもなく1分……。


 おかしい。

 時間がかかり過ぎだ。


 その時、耳元で電子音が鳴った。

 オペレーターからのコール。

 嫌な予感が心に浮かぶ。


「登録No28、こちらツアーオペレーション部。緊急処置の件、1名の強制排出を確認。ただしもう1名については、所在をアロケートできず」


「……捕捉できない理由はわかりますか?」


 拳を壁に叩きつけそうになる気持ちを抑え、俺はオペレーターに訊ねた。


「シグナルロスト。装着された装置の故障または……」


「破壊ですか?」


「……と考えられます」


「わかりました。それではこれより最終目視地点に急行し捜索を進めます」


「了解しました。

 伝達事項が1件。

 当部から時空監視室へ本件につき一報を入れました。

 状況により直接連絡が入るかもしれません。ご承知おきください」


「……わかりました」


 時空監視室か……。


 これ以上やっかいなことになる前に解決しなくては。


 俺は通信を切ると、男の姿を見失った地点へと急ぎ駆け出した。



 *



 曲がり角の少し手前で立ち止まると、俺は壁に背を預け、そっと顔だけを出して先を覗いた。


 ここは本能寺の西側。

 眼前の南へ向かって長く続く通りは、現代の油小路通だ。

 通りと寺の土塁の間には、2mほどの堀が巡らされている。


 この地点から南西の角、現在の蛸薬師通に行き着くまでが約100m。

 そこをさらに曲がった先に南門がある。


 男の目的が何なのか皆目見当がつかないが、まずはその門を目指すことにする。


「!」


 耳元のヘッドセットから電子音が鳴った。


 ……これは多分、時空監視室だろう。

 できれば出たくないが、この状況で無視するわけにもいかない。


 俺は覚悟を決めて応答した。


「はい、こちら時空ガイド登録No28 白河です」


 昔よく耳にした男の声がヘッドセットから流れてきた。


「時空監視室の水神です」


 室長自ら連絡して来るとは、俺の正体はもうすっかりバレてしまっているらしい。


「旧姓で登録か。……なるほど、まさか君が現場にいるとはね、白河くん──いや、“光明寺”くん」


「……」


「父親の件にあれほど関わるのを拒んでいた君が、なにゆえ時空ガイドをしているのか……、話をしたいことは山ほどあるが、残念ながらいまはそれどころじゃない」


「……そうですね」


「必要なことだけ簡潔に伝えよう」


「お願いします」


「強制排出された女をいま締め上げている」


 時空監視室は時空管理局のなかの秘匿機関だ。

 きっと尋問は想像以上に苛烈だろう。

 女性に少し同情しそうになる。


「なにか聞き出せましたか?」


「身分証明は偽造。ツアー資金の出所不明。そこまではすぐに調べはついたが、女の口が思いのほか固い。ただ興味深い測定結果が出た」


「……測定?」


「ああ。君も受けたことがあるだろう」


「!」


 思い出した。光明寺先生に俺が拾われたときのアレか。


 時空転位が及ぼすシフト値の測定。


「彼女は……転位者ということですか?」


「疑陽性ってとこだな。シフト値が少し高かったからといって、向こうの人間とは限らない。ただ……」


「ペアの男も同じとなると、と言うことですね」


「可能性は格段に高くなる」


 結局のところヤツを捕らえるしかないということか。


「いま緊急でウチのレイドチームに出せる潜り手<ダイバー>がいないか問い合わせしている」


 レイド<強制捜査>チーム。

 転位者を集めた凄腕のダイバーが所属するチームだ。

 これは相当にヤバい状況らしい。


「準備ができ次第潜らせる。ついてはそれまでの間、協力を願えないだろうか? 

 時空ガイドとしての君にお願いするのは心苦しいのだが、できる限りの支援を約束する」


 なるほど。ツアーオベーション部から、時空監視室に管轄が移ったようだ。


「水神さんからのお願いを断るなんてできませんよ」


「くれぐれも無理はしないで欲しい」


「ありがとうございます」


「なにを用意しょう?

 遠慮せずに何でも言ってくれ。

 君の能力はある程度把握しているつもりだ」


 転位者の可能性のある男か……。

 もしそうなら、アーカイブのなかで相手をするにはそれなりの準備が必要だ。


「……では、可能でしたら、武器の携行を許可いただきたいのですが」


「……やはりそうなるか」


「もちろん、難しければ大丈夫です」


「……わかった! 許可しよう。何がいい?」


「そうですね……。取り回しの良い刀を一振りお願いできますか?」


「了解した。今すぐ送らせよう」


「助かります」


「いまのところ話せる内容は以上だ」


「では通信を終了し、男の追跡を続けます」


「無茶はするなよ」


「万が一のときは……そうですね、俺のデータの残骸はサルベージをお願いします」


 俺は冗談交じりにそう告げると、水神の言葉を待つことなく一方的に通信を切った。



 *



 南西の角を曲がり東の方角を見た。50m程先に南門が見える。


 立ち止まり、左腕に付けたロケーターのステータスを確認した。

 確かにちゃんと送ってくれたようだ。


 緑色に光るデプロイボタンをタップする。


 眼の前の空間がデジタルノイズに覆われたと思うと、やがて、腰の高さくらいに小ぶりの日本刀が現れた。


 剣を握るのは久しぶりだが、きっと身体が覚えていると思う。


 左腰に刀を差し、注意深く先へ進んだ。


 程なく、門の正面にたどり着いた。


「!」


 月明かりに照らされ門扉の前に、すっかり様変わりしたジョンが立っていた。


「おお!」


 こちらを見つけるやいなや、彼は大声で語りかけてきた。


「ずっと待ってるんだが、なかなか異物として検知してもらえないようでね」


 男の足元を見ると、門番と思しき輩がふたり地面に倒れていた。暗くてよく見えないが、両者とも身体から血を流しピクリとも動かない。


 門番の価値を歴史がどう評価するか分からない、ただこの状況から見て、ヤツが検知され、歴史の自己防衛機能の犠牲者となる可能性はより高まったと言えそうだ。


 よく見ると男の方も血だらけだった。

 ロケーターを付けている左手はヒドい傷で、そこから流れ出る血で真っ赤に染まっている。

 シグナルロストの原因は破壊で間違いなさそうだ。


 ……さて、どうする?


 俺は男の出方を伺うことにした。

 幸いまだ検知はされていないようだし、少しでも情報は得ておきたい。


 俺はジョンにこう声をかけた。


「お客様は規定違反を犯されました。不本意ではありますが、これを以てツアーは中止、早急にご退出をいただきます。あしからずご了承ください」


 それを聞いた男は目を見開き、そして高笑いを始めた。


「この後に及んでもまだお客様と呼んでくださるとは、さすがはおもてなしの国ですな」


「奥様は先にお帰りいただきました」


「ああ、なにか言ってましたか?」


「はい、色々お話をお伺いできたようですが、今後のツアーの参考にしたいので、ぜひ旦那様からも拝聴したい次第です」


 男は鼻で笑うと、こう返してきた。


「なにぶんツアーは初めてだったもので緊張していたのですが、ガイドさんがこと細かく説明してくださったので、大変わかりやすかったです」


 こちらの趣向に付き合ってくれるらしい。


「目的を達成できそう とおっしゃっていましたが、首尾はいかがですか?」


「ただのガイドさんと高を括って、ちょっと喋りすぎてしまったようです」


「いやー、俺はただのガイドですよ」


「なるほど。最近のガイドさんは腰に刀をぶら下げてたりするんですな」


「潜る時代を意識したただのファッション小物です」


 沈黙が流れた。


 男との距離は5mほど。これだけあれば何があってもまあ対処できると思う。


 転位者かどうか? できれば見極めたい。


 俺は少し鎌をかけてみることにした。


「アメリカからは飛行機でこちらへ?」


「……ええ」


 俺が剣を抜くと思っていたのだろうか、男は俺の繰り出した質問に怪訝な顔をしつつ肯定した。


「空港からの移動は大変でしたでしょう? 京都にも空港があればいいのですが、地元民の反対が強いようでしてね」


「伝統を重んじる都市ですから、まあ仕方ないのではないですかね」


 かかった。

 ……たぶん間違いない。


 男は気づいていなさそうだ。

 さらに追い打ちをかけてみる。


「東京からは新幹線ですか?」


「まあ、そうですな……」


「東海道新幹線というんですよね。……昔、乗った記憶があります。残念ながらこちらの世界では乗れませんが……」


 男の表情が一瞬にして凍りついた。


「……おまえ!!」


 驚きが瞳に映り、怒りが顔全体に広がっていく。


「……いったい何者だ?!」


「それは我々のセリフですよ」


 俺は一歩前に進み出た。


「ようこそ、京都が日本の首都であるこちらの世界へ! もし次回があれば、ぜひ京都空港をご利用ください」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る